4
「そうか、『聖女』であるか分からぬか」
壇上におわすは皇国ネフェリ現皇帝。
推定40歳代、キーラの世界では最もビジネスマンとして脂の乗る世代である。その眼光はどんなイカサマも見抜かんとする鋭さがあり、組んだ脚がぴくりと動こうもんならぴりりとした緊張が走った。
そして変わらぬ表情が怖い。
「そうであったか・・・」
対照的に、皇帝の隣であからさまにがっかり肩を落とす皇子殿下に、罪悪感の槍がキーラの胸にぶっ刺さった。
『状況整理が必要だ、そっとしてさしあげろ』との配慮で一人きりで客室でゆっくり休ませてもらった翌朝。迎えに来たダンディと共に謁見の間にて報告会が行われた。
ダンディ、そして三人の賢者は息を吐くようにホラを吹いた。
「キーラ様の世界にはジョブ概念がそもそも無いと。
その力は堅く殻に閉ざされるように垣間見えず、
我らが求めた『聖女』であるかも定かでありません」
ダンディの奏上に重ねるように、『予見の賢者』皇女がナディーンが言う。
「しかし皇帝陛下。
わたくしの占術はキーラ様を未だ救世主と」
「そうなのか、やはり!」
あっという間に復活したリグレオール皇子の尻にぶんぶんと振り切れたしっぽの幻覚が見える。
「して、いかがする」
「それにつきましてはわたくしが」
『秘術の賢者』がまた深くフードを被ったまま歌い踊るように進み出た。
「キーラ様に必要なのは時間でございます。
この世界に体を慣らす時間、
ご自分の内なるジョブと対話する時間」
皇子がものすごく食いつき、
「では城に部屋を用意させよう!
キーラ殿、ゆっくり滞在されるといい!
良ければ城を案内しよう!」
と大喜びしている。が、『秘術の賢者』はバッサリと切り捨てた。
「それは意味がありませぬ、殿下。
キーラ様に必要なのはこの世界を知ること。
机上の空論では物語を読むが同じ事」
「つまり、城から連れ出すと言うことか」
「仰せの通りでございます、陛下。
恐れながらわたくしが『秘術の賢者』を降り、
キーラ様の護衛と指南役を務めます故」
皇帝はじろりと一行を睨めつけるようにしばし凝視した。
「・・・なるほど。許可しよう」
「ありがとう存じます」
「『秘術』よ、次代の選任は抜かりなくせよ」
「それは勿論にござります」
「キーラ殿」
急に皇帝から語りかけられたキーラは縮み上がる。
「は、はい」
「ようこそ参られた。
城下へ降りる前に数日留まられよ。
机上の空論も何かの役に立つこともあろう」
「(これはハイって言って良いのか?!)」
思わずダンディに必死の視線を送ると、
『大丈夫』
と頷かれる。
「あ、ありがとうございます。
それではお言葉に甘えさせて頂きます」
うむ、と頷いた皇帝は、
「では本日、夕食の席に招待しよう。
なあに私宴だ、気楽に来られよ」
「は、あい」
キーラは内心げんなりしながらも、なんとか首を縦に振る。
おーいやめてくれよォ・・・!
こちとらマナー知らずなんだよォ・・・!
『だが、避けられはしないか』
さっさと城で出てしまいたかった、というのが本音ではあった。
しかし召喚が成功したと知られ、さらに皇族に顔を見られてしまった後では、さすがに何も報告なしに消える訳にはいくまい。
もしそうしてしまったら、キーラを生かすと決めてくれたあの四人がどうなるか分からないと思うと、そこまで薄情にはなれなかった。
ーーーー
「・・・で、ほおんとに異世界人なの?」
私宴、とのことで再度御前に呼び出された一行は、
割とカジュアルな居酒屋みたいなサイズのテーブルに案内された。
椅子だって個別の椅子でなく長椅子である。
キーラ以外の出席者は「よっこいしょ」と気楽に座り、姿勢も崩してくつろいでいる。
ちなみに城のスタッフが着替えをいくらか用意してくれ、今のキーラはアオザイのような長い上衣に下履き姿である。
『ん?』
出てきた料理も全く堅苦しくない大皿料理で、なんと皇帝自ら「これ美味しいよ、食べて」と取り分けているありさま。
侍従は侍従で、「お飲み物はー?お茶でよろしいですかー?よろしいですね-?」と大声で呼びかけている。
アレ?私宴、緩くない?
