第1話
「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」
バグマルス王国誕生100周年を祝う、式典の日。
王族たちの前に呼び出された私は、第一王子であるウルナイト殿下に、いきなりそう言われ、思わず「は?」と聞き返してしまった。
ウルナイト殿下は、やれやれとため息をつき、つまらなそうに言う。
「ラスティーナさん、ハッキリ言いますね。あなたはもう用済みなんです。我がバグマルス王国には、もはや『聖女の力』なんて、不要なんですよ」
聖女の力が不要――
にわかには、信じられない言葉だった。
バグマルス王国の周辺は、危険な魔物でいっぱいであり、その魔物たちから国を守るため、強力な『守護の魔力』を秘めた女性が『聖女』となり、二十四時間、聖なる結界を張っているのである。
聖女である私は、こうして話している最中も、結界を維持し続けている。……十歳の誕生日に聖女に選ばれてから、今日でちょうど十年。一日だって休みはなかった。だって結界がなくなったら、いつ魔物が国の中に入って来るかわからないから。
それほど聖女の力に頼りきっていたこの国で、いきなり聖女の力が不要になるだなんて、信じられない。私は純粋に疑問に思い、問う。
「聖女の力が不要って……それじゃ、どうやって魔物たちから国を守るんですか?」
ウルナイト殿下は、おもちゃを見せびらかす子供のような顔になり、ぱちんと指を鳴らした。すると彼の隣に、今まで影も形もなかった、銀色の毛をした巨大な獣が、突然現れた。
魔物!?
そう思い、私は臨戦態勢を取る。そんな私を、ウルナイト殿下は嘲笑い、それから、隣でお座りのポーズをとっている銀色の獣の頭を、そっと撫でた。
「ふふ、心配いりませんよ、こいつは魔物じゃありません。僕の召喚術で異世界から呼び出した『魔獣』です。召喚者の命令に従順に従い、その戦闘力は魔物を遥かに凌駕する、素晴らしい生命体です。そして……」
ウルナイト殿下は、今度は両手の指を、ぱちんぱちんぱちんと、やかましいほどに鳴らし続ける。数秒遅れて、彼の周囲に、とてつもない数の魔獣が出現した。驚く私に、ウルナイト殿下は勝ち誇ったような顔を向け、言葉を続けた。
「この通り、ほぼ無限に召喚することができます。僕がその気になれば、1000匹同時に呼び出し、自由自在に操ることも可能でしょう。わかりますか? この魔獣たちがいれば、下等な魔物どもなど、恐れる必要はないのです。……もう一度言いますね。ラスティーナさん、あなたはもう、用済みなんですよ」
用済み――
別に自慢する気はないが、これまで十年間、一度も国内に魔物の侵入を許さず、聖女としての務めを果たしてきたのに、まさか、こんな冷たい言葉を投げかけられるなんて。
悲しみ以上に、悔しさが湧いてきた私は、ウルナイト殿下に抗議する。
「ウルナイト殿下、私は殊更に、自分の功績を主張しようとは思いません。……でも、それでも、『用済み』だなんて、あんまりじゃありませんか?」
ウルナイト殿下は、ふんと鼻で笑い、背中にいる魔獣によしかかるようにしながら、言葉を返す。
「事実なのだから、仕方ないでしょう。だいたい僕は、以前から『聖女の力』とやらが気に入らなかったんですよ。我がバグマルス王国は、世界でも有数の魔術先進国です。それが、聖女の作る結界に頼らなければ、魔物から国を守れないだなんて、カッコ悪いじゃないですか」
「カッコ悪いって……国を守るのに、カッコ良いも悪いもないでしょう?」
「それが、そうでもないんですよ。小娘一人に国防を任せているような国は、他国から舐められますからね。外交を有利に進めるためにも、やはり、ちゃんとした軍隊を持っていなければ」
私は、まるで置物のように動かない魔獣をちらりと見て、言う。
「その魔獣の群れが、『ちゃんとした軍隊』と呼べるのですか?」
「少なくとも、あなたのような小娘よりはマシでしょう。そしてこれは、僕だけではなく、国王陛下の意思でもあります。……そうですよね、父上」
ウルナイト殿下は、ずっと後ろの玉座に座っている国王陛下に、言った。国王陛下は、ウルナイト殿下と私の顔を見比べるようにして、ばつが悪そうに返事をする。
「ん? ん~、ま、まあ、そういうことに、なるかな。いやいや、ラスティーナ、悪く思わんでくれ。お前は、これまで良くやってくれた。一応、退職金くらいは出すよ。えっと、金貨十枚くらいでいいかな?」
……『まあ、そういうことに、なるかな』とは、一国の国王とは思えない、玉虫色の物言いである。
国王陛下は優柔不断で、いつも、ウルナイト殿下や大臣たちの言いなりだ。だから、国王陛下が私を庇ってくれるとは、最初から思っていなかったが、それでも、こうも薄情だと、さすがに呆れてしまう。
金貨十枚――
そこそこの大金ではあるが、十年間この国のために尽くしてきて、やっと貰えたのが、金貨十枚と、王族からの冷たい言葉だと思うと、情けなくてたまらなくなる。私は、せめて誇りだけは失わないように、毅然と言い放った。
「退職金なんて、いりません。私がもう用済みと言うなら、わかりました。今すぐ、この国を出ます」




