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キラーヤとディアドラはカクレコウモリを従え、
回復士たちの勤める教会近くまでやってきた。
入り口が見える距離にあるベンチに腰掛けると、ディアドラに借りた帽子を目深に被る。
「ずっと目を閉じてるやつがいたら怪しいもんね」
さらに膝の上に本を乗せれば、ちょっと俯いて読書している風の様相の完成である。
「さて、行きますか」
リハーサル通りカクレコウモリと視界を共有し、教会の入り口へとやってきた。
背の高い木の扉にさらに小さな扉がついていて、その前に患者が並んでいる。順番が来たら小さいほうの扉が開かれ、中に案内されるようだ。
『患者を外で並ばせるのか、シビアだな』
とも思ったが、患者について中に入ると、教会内でもまだ行列は続いていた。
『相当混んでる』
行列の頭上を飛び去り、奥へ奥へと進むと、廊下にたくさんの扉が並んでるゾーンに来た。患者達は順番に、その扉の中へ案内されていく。
『診察室と見た。・・・入ってみよう』
そのうちの一つの扉が開いた瞬間、するりと中に入り込む。
狭い独房のような簡素な作りの部屋に、こちらも簡素な椅子にひとりの白髪の少女がちょこんと座っていて、患者に「よく参られました」と出迎えている。
患者が横になるスペースもなければ、大柄な患者が来たら圧迫感を感じるくらい小さな空間だ。余りに部屋が簡素で、カクレコウモリの居場所を探すのにちょっと苦労したが、幸い部屋の隅にあったフックにぶら下がることができた。
『おいおい、こんな小さい子が診察すんのか』
と関心して見ていると、少女は小さな顔を傾け、
「今日はどこにしましょうか?」
と聞いた。患者の老婆は嬉しそうに、
「ああ、今日はリンネ先生だ。嬉しいわあ」
と笑い、
「膝にお願いします、先生」
と両膝を差し出した。リンネ先生、と呼ばれた少女は
「はぁい」
と無邪気な声で老婆の両膝に手をかざすと、その手から柔らかな白い光を出して膝を包み込んだ。
「ああ、こないだのシルヴァ先生も素晴らしかったけど、
私の膝にはリンネ先生のこの具合が合ってるよ」
「シルヴァ先生は私よりずっと強い回復士ですからね。
おばあちゃんの身体はびっくりしちゃったかも」
「確かにすごかったね。雑談する間もなく終わっちまったし、
その夜は目が冴えて眠れなかったよ」
「ふふふ、身体が大騒ぎだったのね」
そうして手から光が消えた頃、
「あぁ、痛みが良くなったよ。
ありがとうね」
「はぁい、じゃあお帰りはあちらね。
また痛んだら来てね」
「ああ、また来るよ」
と、老婆は入り口とは反対側の扉から案内されていった。
なるほど、入り口と出口を分けているわけか。
・・・その後何人かに施術する少女を観察し、分かったことがある。
『これ、検査とか何もしてないな・・・』
患者が部屋に入ってきて、「今日はどこにしますか?」と聞く。すると患者は症状がある部分を指し、「ここで」と言う。そして少女はそれに異を唱えず施術する、といった具合である。
恐らく、なぜその症状が出るのか、考えてすらいないだろう。
『まさか、この国の医療ってこんなレベルなのか』
キラーヤは内心愕然とした。
これではまるで、その辺のマッサージ店と変わらないではないか。いや、現代日本のマッサージ店のほうがまだ症状にあった施術をしてくれている気がする。
『いや、もしかしたらこの子が未熟なのかも』
そう考え、別の診察室も覗いてみようと決めた矢先。
「リンネ先生、急患です。
患者様方、割り込みご容赦願います」
ねずみ色の衣服を着た大人が入ってきて、少女の部屋にひとりの中年男性を連れてきた。良く太った、装飾の山ほど付いた高そうな服を着たおじさんだ。
ねずみ色の服の人物は扉の前で待つ患者達に、「急患です、あしからず」と言って回っている。患者はみな神妙に頷き、異議を唱える者はいない。
「うぅ、痛い、何とかしてくれ」
「ど、どうされましたか」
少女は苦痛に喘ぐ男性の顔を窺い見る。
「左肩だ。肩・・・いや首、歯かもしれん。
とにかくこの辺だ。
痛い、苦しい、何とかしろ」
と、大雑把に掌でこの辺、と自分の頭から肩あたりをさすっている。
