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「シータは一緒に来ないの?」
森のはずれ、連なる木々の終わりの地点で、キラーヤはシータを振り返った。
「あぁ。若木がどうなるか、
ちゃんと見届けてから森を出ることにする」
そして胸をそっと押さえると、
「大丈夫だ、何かあったら呼べ。
そのためにお前の仲間になったんだ」
と笑った。
イルゼと同じまもの使いとは言え、こちらはまだひよっこだし、ちゃんと若木に良い影響を与えられるか分からない。
効果の経過観察をさせてもらいたい、また来てもいいか、と申し出たところ、シータが言ったのだ。
「私は仲間にしてくれないのか」
と。
願ってもない申し出の気が変わらないうちに、とすぐに仲間になってもらい、今日は森を辞することにした。
森の道中、新しい仲間と語らいたいと、キラーヤはシータと並んで歩いた。
「スタンピードか。
あり得ない話ではないな」
「この森の管理はシータにお願いするとして、
どこの瘴気だまりが怪しそうとかある?」
「まぁ・・・主の気性の荒さで行けば、
岩山がありえるんじゃないか。
だがあそこは人里から遠いから、
スタンピードが起きても届くとは思えんが」
「落石とか土砂崩れとかを起こしたり?」
「ああ、それはあり得るだろう。
そういう間接的な被害まで防ごうというのか」
「なぁ、できるなら」
「お前、存外欲張りなんだな。
まぁいい、やってみろ」
「岩山か~・・・登れないからなあ・・・
体力的に・・・」
「ならば乗せてくれる魔物を仲間にすることだな」
「スレイプニルは難しいかな」
「スレイプニルは素晴らしい馬だが、
足場のわずかな岩山は越えられないだろう。
別のものが良い」
「っていうと・・・何?」
「それは専門家に聞くのがよかろう」
と、後ろを歩くディアドラを肩で示した。
「この森で役立ちそうなものがあれば、
連れて行くが良い」
「あ、ありがとう!
アラクネは仲間になってもらった!」
「あれは人が好きだからな。
あれも喜んでるだろう」
「というか、
気性の荒い主にどうやって協力を求めよう・・・」
「岩山の主は分かりやすく脳筋だからな。
きっと使い魔でなく、お前の実力を測りに来るぞ」
「えっ無理じゃん」
「なら修行することだ。鍛錬せよ」
「まぁそうだね、
イルゼの域とまでは行かずとも、
ちょっと頑張らないとね」
「イルゼはイルゼ、お前はお前、だな」
シータは胸元に下げた遺品のネックレスを握りしめ、嬉しそうに言った。
そうして辿り着いた森のはずれで、
少し吹っ切れた様子のハイエルフと別れたのだった。
ーーーーーーーーーー
壺の自室にて、キラーヤはベッドに沈んでいた。
「ちょっと疲れたな・・・」
立て続けに能力を使ったからか、それとも慣れない森歩きのためか、キラーヤは抗いがたい疲労感を感じていた。仰向けに横になり、手を掲げて眺める。
「技、ふたつも作れちゃった」
・・・正直、面白くなってきた、と思う。
色々なプレッシャーはあるが、まるでゲームの世界だ。
魔物を目の当たりにしても、あまり怖いという感覚もなく、また意思疎通ができる時点でむしろ親近感を覚えている。ここまで人型の魔物に出くわすことが多かったのもまた、理由のひとつかもしれない。
『ただ、何だろう、このもやつきは』
キラーヤはごろりと身体の向きを変える。
何か、何かが頭のどこかで引っかかっている。
深く考えればその端を捕まえられるかもしれない、とも思ったが、
「まぁ、いいや、今は」
襲ってくる眠気に身を任せた。
ーーーーーーー
「お食べください」
翌朝、まだ抜けきらない眠気と倦怠感を引きずりながら辿り着いたダイニングでは、エプロンを付けたディアドラが大量の料理を並べて待ち構えていた。
「こ・・・これは・・・」
「お食べください。
昨日キラーヤ様はずいぶん無理をされました。
お力の向上は成ったとはいえ、
まだ身体がついていかないはず。
栄養を取らなければ」
「はぁ・・・」
「まずはこちらを」
と渡された小さなグラスには、ごくりと一口で飲み干せそうな量の、紫色のどろどろした液体が入っていた。
「これは何・・・?」
「滋養強壮に良いスムージーです。
ささ、ぐいっと」
促されるままにぐいっと行くと、意外と美味しく飲めた。味はなんというか、何が入ってるか分からないけどなんとなく美味い野菜ジュースと同じだ。とりあえず悪くない。
「うん、ありがと」
「あとは食べられるだけお食べください」
「はい、頑張ります」
目の前に並んだ、消化によさそうなお粥から頂いていると、既に身なりを整えたルカリアがやってきた。
「おはよう」
「おはよう。身体は大丈夫か」
「うん、疲れたけどね。
頑張って食べて回復する」
「ああ。食べながらでいい、聞いてくれ」
ルカリアは立ったままテーブルに手を突き、キラーヤとディアドラに向き直る。
「申し訳ないが、皇都に戻らせてくれないか。
先日の聖女の件、早急に国に伝える必要がある」
「・・・それは、私たちも一緒に?
それとも一人で?」
「・・・できれば、一緒に。
見聞きしたことを一緒に伝えてほしい。
だが、次の瘴気溜まりへ行くことを優先するなら、止めはしない」
「キラーヤ様は、どうお考えですか?」
ディアドラはあくまでキラーヤの意思を尊重するつもりらしい。
「私は・・・そうだね。
一緒に行くのはいいんだけど、
私のせいでルカリアの脚を引っ張るのは嫌かな。
だから、足手まといになるくらいなら、
私は修行して、また合流するまでに強くなりたい。
どうかな、ディアドラ」
「・・・なるほど。
皇都まで行くとなると、そこそこの時間がかかります。
スレイプニルを使っても、
ルカリア殿ひとりのほうが早いでしょう。
では、ここらで別行動を取りましょうか」
「いい?ルカリア」
「・・・不本意では、あるがな。
俺はお前を見張り、同時に見守る役割だ。
何かあったらすぐに報せろ。
これを渡しておく」
そう言って渡されたのは、何の装飾もない金のバングルだった。
「俺のと対になっている。
使う時は、バングルを外して地面に強く叩きつけろ。
そうすると俺のほうにその振動が伝わる。
何かあったと分かる。
位置情報も分かるから、すぐに駆けつける」
「分かった。危なくないようにするね」
「ああ。
教授、くれぐれもこいつを頼む」
「言われずとも。
次に会うときは最強になってるかもしれませんよ」
「そいつは楽しみだ」
ルカリアは笑い、そしてキラーヤの頭をくしゃりと撫でた。
「じゃあ、俺はもう行く。お互い元気でな」
「うん、気をつけて」
そう言って、ルカリアは壺から出て行った。
「・・・ずいぶんと潔い決断でしたね」
ディアドラが意外そうに肩をすくめた。
「うん、まぁね。
ちょっと焦ってるのかも。
イルゼのあんな話を聞かされた後だし、
次の岩山の主だって、私自身強くないと、
従ってはくれないだろうし。
・・・ディアドラ、私を鍛えてくれる?」
キラーヤはお粥をずずっと啜り、ごくんと飲み込んで腹を決めたように言った。
「ご意志のままに、キラーヤ様」
やらいでか、と腕を回して気合いを入れるディアドラに、
『ちょっとまずったかも』
と思い直すキラーヤなのであった。




