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「さぁ、親玉はどこだ」
キラーヤとディアドラは空中から、人間どもの動きを見ている。
やはり彼らはどこを目指している訳でもなく、魔物を手当たり次第害しているようだ。
それはまるで、
「魔物討伐、って感じだね」
「そのようですね」
見ると湿原の入り口に、人間どもが陣営を構えている。食糧などの備蓄が運び込まれており、少なくとも今日だけという計画ではなさそうだ。
「いかがなさいますか、キラーヤ様」
「まずはひとつ、魔物たちを保護しよう」
キラーヤは瘴気だまりの瘴気を借り、その身で魔力に変える。
「逃げておいで、魔物たち」
キラーヤが下からすくい上げるように手を動かすのに合わせ、湿原の無数の魔物たちが一斉に空に浮かび上がる。
『範囲指定での浮遊・・・うまくいった』
「な、なに?!」
「助かった!?」
「ヒッ、人間!!」
など口々に言い合う魔物たちに向かい、
「急にごめんね、私は『まもの使い』。
敵じゃないから安心して。
ちょっとの間、私の後ろに隠れててね」
まものたちを自らの背後に下がらせ、キラーヤは飛んだ。
「分かりやすい魔物を従えておいたほうがいいかなぁ」
「そうですね、まもの使いの力を見せつけてやりましょうか」
そして飛びながら、次々にダンジョンで仲間にした魔物達を召喚していく。
「うーんと、強そうで身体が大きい子!
定番のミノタウロス、フェンリル、ヒドラ、ベヒモス!」
「ジュエルドラゴンも喚んでおきましょう、
美しい者の怒りは効きます」
「おーし!
あとアンデッド系も怖くていいよね~」
「見た目迫力ありますからね」
「こうしてみると、
ディアドラのダンジョンの魔物の層、厚いね」
「張り切ってますからね、ダンジョンも」
こうしてどんどんと迫力を増すキラーヤ一味は、ついに湿原の端、人間の陣営までやってきた。
「さぁ、誰の仕業か吐かせるわよ」
ーーーーーーーーーーー
魔物討伐隊の隊長を任されたデルーカスは陣幕の中で静かに待っていた。
『まさか、こんな幸運があろうとは』
デルーカスは民間の傭兵会社の社長である。
彼一代で立ち上げた会社は順調に成長し、平民である彼も新興商人として貴族界に伝手を得るまでになった。
第二皇子サルバドールの新事業については詳細を知らされないまま手を挙げたが、正直諸刃の剣だろうとも思っていた。
『資金だけ吸い上げられて終わりの可能性もあった』
だが蓋を開けてみれば、皇子の事業は大規模な魔物討伐であり、彼の事業との親和性は抜群だったのだ。周りの協力者の多くは貴族で、魔物討伐なんていう荒事に覚えのある者はいなかった。
あれよあれよという間にサルバドールへの謁見が叶い、「隊を率いよ」との有り難いお言葉を頂き、討伐隊の隊長の大役を賜った。
自らの社員である傭兵たちだけでなく、普段は貴族の領地を守る兵士達も借り受け一大兵団の隊長となったデルーカスは、静かな高揚を覚えていた。
『俺はまだ成り上がれる。
湿原は魔物が弱い。ここで兵達の熟練度を上げる』
瘴気だまりの魔物の大発生を抑える目的での討伐だ、先は長い。
デルーカスは湿原から徐々に難易度を上げていき、順序に沿って討伐していくつもりだった。
「隊長、異変だ!!」
陣幕に駆け込んできた社員の剣幕に、デルーカスは面食らう。
「異変?どうした」
「魔物が一斉に空へ跳び上がったんです」
「一斉に?何だそれは」
一般的に魔物はそれぞれ単独で行動し、そのように統率の取れた動きをすることは少ない。群れを作る魔物なら別だが、湿原にはそのような魔物はいなかったはずだ。
