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「どうだった?リンネ先生」
「こちらは手応えありません、シルヴァ先生。
先生は?」
「こちらもだ」
総本山へやってきてから、二人は修行の合間で蔵書を手当たり次第に当たっていた。
過去の偉大な先人たちが、あらゆる回復術のテクニックを著書に残しており、その中には非常にマニアック…限定的な用途で、この人は病の構造を熟知しているのでは、思うようなものもあった。しかし結局は回復術そのもののテクニックの話に終始し、思うようなものがない。
かたん、と音を立て、総本山の職員がひとり図書室に入ってきた。
この図書室の管理を担う職員で、二人はいつも彼に許可を得て調べ物をしている。
「おやおや、お二人とも熱心なことで」
「いつもお邪魔してすみません」
「とんでもない。このところ評判ですよ、
先人の技術を積極的に学び、実践に移していると」
ほほ、と職員はカウンター内へ入ると、引き出しを開けて二人に飴をひとつずつくれた。
「いい刺激になりますよ、
お二人のような向上心を皆持ってもらいたいものです」
「ありがとうございます。
…あの、お伺いしてもいいでしょうか」
「何なりと」
「この、記載なのですけれど」
リンネは職員にとある著書の一文を見せる。
「脚の痛みは時に腰に繋がると言われ…
この文ですかな」
「そうです。
この著者の先生は、どこでそれを学ばれたのかと。
引用の本なども紹介されていなくて」
「ふむ。この書き方だと、
こちらの先生が実践で発見されたというより、
どこかで学ばれたという印象ですな」
「私もそう思ったのです」
「ではもしかしたら。
禁書の棚に立ち入りを許されたのかもしれませんね」
「禁書の棚?」
シルヴァが横から会話に入る。
「はい、総本山が認めた、
功績ある回復士のみが閲覧を許される、
特別な書物たちがあるのですよ」
「そ!それ!閲覧することは可能ですか?!」
ほほほ、と職員は笑い、
「言ったでしょう、特別だと。
もっと研鑽を積み、徳を積みなされ。
まぁ、お二人ならいつか許可されるかも」
期待しておりますよ、と職員は笑い、カウンターの奥に消えていった。
顔を見合わせた二人は、片付けをして図書室から退室した。
ーーーー
「禁書か…そんな物があったとは」
「見たい!ものすごく見たいです!」
「しかし忍び込む訳にもいかないしな…」
苦い顔をする二人は、「今日はもう礼拝をして帰ろう」と礼拝所へ向かう。
礼拝を終え、頭を上げた二人に声を掛ける者がいた。
「おや、二人とも。
遅くまでお疲れ様」
白い衣服を着た壮年の男性は、総本山に務める先輩回復士である。彼は祭壇のさらに奥、ご神体の間の清掃をしていたようだった。清掃に使う専用のトレイを厳かに掲げ持った彼は、最後に恭しくもう一度祭壇へ頭を下げる。
「さ、今日はおしまいだ。
二人とも夕飯は?良かったら一緒にどう?」
という誘いに乗りやってきた食堂で、先輩回復士はあれやこれやと二人に食べ物を取り分けてくれる。
「いやぁ、今日砂地の神殿から来られた患者は、
もう少しタイミングが早くても良かった。
ずいぶん苦しまれたよ」
「そうでしたか…」
ご神体の間、とは。
ご神体を納めた祠を中心に、床に各地の神殿と繋がった魔方陣が敷かれた広い空間である。
各神殿の回復士たちが、患者の死期を悟った時。
魔方陣を通じて、この場所へ患者は送られる。
そういった患者の苦痛をご神体は和らげ、静かで穏やかな死へ導くのだ。
そうして患者が女神の元へ旅立ったことを確認し、お体を元の神殿に送り返す係。総本山の回復士たちは、ローテーションでその役割を担っていた。
「難しいものだ。
回復士として限界まで施術したい一方、
早く苦痛から逃がしてやりたい気持ちもある」
「ごもっともです」
おおよそ夕飯に似つかわしくない話題であるが、彼らは真剣である。
「だがご神体の間の業務でしか、
学べないこともある。
最近ロインに赴任していった回復士も、
最初はずいぶんショックを受けていた」
「送られてすぐは暴れる方もおられると」
「ああ。暴れてのたうち回っていた患者が、
だんだんと黙り込んで動きを止めていく。
あの過程を見て平気な奴はそう多くない。
みんな最初は動揺するが、あれが女神の慈悲なんだ。
…ふたりも覚悟ができたら、
一度と勉強させてもらうと良い」
「はい。是非、勉強させてください」
「じゃぁ、付き合わせて悪かったな。
神体の間業務の日はひどく疲れるんだ。
今日は早く寝ることにするよ」
「ええ、お疲れ様でした」
取り残された二人は、少し冷めた夕食を口に入れながら、ぽつりぽつりと話し合う。
「ご神体が導く穏やかな死が、
患者にとって慈悲だということは分かる。
だが俺は…治したい、んだ。
もっと長く生きられたかもしれない人を」
「はい。私も同じ気持ちです」
そのために、今できることは何か。
言葉にせずとも、二人は同じ事を考えていた。
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「やあ、ゼペットさん」
ルカリアとトライツは、過去の収穫量を記した資料の所在を確かめに、ロイン大図書館に到着した。
「トライツ様、ルカリア」
二人を出迎えたベテラン司書のゼペットは、申し訳なさそうに頭を掻く。
「面目ない、資料の行方が知れんなぞ…
司書の名折れじゃわ」
トライツがいや、と首を横に振る。
「いえ、一度確認してみないことには。
どの階層のどの書架かは僕が分かりますので、
すみませんがダンジョンに降りる許可をください」
「それはもちろん。すでに申請済みじゃ。
二人の準備さえ良ければすぐにでも」
「では、今日行くことにしよう」
ルカリアの体調も今日はまだ良く、すぐの出発を決める。
「あぁ。飛んでくる本に気をつけてな。
トライツ様はわかっとるじゃろうが」
「『知の賢者』は定期的に潜りますからね」
では僕はちょっと準備を、とトライツが席を離れたとたん、ゼペットが凄い圧でルカリアに身体を寄せてくる。
「お前さんは何をしとるんじゃ」
「何って…仕事だが」
「嫁さんはどうした!!」
「嫁さん…?!」
何を言っている、と言いかけて、以前ルカリアはここにキラーヤを連れてきたことを思い出した。途端に頭がカッと熱くなり、慌てて訂正する。
「ち!!ちが!!
あれは嫁さんじゃない!!」
「違うのか?!」
「断じて違う!!」
「なんじゃ、てっきりそうじゃと思っとった。
…となるとマズったかのう」
「何がだ?」
「つい先日、ここにお前を探す奴が来たんだ。
誰かを連れていたかと聞かれたから、
つい答えちまった」
「…何と答えた?」
「可愛い黒髪のレディを連れていた、とな。
名前はキーラと言ったか、と聞かれたから、
そんな感じだったと言った」
ルカリアは訝しむ。
キーラ、という名を知るならば、皇宮の使いだろうか。
ルカリアが先日皇都に帰った際には特に動きはなかったが。
「また来るから、
お前さんを見かけたら言うよう言われておる。
どうする?」
「隠しておけるものでもないし、
あいつとは今別行動中だ。
言って貰っていい」
「ああ、分かった」
そのとき、
「お待たせしました。
たんまり食糧も持ちましたし、行きましょうか」
とトライツが戻ってきて、ゼペットとルカリアは離れた。




