37
「あの、ルカリアはどうしてます?
全然連絡ないんだけど」
キラーヤはダスティに、気になっていたことを質問してみる。
そうなのだ。あの薄情な秘術師、全然連絡してこない。
もしかしてキラーヤの所在が分からず途方にくれてやしないだろうか、とちょっと心配になったのである。
ダスティはふいと目をそらすと、一口サイズのプチシューをひとつ皿に乗せる。
「・・・ルカリアは先月からロインにいますよ。
ロインで仕事をしたっきり、帰ってきません。
あの話の検証のための資料を、ね」
ダスティはほら、あの聖女の、と言葉を濁して示唆してくる。
「え、さっきまでロインにいたのに!
入れ違いかぁ。
…聖女の力が人間へも害となるって話?」
「それです。
キーラ様から見ても、聖女は危険だと思いますか」
贅沢にも執務のおやつにデザートワゴンを持ち込む権力者ダスティは、他にもキラーヤ用に小皿に甘味をとりわけ、フォークを添えて差し出した。
久しぶりの手の込んだ甘味を前に浮上する気分を隠すように、キラーヤは真面目な顔で意見を述べる。
「…そうですね、危険はあると思います。
まぁ前回は容赦なくやりすぎたんですね。
瘴気が毒だとしか思っていなければ、仕方ありませんが」
「その言い方だと、
聖女は必ずしも危険ではないと聞こえますが」
「いや、基本的には劇物だと思います。
できれば頼らないほうがいい。
ただもし今後召喚してしまうことがあれば、
瘴気の働きも元に、能力について熟練すれば。
丁度良い具合、っていうのがあるかも」
「…あなたが能力を使いこなす修行をするように、ですか」
「はい、その通りです」
キラーヤはこの大臣たちの後押しのもと、魔物の管理をすべく修行をさせてもらっている。すぐにでも成果を出して欲しいだろうに、太っ腹な待遇である。
「そうなると、
前回の聖女はずいぶん事を急きましたね」
「確かに。
魔物曰く、術自体は超強力だったらしいので、
術の強度だけに注目して修行したのかな」
「そういった資料が、
少しでも残っていれば良かったのだが」
ダスティは深いため息をつき、話題を逸らすように言った。
「ところで、今日の宿はもう決まりましたか。
今日はもう遅い時間ですが、
明日には皇帝らにもお会いされたほうが良い」
「まぁ、できれば」
「王城に部屋を用意させますか?」
「あぁ、いえ、不要です。
皇居の森に壺…いや、泊まる用意がありますので」
「なにも野営せずとも!」
「いやいや、大丈夫です。
森の中のほうが都合がいいもので」
ダスティは何一つ分からないという顔をし、
「なるほど…心は魔物と化しましたか」
と可哀相な者を見る目をした。
「まだ人間です!!かろうじて!!」
かろうじて、とか思っちゃうあたりが重傷だよな、とキラーヤは自嘲した。
ーーーーーーーー
「進捗は順調か、キーラ殿」
翌日、皇帝私室にて。
キーラはディアドラを連れ、皇帝に謁見していた。
ただし公的ではなく、あくまで私的な面会の体である。
皇帝が座るソファセットの後ろにはダスティも立っている。
「いえ、まだ道半ばです。
お待たせして申し訳なく」
「いいや、都合を押しつけたのはこちらだ。
協力感謝する。そちらは?」
「ディアドラ・ヨークと申します」
「…その名、聞き覚えがある。
そなたもしや、『最強の学者』ヨーク教授か」
「恐縮です。
魔物生態研究所主任教授を拝命しております」
「キーラ殿、彼女を師としたか」
「ええ、魔物を知らずに魔物を制せるとは思えませんので」
やはりディアドラ、国内では皇帝に轟くほどブイブイ言わせていたらしい。
「なるほど興味深い。
・・・ところでキーラ殿。
少し話しておかねばならんことがある」
皇帝は背後に控えるダスティ大臣と顔を合わせてひとつ頷き、座っていたソファセットから身を乗り出した。両膝に肘をつき手を組み、それを見つめながらぽつりと呟く。
「…すまない、ルカリアはもう、
キーラ殿のサポートに出せんだろう」
ぽつりと絞り出したように出した言葉に、キラーヤはあっけに取られた。
「…ルカリアが?何かありましたか」
皇帝は黙り込む。何かを言いかけては留まるその様子に、キラーヤの胸がざわつき始めた。
「陛下。仰ってください。
ルカリアに何かありましたか」
言葉にもつい焦りが乗る。
「キーラ殿がルカリアと離れて、
どれくらいになる」
「・・・2ヶ月と少し、ですが」
「・・・そうか。
その間はキーラ殿は何を?」
「修行です。ダンジョン内に籠もって修行を」
「ダンジョン内か・・・
どうりで見つからんはずだ」
はぁ、と深いため息をついた皇帝は、強ばった眉間を指で揉んでうなだれる。
「探してくださっていたのですか」
「いや、あまり貴殿にとっていい話ではない。
ルカリアという監視抜きでは、
貴殿を野放しにしておくのは我々としても恐ろしい。
代わりの監視を放っただけだ」
「なるほど」
「ルカリアから貴殿と別行動を取ると聞き、
すぐに貴殿の足取りを追わせた。
だがどこからかぷっつり切れてしまってな」
「すみません、
色々とイレギュラーな移動手段も使いましたから」
「ちなみに八本脚の馬に乗っていたというのは、
本当のことか?」
「それは本当です。スレイプニルといいます」
「ほう、それは魔物使いの力を使ったのか」
「まぁ、そんな感じですね」
「・・・まぁよい。
貴殿の修行の成果は出ているようだしな」
「私の話は良いとして、
ルカリアはどうしているのです」
キラーヤは焦れ、皇帝相手にやや強引に話を戻した。
何だか嫌な胸騒ぎが止まらず、飲んだ茶の温かい塊が胸をなぞっていくのがやたら遅く感じる。
「…ロインに行った、という話は聞いたか」
「ええ、ダスティ大臣より」
「話さねばならん。
ルカリアが皇居に戻ってから今まで、
何が起こったか」
そうして語られたのは、
キラーヤがのんきにダンジョンに籠もっている間、
ルカリアや周囲に起こった出来事だった。




