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「ほれ、腕試し」
図書館での座学から数日。
現在キーラは身の回りの旅支度(主に皇家が出資してお任せ状態)の最中である。
森行きを心底ビビり散らかしているキーラの前に、元『秘術の賢者』がひとつの獣かごを手に現れた。
「なにこれ」
「魔物だ」
見ると膝の高さほどの獣かごに、細長い身体をした毛並みの真っ白な生き物が入っている。
「クダギツネという。
魔物だが弱い。その辺の動物と変わらない。
どうだ、何か感じるか」
キーラは突然の腕試しに若干引きながらも、「俺がいるから安心しろ」との言葉を信じてかごに近づいた。
『かわいい』
真っ白な細長い顔にはまん丸の黒い瞳がちょこんと付いていて、正直とても可愛らしい。オコジョの冬毛モードをびよーんと伸ばしたような。
『しかし、腕試しも何も。
どうやって力を使えばいいやら』
しばらく睨み合ってみるものの、何も起こらない。
つぶらな瞳でじっとこちらを見られているだけだ。
「・・・試してみるか」
キーラは自分の衣服から、仕事用の電話を取りだした。
「おい、何するんだそれ」
「分かんないからテレフォンサポート」
「てれ・・・?なんて・・・?」
最後の通話履歴にリダイアルする。
キーラの思い違いでなければ、この電話の繋がる先は。
「はーい」
出た。あの時の女性の声だ。
「あ、あの、吉良ですが」
「連絡ありがとう、気づいてくれたのね」
「えーと、少々困っておりまして」
「力の使い方?」
「そう、いやその前に色々あるんですけど」
「それはまた追々ね。
力の使い方だけど、まずは解放が必要ね。
言うとおりやってみて。
左手で右手首を掴んで」
電話を肩で挟み、言うとおりに掴む。
「はい、言って。『解放』」
「『解放』」
するとパキン、と耳元で音が鳴り、掴んだ右手首から、左手の指の間から漏れるように紫色の光がゆらゆら現れた。
「なにこれなにこれ」
「次、言って。『開示』」
「『開示』」
フォン、と音がしたかと思うと、目の前に液晶のような透明な画面が現れた。
「右手を掴んで開示、でメニュー画面表示よ」
「異世界、っていうかゲームだねぇ・・・!」
思わず笑ってしまうが、これがなかなかに有用情報ばかりである。
「えーっと?
ジョブ:まもの使い
熟練度:不可算、ってなんだこりゃ。
あとはまだ空欄ばっかり。
インベントリもあるんだ。
で?あ、能力タブあった。
能力も色々ありそうだけど、
今解放してあるのは『会話』だけか。
これ?常時展開ってやつ?」
「そうそう、それ。
一度タッチしてみて」
該当の部位にそっと指先を押し当てると、耳の奥で今度は「カチリ」と音が聞こえる。
「あーなんか、スイッチ入ったみたい」
「でしょう?
一度それで試してみてね」
「あ、あの。
このテレフォンサポートはいつまで有効でしょうか。
どうやら機体の充電は減ってないみたいですけど」
「いつまででも。
でも多分、そんなに出番はないわよ?
力をどう使うかはあなた次第だから」
「そうは言っても、
サポートがあると無いとでは大違いですよ」
「そう?それならいつでも掛けてきて」
「で、一応伺いますけど、
貴女は女神様でいいんですよね?」
「そうそう、私はネフェリ。
私の愛する子らによろしくね」
じゃ、健闘を祈るわ、と言ってカチャンと通話は切れてしまう。
「・・・おい、何だ今の」
「テレフォンサポートですって」
「訳がわかんねえが、その道具が女神に通じるってのか」
「そうみたい、どうやら」
「なんだその聖遺物みたいな奴!」
貸せ、と言われて一緒にリダイアルするも、今度はコールも鳴らずに切られてしまった。
「これはお断りなんだなあ」
「俺とは喋りたくねえってか」」
「うーん、その辺の機微は分からないけど」
まぁとりあえず一歩は進んだと、
気合いを入れて再度クダギツネに向かい合う。
『展開した能力は会話。ってことは』
「ごめんね、巻き込んで。
痛いことされなかった?」
キーラは努めて優しくクダギツネに語りかけた。
「・・・い、痛く、ない・・・けど」
「聞こえたぁ!」
か細い、あどけない声が聞こえ、
思わず『秘術の賢者』に振り返る。
が、どうやらクダギツネの声は彼には聞こえないらしい。
「あ、ごめん。
けど、どうしたの?」
「お姉ちゃんが、僕を探してる。
どこだ、どこだって探してる」
「お姉ちゃん?」
何か会話している風なのを嗅ぎ取った『秘術の賢者』が割り入ってくる。
「何だって?」
「この子のお姉さんがこの子を探してるって。
あんた攫ってきたわけ?」
「いや、俺が森に入ったら1匹でひょろひょろ出てきた。
ちょうどいいと思って捕まえた」
「それを攫ってきたっていうのよ!」
「あ、あの、僕、」
クダギツネが何か言いたそうだ。
「その人間につかまる前から、迷子だった・・・」
ーーーーー
という訳で、予定を前倒しして森にやってきた。
迷子の保護者捜しである。
「まぁ、サポートセンターのお陰で能力解放はできたしね」
「俺の機転は何だったんだよ」
「いやいや、森にいきなり行ったらパニックだったかも。
機転には感謝してるよ」
「ならいいが・・・」
青い髪を無造作に触り、何やらもごもごしている。
「で、名前は何て言うの?」
「俺?俺はルカリア」
「あんたじゃないわよ、クダギツネのほう」
恥ずかしかったのか、その場でしゃがみ込む元『秘術の賢者』ことルカリアを横目にキーラは歩く。
「僕、名前はない」
「あら、じゃあどうやって探そうかしら」
獣かごから出したクダギツネは、器用にキーラの肩に巻き付いている。
「あんたのお姉ちゃん、お名前は?」
「わかんない・・・」
「じゃあ見た目は?」
「いっぱいふさふさの尻尾がある」
「ほぅ・・・」
なるほどわからん、とキーラは呟いた。
仕方がない、一か八か。
すう、とキーラは息を吸い込むと、
「おーい!誰かこの子のお姉さん知りませんかー!」
と大声を出した。
・・・だが、何も返答はない。
「おーい!迷子のクダギツネ預かってまーす!」
再度呼ぶと、ガサガサ、と茂みから音がして、大きな木の陰からのっそり大きな角が見えた。どうやら鹿のようだが、異様にデカい。トラックくらいデカい。あと全身金色。
・・・が、不思議と怖くはなかった。
「おお、こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。
迷子とはその子かい」
「そうなの。たくさん尻尾があるお姉さんを探してて」
「はは、それは九尾のことだな。
待ちなさい」
金色の巨大鹿は空を仰ぐと、しばらくじっと動かなかった。
するとさわさわ、と周囲の草が一斉にざわめき出す。
「うん、こっちへ向かっておるわい」
首を下げた鹿がそう言うと、突風がキーラ達の周りを吹き荒れた。
「うわぁ!!」
思わずへっぴり腰で目をきつく閉じる。
ややあって風が止み、恐る恐る目を開けると、
「お姉ちゃん!」
自分の背丈以上ある大きな金色の狐が、たくさんの尻尾を揺らめかせながら「お座り」状態で待っていた。




