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「ちょっとお耳に入れたいのですけれど」
皇家の晩餐の席で、『予見の賢者』第二皇女ナディーンが切り出した。
「どうしたナディーン」
皇帝である父が口をもごもごさせながら返す。
なお現在業務外のため、これはただの家族の晩ご飯である。
「サルバドール兄上のことで」
「あら、あの子やっぱり何か企んでるの?」
皇妃である母が、ピッチャーからお茶のおかわりを注ぎ、第一皇子リグレオールの前にことりと置きながら怪訝な顔をする。ちょっと水分取りながら食べなさい、と言い添えて。
「ナディーン、何が見える」
父が再度問いかける。
「ロインで協力者を集めています。
自分が聖女を召喚するつもりらしいですわ」
ぶっ、とリグレオールが口に含んだお茶を軽く吹き出す。
「な、何を言ってるんだあいつは」
「できると思ってるのかしらねぇ」
皇妃とリグレオールは「何をバカなことを」というスタンスだ。
「先日謁見の間に血相を変えて飛び込んできたよ。
ルカリアを手放したことが許容しがたいらしい」
「先日も思い詰めた顔で廊下をうろついてましたわ。
『作家』モードになるとやたら叙情的になるから」
「まぁ、分からんでもないがな。
ルカリアほど主人公らしい華を持つ男もおるまい」
「放っておいて良いのでは?」
「…それが」
ナディーンがカトラリーを置き、家族を見回した。
「私の占術の結果が気になるのです。
召喚が実行に移された場合、
成功の可能性が…8割と」
「高いではないか!!」
リグレオールが身を乗り出す。
「それはちょっと見過ごせない数字だな」
「でも、聖女が召喚されるなら良いのでは?」
「いえ、それについても。
ご報告は尚早かとも思ったのですが」
ナディーンは魔物からもたらされた、過去の聖女の能力の危険性に関する疑惑について語った。
「さらなる確証を得るため、
現在ルカリアとトライツがロインに向かっています」
皇帝は考え込み、
「侍従よ、今の話は聞いたな。
…至急サルバドールに伝えよ。
聖女召喚は中止せよと」
と告げた。
「は」
後ろに控えた侍従が伝達に走る。
「止まるでしょうか、サルバドール兄上は」
ナディーンは案じる。
「あやつは考えが幼い。
協力者の手前引っ込みがつかずに、
危険承知で強行する可能性もある」
「国を滅ぼしたいのですか、あのバカ」
「ロイン行きは止めるべきだったかしら。
あの子小言を言われるのが嫌で、
学問を口述にロインへ逃げたんだもの」
皇帝夫妻もリグレオールも、サルバドールの暴走癖についてはよく知っている。「作家」ジョブを持つあの次男は「胸を打つ物語たりえるか」が至上主義で、物語として盛り上がるのであれば周りに迷惑をかけても許されると思っている節がある。
「ナディーン、もう一度占術だ。
『リグレオールが聖女召喚を行う』未来は、
回避可能かどうか占って見よ」
「承知致しました」
『予見の賢者』ナディーンは目を閉じ顎を上げる。
額に空からのメッセージを受けるように仰のき、
そして目を開けた。
「『回避可能』です。
しかし、気になることが。
回避した場合、次の災いが近づく、とも」
「ややこしくなってきたな」
その日、皇家の面々は各神妙な面持ちで食事を摂った。
ーーーーー
「大丈夫?お水飲めそう?」
「うーん」
「お腹は空いてない?」
「それは大丈夫、キラーヤの魔力あるし」
ここ数日、クダギツネの体調が優れない。
ある程度生活を整えたら次の瘴気だまりに向けて出立する予定だったが、放っておけず少し長めの滞在となっている。
「具合は変わらない?」
「うん、とてつもなく眠い。
ごめん、またちょっと寝るね・・・」
「うん、おやすみ」
このように、ただひたすら眠っている。
先日は歩いている最中に倒れ込むように眠ってしまい、その次は食事中に眠り込んでしまった。話ができても半分夢の中、上の空だ。