「わ、わかりました、今回復術を」
そう言い、小さな掌を目一杯広げて大きな光を出し、患者が指した領域を包み込んだ。
が、キラーヤは患者を頭の先からつま先まで観察しながら考える。
『恐らく違う。そこじゃない』
案の定、
「なんだ!全く良くならんではないか!!」
と患者は騒ぎだし、
「別の回復士を呼べ!!」
と叫んだ。先ほどのねずみ色の服の人物は「ただちに」とだけ言い、出口側のドアから去って行く。その間もおろおろしながら回復術をかけつづける少女に、アドバイスしようかキラーヤが迷っていると、
「どけ。俺がやる」
と、青白い髪の一人の青年が入ってきた。
「シルヴァ先生!」
少女は助かった、と安堵の息を吐くと、シルヴァと呼ばれた青年と場所を交代した。
「どこですか」
とぶっきらぼうに患者に聞くと、
「ここだ。このあたり」
と、患者は油汗をかきながら相も変わらず顔から左肩をさすっている。
「わかりました。では」
と一言告げると、シルヴァ青年は掌からカッ、と白い閃光を迸らせ、患者の身体の上を大きくなぞる。たった一撫でしたところで、
「お、おお!痛みが消えた!」
と患者は大きく息を吸い込み、乱れた呼吸を整え始めた。
「さすがシルヴァ先生・・・
この街一番の回復士だ」
ねずみ色の服の男が感服したように言うと、シルヴァは光を消した右手を左手で揉みながら、
「では、お大事に」
とまたもぶっきらぼうに去って行った。
ねずみ色の服の男は様子が落ちついた患者をゆっくり出口へ案内する。
ではこれで、と扉が閉まる直前、
「リンネ先生も、彼を見習ってくださいね」
とチクリと嫌味を残していった。
・・・残された少女は、肩を落としてぽつりと呟いた。
「シルヴァ先生は凄いなあ・・・
私はだめだな、もっと深く術を入れないと」
「それは違うな」
突如降ってきた声に、少女は部屋中を見渡す。が、どれだけ探しても誰もいない。
それはそうだ。キラーヤがカクレコウモリを通じて喋っているのだから。
『我慢できんかった』
己のおせっかいを後悔しながらも、喋ってしまったものは仕方がない。
「リンネ先生、一旦患者さん止めてきて」
「え?あ、はい!!」
何とも素直な少女リンネは、扉の前の患者達に「部屋を整えますので少しお待ちください」と告げ、また中に戻ってきた。
きょろきょろしているリンネに向かって、キラーヤは姿を隠したまま語りかけた。
「えっと、リンネ先生、
さっきの人の痛みの原因どこだと思う?」
「え、左肩と歯・・・だと思うのですが」
「それが間違い。
あの痛みの原因は、恐らく心臓よ」
「心臓・・・?!
だって、胸の痛みはないと」
「放散痛、っていうのよ。
心臓の痛みが胸ではなく肩に出る。
実は結構あるのよ、こういうこと」
キラーヤが先ほど観察したあの患者は、よく太っていた。そして更に、
「あの人、目頭の内側に黄色いこぶがあったでしょ」
「・・・あ、あったかも」
「あれはね、血の中の余分な脂が、
皮膚の下に溜まったものなの。
ああいう人は心臓を痛めやすい」
キラーヤの見立てでは、あれは狭心症か心筋梗塞か、恐らく冠動脈疾患だろうとと当たりを付けている。詳細について語ると、動脈硬化が~、とか冠動脈という心臓を栄養する血管が~、とか喋らないといけないのだが、今回は潔く割愛した。
「そうなのです、か」
「うん。
あとシルヴァ先生の術が効いたのは、
たまたま術の範囲が広くて心臓に届いたからよ。
彼、腕が広がる範囲でベターってかけたでしょ」
「はい、あれが先生のスタイルで」
「だから、
あなたが反省すべきは術の深度ではなくて、
症状がどこから来るかの知識だと思うよ」
「そ、それって、
どうやって勉強すればいいですか」
「・・・えっと、まさかないの?
そういう勉強」
「ないです!!
患者さんが苦痛を訴えるところに、
早く深く術を届ける修行をするのです」
あちゃー、と、キラーヤは内心で天を仰ぐ。
これはやばい、背負いきれない。
「そ、そうなの・・・」
「ど、どこで勉強できますか!!」
「ご、ごめん、わからな・・・」
「おい、その話、詳しく聞かせろ」
新たな乱入者に、今度はキラーヤが驚く番だった。
「シルヴァ先生・・・」
出口側のドアから、ぶっきらぼうな青年が顔を覗かせていた。




