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先ほどのカウチソファを囲み、小さな椅子をそれぞれ持ち出した4人が腰掛ける。
「キーラ様、念の為拘束させて頂く」
「は、え?」
ダンディが目配せすると、ローブの一人、『秘術の賢者』が何やら小さな杖を振る。
そこから光る蔦のようなものが飛び出し、体の周りに絡みついた。
痛みもなく苦しくもないが、全く身動きが取れない。
先ほどまでの聖女扱いから一転、まるで不審者扱いだ。
「『秘術の賢者』殿、先ほどの鑑定結果は確かか」
「ほほ、こちらの術に不備はないはずですよ。念の為、それもう一度」
先ほどの術は鑑定術だったらしい。縛られたままの手を取られあの透き通った巻物が現れると、皆顔がくっつかんばかりに近づいて凝視している。
「…確かに、ジョブはまもの使い、とありますね」
「『聖女』でないのも問題ですが、
『まもの使い』とはよりによって…」
「キーラ様、
今からお伺いすることには正直にお答えください。
その蔦は真実を見抜きますゆえ」
「は、ハイ」
「あなたは本当に、
ご自身のジョブについてはご存知ない?」
「知りません!」
「あなたの世界には本当にジョブはない?」
「ありません!」
「『まもの使い』というジョブに聞き覚えは?」
「それは無いとはいえません!」
「矛盾しています。
何故ジョブのない世界でジョブに関する単語を知り得るのか」
「生身の人間にはそういった能力はありませんが、
架空の物語にはそういったものが描かれることがあります」
「なるほど…嘘はないようですね」
第一ウェーブを乗り越えたのも束の間、
今度は何やら四人が顔をつきあわせ、何やら小声で相談をし始めた。
ところどころ理解できる単語はあるものの、何やら専門用語らしきものも多く、内容を理解することは難しかった。四人は真剣で、こちらを気にする様子もない。
いわゆる放置である。
石造りの部屋の中、キャンドルの火が不規則に揺れている。
かと思えば天井には安定して光り続ける光源があり、まるでLED照明のような乱れのなさだ。
この類の話によくある中世レベルの文明であるような、予想できない高度文明であるような。この部屋の中だけでも、そのアンバランスさが妙な居心地にさせた。
議論は続く。放置も続く。
しかし、医師として海千山千、口八丁手八丁で危機を乗り切ってきた身としては、全く自分の意見が反映されないまま自分の処遇が決まるのは納得できないところがある(恐らく議論はそのことだろうと予想する)。
「あの、白熱しているところ悪いのですが」
そして、こういうときにハッキリ主張できる胆力というのも、この仕事の中で得たもののひとつである。四人が一斉にこちらを振り向く。
「あの、私に問題があるのは分かったんですが、多少は意見してもよろしいでしょうか」
ダンディは少し気まずそうに目頭を押さえると、
「・・・申し訳ない」
と軽く頭を下げてくれた。素直でよろしい。
「まずは議論の争点と問題点について教えていただけますか」
四人はお互い顔を見合わせ、
「・・・分かりました」
と、ローブの賢者のうちの一人が前に進み出た。
その大きなフードを取ると、中からは肩ほどのダークブラウンの髪をひとくくりにした、線の細い少年が現れた。
「僕は『知の賢者』、トライツ・ティンバーレイクと申します。
まずは勝手をお詫び申し上げます」
くりっとした大きな緑の瞳が伏せられる。幼さのなかに宿る知性に、正直おっ、と怯んでしまった。
トライツは説明を始める。
「まずは、状況について端的にお伝えします。
先ほど大臣からお話がありました通り、
我が国の国難に立ち向かうべく、
異世界からの救世主をお迎えする手段を取りました。
人員の選定は『予見の賢者』による占術で行われ、
複数人への接触を試みました。
しかし難航し、唯一コンタクトが取れたのがあなたです」
未だフードを被った二人のうち、小柄なほうがぺこり、と頭を下げる。どうやら彼が『予見の賢者』らしい。
「そして、問題はここからです。
先ほどあなたがおっしゃった通り、
我々はあなたが『聖女』ジョブを有することを期待していました。
なぜなら我々が瀕する国難は、
『聖女』の力があれば解決しうると思われているからです」
「この世界では『聖女』ジョブを持っている人物はいないのですか?」
