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「シルヴァ先生」
青年はずかずか部屋に入ってきて、部屋を見渡している。
「リンネ先生、今誰と喋っていた」
「え、えと、私にもわからなくて」
「どういうことだ」
「と、突然声が降ってきたんです」
キラーヤはこれ幸いと、乱入者を言い訳にしてだんまりすることにした。
「おい、誰かいるのか」
シルヴァ青年は手当たり次第狭い部屋を闊歩し、椅子の下をのぞき込んだりしている。しかしついに誰も見つからないと悟ると、
「・・・何だったんだ」
「すみません、私にも分からず」
「だが、言っていることは興味深かった。
症状の原因を考えろ、学べと言っていたな」
「ええ、そう聞こえました」
「女の声だった。
そいつはその知識を持っているように聞こえた」
「はい。先ほどの患者さんは心臓に原因があると」
「・・・くそ、なぜ見つからない!
まだ患者もたくさんいるし・・・
いいかリンネ先生、次に声が聞こえたら、
すぐ俺を呼べ」
またドカドカ足音荒く、シルヴァ青年はドアから出て去って行った。
リンネも控えめに、
「え、と、まだいますか?先ほどの方・・・」
とだんまりを貫くキラーヤに問いかけ、返答がないことを知ると、はぁ、と小さくため息をついてまた患者を呼び込み始めた。
「次の方、どうぞ」
長い行列を為した患者たちが診察再開に安堵の声を漏らすのを聞き、今日はここら辺で、とキラーヤはカクレコウモリを呼び戻したのだった。
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帽子のつばを上げ、座っていたベンチで大きくのびをするキラーヤ。
「お帰りなさいませ、キラーヤ様」
隣では変わらずディアドラも読書をしていた。
「収穫ありましたか?」
「うん、あんまりろくでもない収穫だったけど」
「途中喋っておられましたね」
「つい我慢できなくなってさ~・・・」
頑張ってくれたカクレコウモリにご褒美の果物を与え、ついでに意外と可愛いその鼻頭を指で撫でる。
「しかし本当に、まもの使いらしくおなりです」
嬉しそうに笑うディアドラに、「そう?」と悪い気分はしないキラーヤだったが、一方で今し方直面したこの国の現状に気が滅入っていた。
「思ったより深刻だったわ」
「何を見てこられたのです?」
「この国の医療よ。
病気を治す人たちがどんなもんか、
この目で見たかったの」
ディアドラはよく分からない、というように緩く首を振る。
「なぜキラーヤ様がそのような事を気にされるのですか?」
あぁ、そういえば話していなかった、とキラーヤは思い至り、
「私、前の世界では医者だったの。
医者って言うのは病気を治したり、
怪我の治療をする職業なんだけど」
「それは素晴らしい。
しかしキラーヤ様の世界にはジョブがないのでしたよね?」
「そう。ジョブも秘術も回復術もない。
だけど薬剤や科学、あと技術の力で治療するの」
「ほお、想像もつきませんね」
「私のほうもそうよ。
こっちの医療は想像もつかなかったから、
つい興味が出ちゃってね」
「そういうものですか」
「海外旅行に行っても現地の救急車見てテンション上がるのが医者だからね」
「えっと・・・今のは半分も分かりませんでした」
「ごめんごめん」
そう笑うと、固まった身体をもう一度伸ばし、キラーヤは立ち上がった。
「でもとりあえず、
今の私は修行中の身だから。
自分のやるべきことを優先させてもらおう」
さ、帰ろう、とまた石畳を歩き出す。
・・・・・・でも、もしスタンピードを回避できたとして、まもの使いとしての役割を終えたら。
あのリンネ先生には、もう一度会いに行きたいな、と思ったキラーヤだった。
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ルカリアは飛行術を使い、皇都へ急いでいた。
森の瘴気だまりの主、シータから聞いた話。
『聖女』が瘴気を無効化した結果、飢饉が起きたという説。
「本当なら・・・なぜ情報がない」
本来なら、あり得ない話だ。
国難に瀕した数百年前の国の大事件。
その一部始終は記録されてしかるべきだ。
だが今、残っている情報はひどく断片的だ。
『聖女』が存在したこと。
『聖女』が旅した結果、魔物による被害がなくなったこと。
その時期が異世界からの召喚術が行われた時期と一致すること。
飛び石状にばら撒かれたままで、それらすべての繋がりを示す資料が存在しない。
「焦るな。まずは確認だ」
もしかしたら、自分たちはとてつもなく愚かなことをしでかそうとしたのかもしれない。
その焦燥が汗となり、ルカリアの額を伝った。
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「さぁ、座学のお時間よ」
壺の家のダイニングにて、
キラーヤは手に筆記具、机に大きな紙を広げ、
ディアドラに向き直った。
「修行と仰ったので、
てっきりダンジョンにでも籠もるのかと」
先生役を求められたディアドラはダイニングテーブルを挟んで向こう側に腰掛け、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「おあいにく様、
私は闇雲に行動しないタイプなの」
まずは座学から始めるわ、ダンジョンはそれから。
キラーヤは紙にすらすらと書き付けていく。
書いている文字は日本語のつもりで書いたが、何とよく分からないあの文字に書いた傍から変換されていく。サポートセンターの力を感じる。
「整理するわね。
私が知りたい項目は以下。
ひとつ、能力の種類。
ディアドラが見たイルゼの能力、
洗いざらい書き出したい。
ふたつ,能力の限界。
私、熟練度不可算らしいんだけど、
なんでも出来るわけじゃないわよね?
イルゼが出来なかったこと、教えてちょうだい。
みっつ,私の心身への代償。
さすがに何もないわけじゃないよね?」
ばーん、と書いたものを突きつけると、ディアドラはぽかーんと口を開けてそれらを見つめている。
「え、何・・・変かな・・・?」
ゆるゆると首を横に振ると、ディアドラは無言で自室に引っ込んでいった。かと思ったらすぐ出てきたその手には、一冊の書物が乗っている。
「こちらを、お渡しします」
その書物は、表紙に『まもの使い、その力のすべて』と題されている。著者はディアドラ・ヨーク。
「これは、ディアドラが書いたの?」
「そうです。世界でたった一冊、
誰にも見せていない本です。
これはあなた様のために書きました。
・・・こんなに早く出番が来るとは」
手に取ると、早速目次を開く。
その項目は、
「・・・これ、さっき私が知りたいって言った内容ね」
「驚いたのです。
この本は、いずれ降臨される次のまもの使いの、
何かしらの助けになればと思って書いたもの。
能力の発展の途上で壁にぶちあたった時、
ヒントになるだろうと。
・・・まさか最初から、
今後直面するであろう課題を看破されるとは」
「まぁ、気力体力の省エネを実現するには、
先を読んで備えるのが基本ですからね」
「末恐ろしい・・・!」
「ゲームじゃないんだもの、
トライアンドエラーは最小限で行きましょう。
と言うわけで、これ借りるね」
「どうぞどうぞ、お使いくださいな。
・・・ただし、中には少々酷な記載もあります。
どうぞご無理なさらず」
「分かった、ありがとう」
思いがけず用意されていた攻略本を手に、キラーヤは能力開発に取りかかるのだった。