「皇居の森に返してあげたほうがいいのかな…」
「クダギツネ自身がそれを望むかは分かりませんが」
「でも、ふるさとの瘴気のほうがいいとかない?」
「瘴気はどこでも一緒ですが…
しかし、鹿神が何か分かるかもしれませんね」
「…うん。岩山は一旦後回し。
皇居の森に帰ろう」
ー壺の中にクダギツネをディアドラを入れ込んだまま、それを持ってキラーヤは皇居の森へ飛んだ。
ちなみにディアドラは転移が使えるが、到着地座標がずれると厄介なので一緒に飛んだ。
「おぉ、久しいの。
もう転移ができるようになったか」
設定した座標は最初に会った黄金の鹿神のところ。
突然目の前に転移してきたキラーヤにも驚くことなく、鹿神は出迎えてくれる。
「うん、おかげさまで。
この間は能力のテストに付き合ってくれて、
ありがとうね」
「なんのなんの。
で、今日はどうした」
「あのね、クダギツネの具合が悪いの。
何か分からないかと思って」
キラーヤは鹿神に断りを入れ、壺の中から眠ったクダギツネを抱え、ディアドラと共に戻ってきた。
「大変長らくご無沙汰しております」
「おお、久しぶりじゃな、魔人どの」
「ご健勝そうで何よりですわ」
「なんのなんの。
そちらのまもの使いのお陰じゃわ」
と、キラーヤに話を振ってくれる。
「クダギツネは寝ておるのか」
「このところずっと眠ってばかり。
水も食事もほぼ摂らないの」
「ふむ」
見せてみよ、と言われ、鹿の鼻先にだらりと垂れ下がったクダギツネを近づける。
「うーん。
生命力は充分あるようじゃな」
「分かるの?弱ってない?」
「簡単にじゃがな。
儂の鼻は活気のようなものを嗅ぎ分ける。
クダギツネはそれは充実しておるようじゃ」
「じゃあ今のところ生命に危機はないかぁ」
「そう思えるな」
「でも、ちょっと心配だから少しここにいていい?」
「もちろんじゃ、よく休ませておあげ」
その後呼び出した九尾に案内してもらい、元々暮らしていたというクダギツネの巣穴に寝かせてあげることにした。
「起きたら悲しまないといいけど」
「大丈夫、私から話すわ。
回復を願っての事よ、ってね」
クダギツネの姉である九尾が、彼の看病を請け負ってくれるという。
「キラーヤ様はどうされますか?」
「せっかく来たし、皇宮に挨拶に行くよ」
「正面から行かれるので?」
「うーん、大臣とかに会わせろって言って、
取り合って貰えなかったら面倒だよね。
…ここはひとつ、まもの使いらしく行きますか」
にやりと笑ったキラーヤは、高くそびえる皇宮を見てしめしめと笑った。
ーーーーーーー
その日、大臣ダスティは多忙であった。
わんさと届く書類仕事を片付け、皇帝の謁見に立ち会い、トラブルの相談を受けた。
そうした仕事も一段落し、どら少々甘味でも、と到着したスイーツワゴン前に、自分以外無人の執務室でフォーク片手にほくほくしていたところ、
「ダスティ大臣、お邪魔しますよ」
と、何もないところから黒髪の女性がぬっと現れた!
「うわぁぁぁ!!!」
柄にもなく大声を出してしまったダスティ大臣、声を聞きつけてメイドが戻ってきた。
ノック音の後、ドア越しに声が響いてくる。
「だ、大臣、何か粗相ございましたでしょうか」
「い、いや、大丈夫だ。
茶が少々熱くて驚いてな」
「そんなに熱かったとは!!
申し訳ございません、お取り替えを」
「いや、必要ない。
こちらこそ驚かせてすまない」
やや困惑を残したままメイドが立ち去ったのを確認し、ダスティは小声で抗議した。
「キーラ様!!どこから入ったのです!!」
「どこって、ドアから」
「いつ!!」
「ワゴンと一緒に。こうやって」
と、一瞬にしてキラーヤの姿が消える。
「は?!」
「ごめんごめん、透明化だよ」
また姿を表したキラーヤにダスティは目を白黒させる。
「…何やらよく分かりませんが、
お元気なら何よりです。甘味食べますか」
「食べます!」
と、キラーヤは元気に答えたのであった。