「ええ、ジョブは数あれど、
『聖女』ジョブはほとんど伝説に近い代物です。
このタイミングで出現する期待は持てません。
しかし過去の叡智をたどると、
確かに『聖女』ジョブは実在するのです。
しかも異世界からの救世主召喚、
という歴史的事項と同時期に」
「なるほどつまり、
異世界から召喚された人物が『聖女』ジョブを持っていたと推測できる訳ですね」
「その通りです。
そして我々はそれに期待し、
召喚が難航する過程で己らを鼓舞するために、 『異世界からの客人は必ず聖女ジョブを持っている』
と過信してしまったのです。申し訳ありません」
「いえ、その状況では仕方がないでしょう。
しかしこの状況の説明はどうします?」
そういって己の体を顎でしゃくって示す。このぐるぐる巻きをどう説明してくれるのか。
「それにつきましては・・・」
トライツが気まずそうに残りの人員を見やる。
ダンディ(先ほどは大臣と呼ばれていた)が大きく頷く。何らかを言っていい、という許可のようだ。
「その要因はあなたのジョブ、
『まもの使い』にあります」
半分予測はしていたものの、やはりそうか、と腹が冷える思いがする。先ほど彼らは言っていたはずだ。「ジョブは変えられない」と。
「『まもの使い』もまた、伝説級のジョブなのです。
あまり良くない意味で」
トライツの言う『過去の叡智』によると、『まもの使い』は魔物を従え、意のままに操り、人々を混沌に陥れたという。
魔物の能力を己のものとして使いこなし、魔物に乗り自在に空を飛び陸を駆け海を渡り、その欲望のままに振る舞ったという。討伐に向かった国軍はその身に近づくことすら許されず蹂躙されたという。
「『まもの使い』は別名、
『魔王の伴侶』とも呼ばれています」
そうトライツは締めくくった。
「・・・もしあなたが身も心も『まもの使い』であれば、
我々は今この時、あなたの命を刈り取るべきなのです。
そのジョブの危険性ももちろんですが、
我々が瀕している危機が、
『魔物の大量発生』であるがゆえに」
喉がヒュ、と鳴った。
上手く息を吸い損ね咳き込む。
なるほど、そういう訳か。
大量発生した魔物の中に『まもの使い』の召喚、これは冗談では済まされない脅威だ。
魔物がどういうものか詳しくは知らないが、すべての魔物が『まもの使い』に従うならば、それはもはや一つの強大な軍隊だ。
そんなものを召喚してしまったこの場の者全員、重大な罪人となるだろう。
「しかしながら、
あなたを封じる決断は未だ下せておりません。
それについては」
「わたくしがお話致します」
フードの人物の小柄なほう、『予見の賢者』がフードを取る。
「女性だったのですね」
『予見の賢者』は金の髪を結い上げ、下がった目尻に八の字眉、両の紫の瞳の端に涙ぼくろのある、一度見たら忘れられない美しさの女性だった。
「ええ、わたくしの名はナディーン・ド・ネフェリ」
「なりません、安易に名乗っては!」
遮るようにダンディが叫ぶ。
もう遅い。おおよそ察したわ。
「国名を名にお持ちということは、
そういうことですね」
「はい、わたくしはネフェリ帝国第二皇女ナディーン。
今代の『予見の賢者』です」
「ということは、先ほどの皇子は」
「はい。わたくしの兄です」
「そうでしたか・・・」
これは聞いてはいけない情報だった。大臣としては、皇族の名と顔を敵なる人物に渡したくはないだろう。
「あなたを処断できない理由はいくつかあります。
ひとつ、皇族である兄にすでに顔を見られていること。
消えたことにするには骨が折れます。
ふたつ、女神の力を借りて召喚した者を身勝手に殺めた場合、
どのような災厄が訪れるか分からないこと。
みっつ、あなたがここまで非常に協力的であり、
また少なくとも現時点で、あなたの精神性に危険が窺えないこと。
そしてよっつ。これが重要なのですが」
ナディーン皇女は音もなくキーラの側に跪き、その細い人差し指をキーラの額に当てた。
ぐるぐる巻きで身動きが取れず、されるがままである。
「やはりそうです。
わたくしの占術は、未だあなたを救世主と見いだしている」
さっと立ち上がり、残りの3人を振り返ってナディーン皇女は言う。
「以上、わたくしは彼女を保護すべきと考えます」
「しかし皇女殿下・・・」
大臣は苦い顔をする。
それはそうだ、立ち回りによっては自分も処刑台の露と消える可能性だってある。しかし、こちらだって言うべきことは言っておかねばならない。
