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「どう?身体大丈夫?」
九尾からの連絡を受け戻ってきた皇都の森で、キラーヤは目覚めたクダギツネを見舞った。
「大丈夫、あのね、キラーヤに話さないと」
木の洞の中に作られた元のクダギツネの小さな巣穴をのぞき込むと、そこにはぱっちりと目を開けたクダギツネが首をしっかりもたげている。
「あれ?ちょっと何か変わった?」
その顔を良く見ると、見知ったクダギツネの顔が少し前とは違って見える。
「・・・本当ですね。
瞳の色、と、額の模様でしょうか」
続いてのぞき込んだディアドラも違いに気付く。
クダギツネの大きな黒い瞳は済んだ藍色に変わり、瞳孔に金の縁取りが並んでいる。
また眉間の部分にも金の紡錘形の模様が浮かんでいた。
「あのね、キラーヤ。
僕、能力に目覚めたみたい」
「能力って・・・以前言ってたあの?」
「多分、そう」
クダギツネは元々この森で暮らしていたが、キラーヤの仲間になったことをきっかけに、「力が漲ってて何かできる気がするけど何かわかんない」という理由で同行を望んだのだった。
「どんな?」
「あのね、見えるの」
「見える」
「遠くのものも、近くのものも、
すごーく見えるの」
「遠くは分かるけど、近くって何?」
「どう言っていいか分かんない、変なのが見えるの」
「うーん」
キラーヤはひとしきり考えたがこれ以上の情報をクダギツネから引っ張るのを諦めた。そうして、
「ごめん、その力ちょっと借りるわ」
と、クダギツネから目の能力を借りる。
実は魔物から借りた能力はキラーヤのメニュー画面に能力名と共に登録されるのだが、
「千里眼・・・」
クダギツネから借りた能力はそう記されていた。
「見てみよう。
千里眼、発動!」
という言葉と共に、キラーヤの網膜に膨大な情報量が流れ込んでくる。あまりの情報の多さで逆に視界が塞がれ、平衡感覚を失って尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか、キラーヤ様」
「いや、ちょっと待って、
これはヤバい」
キラーヤは必死にその情報のフォーカスを絞ることを試みる。だんだん視界の層のピントを奥から手前にずらしていく、まるで顕微鏡のピントの焦点を探るような作業に没頭する。
「キラーヤ様、少し休まれますか?」
「いや、今中断したらここまでの作業が無に帰す・・・!」
時折ディアドラから瘴気スムージーを補給しながらも、長い時間をかけてようやく、
「よし、掴んだ」
と声を上げた。
さっと立ち上がると、「試してみよう」とさらに集中を高める。
今キラーヤの視界は元通り、自分を中心とした周囲の景色が見えている。
「うん、今は普段通り」
そこからピントをうーーーーんと遠くに持って行くと、
「鹿神様が寝てる。鼻提灯割れた!
ていうかこんなところを寝床にしてるのね。
喧しくないのかしら」
この森の最奥、小さな滝の裏側の寝床で眠る鹿神が見える。
そしてさらにピントをうーーーーーーーんと遠くに伸ばすと、
「お、シータだ!
