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「いったいどうやったらこうなるのか、
私には分かりかねますねぇ」
寝転がったキラーヤに、ディアドラが語りかける。
ここはダンジョンの最奥、いわゆる最下層である。
寝転がったキラーヤのすぐ傍には、現時点でのダンジョンの最終ボス、ジュエルドラゴンが借りてきた猫状態で小さく翼を畳んで震えている。
全体的に流線型の優美なシルエットの、顔の小さな竜だ。長い尻尾や額、つんと後ろにはやした耳、そして大きな翼に至るまで、美しい色とりどりの鉱石が埋め込まれている。
そして特徴的な、つるりとした済んだ青色の瞳。まるで水を生み出す宝玉のようなふたつの瞳が、文字通り涙で濡れていた。
「いやー・・・いけるもんだねー・・・」
「本当にあなた様の能力値には驚かされます」
ダンジョンに入ってすぐ、キラーヤはディアドラに命じた。
「瘴気を吸った果実を用意してちょうだいな」
これが何を意味するか。
「ディアドラの本にあったね。
イルゼは力をたくさん使った日、
顔色を白くし気だるげに、呼吸も荒く、
床に寝付いてしまうことがあった、と。
そして一時的でなく、時間をかけて回復したと」
「その通りです」
「そしてその症状に、瘴気を吸った果実がよく効いたと」
「ええ」
「私の見立て通りならば、その症状は貧血に一致する。
魔力の流出は貧血を伴う。となれば仮説として、
まもの使いの魔力は血と同様、骨髄で作られているのでは」
「コツズイ」
「骨の髄のことよ。
そこに魔力の生成工場があるとすると、
この症状への対処の考え方は貧血の治療と一緒ね。
大事なのは貧血に対して鉄分を補給するように、
魔力の素になる栄養素を届けてあげること。
そしてその栄養素こそが」
「瘴気である、とお考えなのですね」
「その通り!!」
「しかしルカリア殿は言っていたでしょう、
人間にとっては毒であると」
意外にもディアドラは素直に承諾しない。
「でもイルゼは口にしていたでしょう?」
「その通りです。
でも、私にも分からないのです。
あの果実が本当は、
イルゼの身体に毒を蓄積させていたのかもしれません」
少し俯いたディアドラの表情は読めなかったが、キラーヤはさらに畳みかける。
「でも、あなたすでに私に飲ませたでしょ、
瘴気入りのジュース」
いつかの朝食で並んだ不可思議な味のジュース。
あれは恐らく、わずかに瘴気が入っていた。
「・・・仰るとおりです。
イルゼが飲んでいたものを薄めてお出ししました。
・・・なぜ分かったのです?」
その答えを聞き、キラーヤは電話を取り出す。
「こちらの万能サポートセンターで」
そしてそのまま女神に電話を掛け、ディアドラにも聞こえるように電話口に顔を寄せるよう手招きした。
『はぁーい』
「いつもお世話になっておりますー。
もう一度確認なんだけど、
ディアドラって私に瘴気入りのドリンク飲ませたよね?」
『そうねー、正確には、
全ての作物や生き物には瘴気が含まれてるから、
いつでも瘴気は摂取してるんだけどね。
あのドリンクはちょっと濃いめだったよ』
「で、私の身体ってどの程度なら瘴気に耐えられるの?」
『まもの使いなら瘴気は大丈夫よ。
そういう身体の構造なの。
瘴気だまりに飛び込んだってへっちゃら』
「前の子もそう?」
『そう。だから毒にはなってないはずよ』
「ついでに私の魔力生成工場の仮設、合ってる?」
『だいせいかーい!賢いね、キラーヤ』
「ありがと!じゃあまたね」
『はーい!良い旅をー!』
そのままディアドラに向き直り、
「・・・だそうです」
と告げた。
「えーっと・・・
私の本、必要でしたかね・・・」
と頭の痛そうな顔のディアドラに、「あったりまえじゃん」と肩をばちんと叩き、改めて瘴気入りの果実を集めさせたのだ。
浅い階では、とにかく多くの能力を試した。
捕獲する、従わせる、感覚を共有すると言った既存の能力に加え、仲間の魔物の能力を自分自身に憑依させ、自らも戦闘ができることを知った。
「体力がないから向いてなかったんだけどね」
