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「・・・今その若木は、
私の常時魔力を分け与えながら守っている。
だが守るだけだ。生長はしていない。
恐らく私が魔力を与えられなくなった時、
この樹は死ぬ」
「なるほど」
語られた昔話を、キラーヤは咀嚼していた。
『しかし凄いな、先代とやら。
能力値桁違いじゃないか。
だけどそこまで行けるっていうのは有益情報かも。
で、今解決すべきなのは』
キラーヤは浮島を眺めた。
そして視線を生命の樹に向けたまま、問いかける。
「若木・・・シータ様はどうしたいんですか」
そしてシータを見据え、
「イルゼの遺志として育てるのか、
イルゼの遺品として大事に懐に抱えるのか」
と問うた。
「出来るかは分かりませんが、
あの若木を育てるにあたり、
『まもの使い』の魔力が発育に良さそうです。
そうなると私の魔力を分け与えることになる。
しかしそうすれば、イルゼの痕跡が薄れる。
そうお考えなのですよね」
シータは眉間にしわを寄せ、目を閉じた。
「・・・お前の言うとおりだ。
私の手元には、彼女のいた証がもうこれしかない」
ディアドラをぎらりと睨み付け、
「そこの裏切り者が、イルゼの痕跡をすべて隠した」
と鋭い犬歯を剥き出しにして憤りを顕わにする。
ディアドラは大して気にするでもなく、
「こうやってうじうじしているのですよ。
もう何百年もね」
と肩をすくめてキラーヤに視線を寄越した。
ちょっと喧嘩始めるのは勘弁してくれよ、とハラハラしながらも、
「でも、現状維持が良いとも思ってないのですね」
「・・・ああ。
生命の樹はこの森に必要だと、私は思う。
この樹は皆の宿り木だったのだ。
この樹の下で、魔物たちはひとつの家族だった。
・・・この瘴気だまりの本当の主は、
私ではなくこの樹なのだ」
そう言って、シータは朽ちた巨木を見上げた。
「踏ん切りが付かない気持ち、分かります」
キラーヤはディアドラに向き直る。
「ねぇ、イルゼの遺品は他には何も残っていないの?」
思わぬ要求が来たと思ったか、ディアドラは固く口を結び、顔を強ばらせる。
迷うように視線が左右し、口を軽く開けてはまた閉じ、逡巡の末に語った。
「・・・残っています。
ですが、彼女の遺言ですべて隠すようにと」
「なぜ!!イルゼはなぜそんなことを!!」
シータが吠える。
「イルゼの真意は私にも分かりません。
ただ、みんなのため、とだけ」
「それで納得ができる訳がないだろう・・・!」
ディアドラを責めることはできないと既に悟ったシータは、行き場のない怒りを頭を振って逃がしている。
キラーヤは考える。
「ねぇシータ様、だったらやっぱり、
この樹を枯らす訳にはいかないんじゃない?」
「だが、イルゼの痕跡が・・・!」
「どこかにはあるって分かったじゃないですか。
もちろん私に決定権なんてないですけど」
「しかし」
「だってシータ様、
収入源ってひとつよりふたつのほうが良いでしょ?」
「は?」
「シータ様の魔力に加えて、
私の魔力が使えたら。
それに仲間の魔物を見ていると、
私の魔力って常に流入するらしいんですよね。
ってことは?」
「ってことは・・・?」
「シータ様はここを離れられる。
酒も飲みに行けるし、食事にも行ける」
「な!!」
シータはのけぞった。その背は美しく弧を描いた。
「ほら、美味しかったですよね?お酒」
「くっ・・・!!」
もう一押し、とキラーヤは口角をにやりと吊り上げる。
「ディアドラ」
「は」
すぐさま答えた自らの忠信に、キラーヤは命じた。
「イルゼの遺品、ひとつだけ出してあげて」
「そ、それは・・・!」
「彼女は今ここにいないわ。
ちょーっとくらいサービスしてもいいんじゃない?」
「いくらキラーヤ様といえども、それは・・・」
「あなたの今の主はだあれ?」
ー・・・ディアドラの脳裏に、遠くなりすぎて色あせた記憶が鮮明に蘇る。
『お前の主はだあれ?』
『しかたないですね、イルゼ』・・・ー
「・・・イルゼ」
「ん?」
「・・・いえ、何でもありません。
・・・そうですね、ひとつならお出ししましょう」
そう言うと、ディアドラは片手を掲げ、何もない虚空への腕を突き出した。その肘から先は袋に手を突っ込んだように見えなくなり、また腕を引っ張り出した時、その手にはチェーンが握られていた。
「それは」
シータがすぐさま反応する。チェーンの先には緑色の親指の爪くらいの大きさの、つるりとした宝石がチャームとして付けられていた。
「覚えているでしょう。
・・・お前からイルゼへの、贈り物です」
シータはそれを両手でそっと受け取ると、
「あぁ・・・覚えている。
湖の底から拾い上げて、私が磨いた」
シータの瞳からは一粒の涙がこぼれ、まるで彼の瞳そっくりの宝石を濡らした。
「これは元々お前のもの。
遺品ではなく、持ち主のもとに返したのです。
・・・イルゼ、私は約束は破っていませんよ」
自らの胸を押さえ、ディアドラは呟く。
キラーヤは思う。
きっとイルゼとやらと魔物達は契約や単なる主従関係を越えて、本当の意味で「仲間」だったんだろうと。
・・・自分も、そうなれるんだろうか。
自分にそこまで愛される要素が、あるんだろうか。
人と比べちゃだめだよな、と、
キラーヤは思考を取り戻した。
「さあ、それでは腹は決まりましたか?
私を若木のところへ連れて行ってください」
シータはまつげの滴をまばたきで振り払い、強く頷いた。
ーーーーーーー
「ここだ」
浮島には、キラーヤ、シータ、ディアドラの三人でやってきた。
「俺はちょっと申し訳なくて入れない」
とルカリアは遠慮していた。
「ほんとだ、少し葉が茶色い」
キラーヤとちょうど同じくらいの背丈の若木は、しっかり立ってはいるものの、やはりどこか乾いているように見えた。
「どうだ、『まもの使い』。できるか」
「やってみる」
若木に向かい、キラーヤは内心で問いかける。
大事なのはイメージ。そして発動するトリガー。
『この樹は魔物、この樹は魔物』
指先で葉先に触れ、問いかける。
「生命の樹よ、私はキラーヤ。
友達に、なってくれる?」
カッ、と熱くなる胸、上半身が少し前方に引っ張られる。
キラーヤから出た白い糸と、生命の若木が、結ばれた。
くらり、とキラーヤの視界がふらつく。
「おっと・・・。できたよ、仲間になれた!」
シータは深く頷いている。
「ああ、見えた。
・・・お前はこうやるのだな」
「うん、今後どんどん変わっていくとは思うけど。
イルゼとは違うかもしれないけど、
私はこうやる」
「ああ。いんじゃないか」
そう言って、シータは笑った。