報告に来た社員は戦闘経験豊富な信頼できる目を持つ男で、だからこそその異様さに気付いたのだ。
「兵達は」
「相手する魔物が消えてしまったもんですから、
拍子抜けしてます。
警戒態勢を解かないよう言いましたが、
陣営に引き返す者も」
「・・・まずいな」
デルーカスは自らも様子を確かめに出ようとした、その時。
「お邪魔致します」
との声と共に、二人の女性が陣幕に入ってきた。
「すまないが、ご婦人方。
緊急事態だ、今は控えてくれ」
と社員の男がたしなめるが、彼女らは一歩も引かずデルーカスを見据えている。
「あなたがこの狼藉の主犯ですか」
前にいる黒髪の女性がデルーカスに問う。
「狼藉・・・?主犯、だと?何を」
「端的に申し上げます。
私たちは怒っています。
・・・お答えくださいますか、
なぜ無抵抗の魔物を害したのか」
見当違いなことを言う女性に、デルーカスは鼻白む。
「何を言う、ご婦人。
魔物は放っておくと人に害をなす。
我々は第二皇子サルバドール殿下の御下命にて、
ここいらの魔物の討伐を任されている。
これは必要なことなのだ」
「第二皇子、サルバドール・・・。
それがあなたの主の名ですか」
「ああ、知らんわけではなかろう、ご婦人。
すまんがそこを開けてくれ、今は本当に時間がないのだ」
御免!と、
デルーカスは女性を押しのけ陣幕の外に飛び出す。
自らの手で幕を捲ってくぐると、
「な・・・!」
予期しない光景にデルーカスはその足を止めた。
こちらへの敵意を剥き出しにして、魔物達が自分を取り囲んでいる。
『なんだこれは・・・!
ミノタウロス、フェンリル、ヒドラ、ベヒモス、ジュエルドラゴン・・・
いずれも討伐難易度がとりわけ高い魔物ばかりだ』
そして、本来湿原には生息するはずのない魔物ばかり。
言葉を失い、顔色を紙のように白くして立ちすくむデルーカスの背後から、穏やかな声が響いた。
「あいにく、時間がないのは私も一緒。
お前の主に伝えなさい。
貴殿が魔物を害するならば、
この私が許さない」
デルーカスは弾かれるように振り返り、吠えた。
「き、貴様、何者だ!」
「何者だと?」
もうひとりの茶色の髪の眼鏡をかけた女性が前に進み出る。
「このお方こそ、魔物の女王。
『まもの使い』キラーヤ様であらせられる。
さあ、疾く去ね。
我らの牙がお前に届かぬうちに」
整列した魔物が一斉に唸る。
キラーヤは背後で魔力を練り、デルーカスに言った。
「お手伝いが必要かしら」
「お、お手伝い・・・?」
黒髪の女性は握りこぶしをデルーカスの前にかざすと、
「ほら、ここに話してごらん。
たった一言でいいのよ、『全軍撤退』とね。
この湿原中聞こえるようにしてあげる」
と楽しそうに笑った。
『まもの使い・・・伝説に聞く、化け物だ』
震える唇で、デルーカスは告げる。
「ぜ・・・全軍撤退」
・・・その声は天から降り注ぐように湿原中に響き、待機した兵達を大いに戸惑わせた。
訝しむように陣営に戻る兵達を千里眼で確認すると、
「じゃ、言づて頼むわよ」
黒髪の女性は軽く言い、すたすたと陣幕の外に出ると地を蹴って空へ駆け上がった。
彼女に続き、魔物達は隊列を成して帰って行く。
「伝説どおりだ」
デルーカスは『まもの使い』に関する伝説を耳にしたことがあった。
『無数の魔物を引き連れた、黒髪の女。
魔王の伴侶、魔物の女王』
デルーカスは敗走した。
最初撤退に異を唱えたものたちも、空を駆けていく魔物の一軍を目にして口を閉ざした。
そしてその先頭を飛ぶ黒髪の女性を、皆が目に焼き付けた。