鳥の唐揚げみたいな山をトングで崩しながら、皇帝は砕けた口調で訊ねてくる。
「あ、あの、そうだと思うんですけど」
「ほほう、分からないものなのか」
「まあ、半信半疑ですよ正直」
はーいアイスティーでーす、とやって来たグラスを受け取り、「あ、ども」と会釈する。
「どんな状況だったの?呼ばれた時」
「仕事中でしたね。
職場に泊まり込んでたら電話で呼ばれて」
「デンワ?」
「ああ、これです。音声で連絡取るための機械というか」
「へええーーーー!!!」
食いつきに食いついた皇帝陛下、「貸してちょっと貸して」と電話に興味シンシンである。
「貸与品なんで壊さないでくださいね」
皇帝陛下がしげしげと電話を眺め、その横からリグレオール皇子も目を輝かせて「貸して、父上ちょっと貸して」とそっくりの口調でねだっている。
権力者ふたりの興味が電話に注がれている、今だ、と隣に座る元『秘術の賢者』に耳打ちする。
「ねえ、
皇帝陛下との私宴ってこんなに砕けてるもん?」
元『秘術の賢者』はキョトン、とした顔をし、
「当たり前だろう、これは私宴だからな」
「いやだって、
プライベートとは言え国のトップにこんな・・・」
「私宴ではジョブは関係ないだろう」
「え、ジョブ?ジョブの前に身分でしょうよ」
「お前何言ってんだ?」
「(いやお前こそ何言ってんだ)」
価値観かもしれない。
この珍妙にズレた感じ、価値観が違うのかも知れない。
だだだ誰か常識人!もしくは状況の言語化に長けた人!!
きょろきょろと辺りを見回すと、目が合いにっこりと返してくれた『知の賢者』トライツにロックオンする。ちょっと助けて!
「何かお困りですか?」
トライツは気を利かせて、席を移動しキーラと元『秘術の賢者』の間に入ってきてくれた。片手にグラス持ちで。まるで大学生の飲み会である。
「ええと、ちょっと困惑していて。
皇帝陛下との食事がこんなに緩くていいのかな、と」
「私宴ですからねえ」
「それ、私宴ってもはや何?
だって皇帝陛下でしょ?畏まらなくていいの?」
必死でキーラが訴えると、トライツはふむ、と顎に手を当て、「仮説ですが」と話し始めた。
「もしやキーラ様の世界は、
ジョブがなくとも他の何かで人の上下関係を定義している?」
「ああ、仕事場ではそうかも」
「そしてそれは、
業務時間外でもずっと有効である、と?」
「ん・・・そ、それは、そう・・・かな?」
それからもトライツの問答は続く。
いつの間にかみんなの注目を集めているようだったが、結果として大変興味深い結論が導き出された。
この異世界において、「ジョブ」や「肩書き」を始めとした、『その人が何者であるか』を表す物事は業務時間限定で有効であること。
つまり業務時間外の今、
「皇帝」はただの40代のイケオジになり、
「第一皇子殿下」もただの若い男子となること。
その間に上下関係は無いのだということ。
侍従がひょっこり顔を出す。
「だからほら、仕事では皇帝と侍従ですけど、
仕事以外では友人なんですよ僕ら」
そう言って皇帝陛下の首に腕を回している。
「へ、へぇー、凄い!」
「むしろキーラ殿の世界は違うのか」
「ええ、なんとなく上司は四六時中上司ですし、
私の国の皇帝にあたる人物はずっと皇帝です」
自分のことを思い返すと、多くの場合医者もずっと医者だった。
「年がら年中?」
「はい、年がら年中」
「大変だなー!そんなの気疲れしちゃうよな」
な、と皇帝と侍従は頷き合う。
へえ、と相づちを打ちながら思う。
割とそのシステム嫌いじゃないなぁ。
こういうの、件の「ジョブ」システムが関係しているんだろうか?
「ところで、ジョブについて教えて頂きたいんですけど」
「何なりと」
「皆さん、与えられたジョブがあるんですよね?」
「ああ、そうだ」
「産まれた瞬間から職業が決まっているってことですか?」
おぉ・・・とよく分からない嘆息がそこかしこで聞こえる。
「いや、必ずしもそうではないんだ」
皇帝陛下が代表して答える。
「ジョブとは究極の個人情報だから、
開示することは基本ない。
15歳で成人すると同時にジョブ鑑定が行われ、
その結果は親にも知らせないんだ。
例外としては『賢者』や王家に関するジョブだな。
これは原則国に申告する必要があるが、
守秘義務によって守られている」
「へえ!じゃあ職業選択は自由?」
「ああ、もちろんだ。
与えられたジョブが生かせる職へ就く者も多いが、
自分で選び取ることが出来る」
「あの、ありがちな話ですけど、
男女で就業率って違うもんですか?」
「なんで?」
今度は皇女ナディーンが首をかしげる。
「私の世界では、国は違えど、歴史的に男性優位なんです。
就業率も男女で開きがあって」
「もっっっったいない!!!」
そこら中でまたざわめきが起こる。
「確かに出産と育児で中断することはあるけど、
基本的に女性も働いてるわよ。
だってもったいないじゃない、
せっかくジョブを授かってるのに」
あぁ~そういう考え!
女神信仰があるが故、女神から与えられた「労働」という権利をギフトと捉えているらしい。
『なんかいいなぁ、この感じ』
キーラは何となくこの世界を好きになれそうな気がした。