「私にも意見させてください」
「意見・・・ですか」
「はい。
まず、私はジョブという概念も、
まして自分が『まもの使い』なんて特殊なものだとは知りません。
力を使ったことも、使い方も分かりません。
そして、恐らくこの世界へ渡るとき、
私は女神らしき声を聞いています」
四人の表情が硬く引き締まる。
「『巻き込んでごめんなさい』、そう言われました。
どうやら私は女神に導かれてここへ来たようです。
ならばここで殺されることは、女神のご意向ではないはず。
そして、私の人となりを信用していただけるなら、
国難に対しても力をお貸しできるかもしれません」
「あなたの力を国のために使うということですか?」
ナディーン皇女が静かに問う。
「いえ、これは仮説ですが。
このジョブが『魔物を制御する』類ののものなら、
魔物を消すことはできずとも、
人に害を及ぼさないよう管理することはできる」
先ほどのトライツの話からすると、その可能性は高いと踏んでいる。
そしてその場合の弱点も。
「その能力の使い道は魅力的ですが、
懸念点もあります」
ダンディ大臣がうなるようにつぶやく。
「ええ、私が国を裏切らないとも限らない点ですね」
「・・・その通りです」
「実際私としては、
現状あなた方の国に何の恩義もありません。
むしろよく分からない事情で連行され、
仕舞いには縛られている。
女神への忖度で私を殺せない以上、
私はあなた方にやや強く出られる立場な訳です」
これは賭けだった。
逆上されるか、まだ力の使い方も知らない癖にと侮られるか。
「・・・殺すことはできずとも、力を封じ幽閉することはできると言ったら?」
未だフードを被ったままの『秘術の賢者』が言う。
「それであれば。
その国難とやらへの対応はお任せするまで。
私自身、その伝説級とやらのジョブの力を知ることなく過ごすことになるでしょう。
その場合は一定の生活水準の確保は要求しますし、何なら私を元の世界に返すことも検討してもらいます。
女神が次の『聖女召喚』に力を貸したくなる程度の待遇は要求しないと、ね」
『秘術の賢者』はくくく、と喉を鳴らすと、
「ほほ、なるほど。
聖女殿はなかなかの切れ者でいらっしゃる。
そしてこの状況で我々に啖呵を切るほどの胆力もお持ちだ、いや素晴らしい」
またも芝居がかった、歌うような口調で告げ、ローブをふわりとなびかせ踊るような足取りで転がったキーラの元へ跪くと、
「上等じゃねえか」
ドスの効いた低い声で吐き捨て、キーラの顎を乱暴に掴んだ。
「いい度胸だ、気に入った」
「ちょっと、キャラどうしたんですか・・・!」
フードの奥からは燃えるような紅の瞳がのぞいている。
「もういいだろ、これも」
パチン、と指を鳴らすと、体を締め付けていた蔦がはらりと解ける。
いや、溶ける。
慌てて立ち上がると、怪我がないか体をチェックする。
「『秘術の賢者』殿・・・。お立場をわきまえなされ」
ダンディがこめかみを揉みながら呟く。
「まあ、好きで得た立場でもないんでね」
フードを脱ぎ捨てた『秘術の賢者』は、淡い青の髪に紅い眼の美丈夫だった。
こういう異世界系のは大概イケメンなんだよなぁ・・・。
「俺は決めた。
本日この時より、『秘術の賢者』を降りる」
「ハァ?!」
ダンディの嘆きが止まらない。
「いいだろ、『秘術』は」
「まあそれはそうですが・・・」
何を言っているか分からないが、いや本当に何を言っている?
「それより決めた。この御仁に賭けてみようぜ」
『秘術の賢者』、いやもう元賢者?か?はキーラの首に腕を回すと、
「その代わり俺もついていく。
俺なら、危険だと判断した瞬間殺せるだろ?」
「ちょっと待って不穏」
「実際抑止力は必要だからさ。
魔物に対抗できるのなんて俺くらいだ」
な、いいだろ?と周りに問う赤目の男。
「・・・本音は?」
『予見の賢者』、皇女殿下があきれたように問う。
「『まもの使い』の力が見たい」
「やっぱり」
そう笑ったのは『知の賢者』トライツだ。
「・・・仕方ありません。
どの道取れる方法は多くないのです。
キーラ殿、後は頼みましたよ」
「えーっと、どれを?
国難のほう?この男のほう?」
「どっちも」
「ええぇ・・・」
かくして、なんとか即処刑、あるいは即幽閉とかいうバッドエンドを回避したキーラであった。