生命の樹、確かに大きくなってるね!」
以前見たときよりしゃんと張った若木の葉っぱに、愛おしそうに触れる麗しのハイエルフの横顔が見える。
そこからぐいーんと方角を変え、ピントを色々いじっていると、
「何アレ?武装している人間がたくさん・・・
どこに向かってるのかしら」
「武装?戦でも起こすのでしょうか」
「いやぁね」
「キラーヤ様、有用な能力ですか?」
「慣れればかなり有用だね。
・・・ちょっと待って、早速使えるかも。
ディアドラ、ロインってどっちの方角?」
「あちらです」
ピントを遠くに合わせたままのキラーヤの手を引き、ディアドラがロインの方角へ身体を向けてくれる。
「えーっと・・・ほんとだ、広場があった。
これ、地中も見えるかな・・・あ、いけそう。
ダンジョン・・・こっちはディアドラのダンジョンだね。
ということはあっちのダンジョンが図書館・・・」
キラーヤは集中し、ロイン大図書館の階層をひとつ、またひとつと探っていく。
そして最下層近くの一際広い階層を抜けた先、小さな小部屋の中。
「いた!!ルカリア!!」
ベッドに横になり、浅い呼吸を繰り返すルカリアを見つけた。
「痩せてる・・・顔色も悪い。
っていうかこれ意識ある?大丈夫?」
「だいぶ悪そうですか」
「うん、ちょっと不味そう。
とりあえず早く連れ出さないと」
「しかし、あそこにはキラーヤ様の眷属がいません。
どこを座標にして飛ぶか」
「そっか、確かに」
現在キラーヤが転移出来る場所は、基本的には一度行ったことのある場所か、自らの仲間の魔物の座標のみだ。
「ちょっと考えよう。ただ、時間はないね。
他にもやらなきゃいけないことはあるし、急ごう」
「他にも・・・ルカリア殿を治すために、ですか」
「そう。連れ出しても何も出来なきゃ意味ないしね。
ルカリアの所に飛ぶ方法を考えながら、
他の準備もするよ。マルチタスクだ」
「は、お力になれることあれば何なりと」
「ありがとう。
その前にまず、この目の逆の使い方も試しておく」
「逆?」
「そう。遠くだけじゃなくて、
近くのものを拡大もできそうなのよ」
そう言ってキラーヤは自らの掌を見つめる。
「ぐいーんと拡大していくと・・・」
手の皺、角質の隙間、さらにミクロの世界まで。
「うーんおかしいな、さっき見えた気がしたんだけど」
キラーヤが捕まえようとしているのは、手の中の細菌の類だ。
先ほど走馬灯のように流れ去っていったビジョンの合間に、確かにあのなじみ深い細菌の形があったように見えたのだ。
「うーん・・・後ろからの光源不足?
プレパラートみたいな場所に移さないとだめかなぁ。
・・・水中とか?
もしくは染色?そんな薬液ないし・・・
フィルターとかある?」
ぶつぶつと呟きながら試行錯誤していると、最後の「フィルター」が正解だったようで、さっと視界が赤紫色に染まった。ただそれだけだと背後の掌の色が勝ちすぎ、全く細菌は見えない。さらに焦点の当たる層を薄くしていくと、うっすらともごもご動く細菌を捉えることができた。
「まぁ、今はこんなもんか。
・・・うへえ、分かっちゃいるけど、
人間の手って細菌だらけだね。
除菌したい」
そう呟くと、視界の細菌がサァっとどこかへ消えた。
「は?」
もう一度覗くも、そこにはもう細菌は見えない。
「あれ、これ除菌できた?」
んー、もしかして。
「ねぇ、細菌ってもしかして魔物?」
「すみませんキラーヤ様、
細菌とは何でしょうか」
「目に見えないほど小さい生き物」
「それは私も存じ上げません、
申し訳ないのですか」
「そりゃそうか。
でも、この発見は大きい。
・・・これがあれば何とかなるかも」
思いがけず除菌方法を見つけてしまったキラーヤ、さらに己の手を見つめる。
「次はレントゲンフィルターみたいなの、
備わってたりしないかな・・・」
キラーヤが狙っているのは人体の中の可視化だ。
CT,MRI,または超音波検査。
その類いの画像検査が出来るだけでずいぶん心強い。
が、
「これは無理か・・・」
何というか、身体の中まで貫通しては見えず、すっと視点が通り抜けていってしまうのだ。
「では、これもリストに追加で」
「リスト?」
不思議そうに聞いてくるディアドラに、キラーヤは説明する。
「欲しいものリスト。
万全の医療物資のないこの世界で、
どうやって医療を展開するか。
私しかできないことと言えば、
魔物の力を借りることでしょ?」
「ええ、まぁ」
「ここからはあなたの出番よ、ディアドラ。
私の望みを叶えてくれそうな魔物を紹介して。
そして、あなた転移できるわよね?」
「ええ、まあ」
「その魔物の生息地に行ったことがあるなら、
先にあなたが飛ぶの。
そこに私が飛べば、一件落着」
「なるほど」
「ちなみにロインのダンジョンに潜ったことは?」
「ありません」
「ちっ、良い案だと思ったのに」
盛大に舌打ちをするキラーヤに申し訳なさそうにしながらも、ディアドラは鼻を鳴らした。
「しかしキラーヤ様、
このディアドラにお任せください。
蓄えたこの知識、存分にご覧に入れましょう」
「頼りにしてるわよ」
と言うわけで、キラーヤの医療資源捕獲作戦、開始である。