仕方がないので、カクレコウモリの透明化やゴーストの浮遊能力を憑依させ、便利に使うことにした。そのうちジャンプ力や走力、筋力といった身体能力も憑依させられるようになり、そうするとちょっとはそれらしい動きができるようになってくる。
とはいえやり過ぎるとさすがに疲れるので、毎日コツコツ、少しずつ下層へ下っていく。
しかしそのうち強い魔物達がうろうろする層まで来てしまい、そういう殺気だった輩を押さえ込むには、いくら回復しても魔力量が追いつかなくなってきた。
「造血能にも限りはあるからねぇ・・・」
ということで次に取りかかったのが、魔力量そのものの増強だ。
サポートセンター曰く、熟練度不可算、というのは魔力量が無尽蔵ということではないらしく、キラーヤもしっかり疲れるし、やりすぎると貧血で動けなくもなる。
「それでも、筋肉みたいに鍛えられはするらしいんだけど」
「時間がかかりますか?」
「うん、それはそうみたい。
ということで」
キラーヤが考案した方法、それは、
『瘴気をそのまま魔力に変換する』方法だった。
「一度瘴気入りの食べ物を食べる→
自分の身体に取り込む→
骨髄を経由して魔力に変換だと、
時間もかかるし身体にも負担かかるでしょ。
だから骨髄以外のところで瘴気を変換できないかと」
「ど・・・どこで・・・」
「それはこれから考える」
そうして色々と試行錯誤をした結果、「やっぱりそういう能力を持つ魔物の力を拝借する」という結論に至った。
「瘴気を直接変換してる魔物、ねぇ・・・」
専門ど真ん中である魔物博士ディアドラを隣に置き、バッタバッタと魔物を服従させながら、「あれはどんな魔物?!」「あれは?!」と使えそうな能力を持っていないか模索するものの、なかなかそう一筋縄ではいかない。
とか何とかやっているうちに、何と最下層まで来てしまった。
「やっぱ難しいかぁ・・・」
と肩を落としたキラーヤたちを最下層で待ち構えていたのは、大きな一体のジュエルドラゴン。
文句なしに美しいその姿にしばし見蕩れたあと、
「で、あの魔物はどんな魔物?」
ともはや何百回も繰り返した問答を重ねる。
「あれはジュエルドラゴン、名の通り宝石竜ですね。
戦闘力は特段高くなく、
主に身体から落ちる宝魔石が重宝されます」
「宝魔石」
「ええ。以前私が地図の目印に使ったものにも、
いくつか含まれていましたよ。
美しいだけでなく魔力を含み、
使いようによってはそれを媒介として秘術が使えます」
「ほぉ。宝魔石が落ちたところはどうなるの?
再生されるの?」
「再生されます。
体内から生えてくる訳ではなく、
どうやら瘴気を集めて結晶化するようです」
「ん?今何て言った?」
「瘴気を集めて結晶化・・・あ」
「瘴気を集めた結果、結晶化した宝魔石が?
魔力をはらんでいると?」
「その、通り、です・・・」
その瞬間、二人の目が狩人の目になった。
その視線に射貫かれた哀れなジュエルドラゴンがびくりと肩を震わせる。
「いたぞーーー!!!
狩れーーーーーーー!!!」
という訳で、強制的に仲間にさせられたジュエルドラゴンから瘴気の結晶化の能力を拝借すると、その能力の過程をゆっくりと何度も再現することで、細かく段階に分けて分析した。その中でついに、集めた瘴気は結晶化直前で止めると、変換された魔力だけが残ることを発見したのである。
これは幸運だった。結晶化した後に魔力に変換される仕組みだったら、そこから更に魔力を抽出するのは骨が折れるからだ。
キラーヤは次の段階へ移った。
瘴気から変換した魔力を自らの身体に取り込む。
「どうですか?」
「やっぱ外の魔力って感じ。
暴れ出しそうでぞわぞわする」
だが少し経つと魔力は問題なく身体に馴染み、
「やってみる。
・・・一応トリガー踏んでおくか」
そう言って銃型ライターを構えると、
九尾から借りた能力、火炎放射を放つ体勢に入る。
「いける。いける。・・・よし!
・・・Fire(撃て)!!」
ドォン、という轟音と共に、小さなライターから空間を裂いて火の柱が突き抜ける。
反動でキラーヤはよろめき、両脚に力を入れて踏ん張る。
そして変換した魔力を使い切り、炎が切れたその瞬間、
・・・キラーヤは冒頭のとおり、倒れ込んだのである。




