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復活!再開しまーす!
「なるほど・・・一度調べさせてみましょう。
貴重なお話を感謝します」
ルカリアはトライツに聞く、と言い、内容をメモしている。
こいつも大概真面目だな。
「で、生命の樹は一度朽ちたのに、
あなたは今それを守っておられる。
これはどういうことでしょうか?」
キラーヤの知的好奇心は止まらない。
「なぜそこまで話さねばならん」
「興味です」
「ぐっ、よくもまあ潔く・・・!」
「まぁまぁ。
乗りかかった船です、聞かせてくださいよ」
「・・・・・・」
シータは何か逡巡しているようで、視線を左右に行ったり来たりさせている。
ディアドラはそれを察知したのか、
「心配せずとも、キラーヤ様は奪いません」
と優しい声色でシータに声をかける。
「むしろ、この状況を上向かせられるのでは、
そう思っているのではありませんか?」
美しい髪をゆるゆると振り、麗しのハイエルフは眉をひそめる。
「それは・・・だが、
こいつはあまりにイルゼと違う」
「それはそうです。
この方はキラーヤ様で、イルゼではありません」
「だが・・・恐ろしいのだ。
イルゼの痕跡が薄れてしまう」
「それではまた朽ちるのを待ちますか?」
「嫌だ!もう、失うのは嫌だ・・・」
「では」
ディアドラはキラーヤの背におもむろに手を回すと、ぐいっとシータの前に突き出した。
「話してみなさい。
そしてそのお知恵を請いなさい」
ーーーーーーー
何百年前も前のこと。
聖女の術により生命の樹が朽ち、以前より濃い瘴気を森の木々達が受け止め、その身に毒を宿すようになった頃。
「・・・また争いか」
森の魔物は変わってしまった。
生命の樹を介さない、剥き出しの瘴気から産まれた魔物は気性が荒いことも多かった。
森のそこかしこで争いが起こり、
敗走したものが人里へ向かうこともよくあった。
そのたびに人は魔物へ憎悪を向け、
無害な魔物ですら姿を見ればすぐさま狩られるようになった。
シータはそれらの争いを仲裁して回っていたが、
人間どもはついに強行手段に出た。
それは大きなイノシシの魔物が、近くの里を荒らしてしまったのがきっかけだった。
たまたま街に来ていた人間の権力者を、その巨体で撥ね飛ばしてしまったのだ。
幸い命は助かったが、権力者は怒り心頭だった。
森へ逃げ帰ったイノシシの魔物を追い、たくさんの人間を引き連れてやってきた。
「森を燃やせ!!樹を倒せ!!
毒の森を根絶やしにしろ!!」
たいまつや大きな斧を手に、屈強な男達が森を囲んだ。
『バカなことを』
森の恵みを享受しておきながら、それを滅ぼそうとは。
シータはぎりりと歯を食いしばり、身体をほとばしる怒りを鎮める。
『仕方があるまい、私が出よう』
幸いこの姿はおおよそ人間には好かれやすい。
そう思って森のふちに向かおうとした、その時。
ズン、
と森全体を膨大な魔力の圧が包んだ。
圧に押されるように、シータの身体は地に伏せる。
「な、なんだ!何が起きてる!!」
地に伏せてもなお圧は止まらず、ついにはシータの身体はその魔力に取り込まれてしまう。
「身体が・・・動かない!!」
呼吸が苦しくなるほどの魔力。膨大なその質量。
森の主であるシータをいとも簡単にねじ伏せる、
圧倒的な力の差。
・・・ややあって、魔力は突如消えた。
「な、なんだったんだ」
今だ地に伏せたままのシータの視界に、
小さな靴が映った。
「さあ、これでこの森のみんなは、
私のお友達」
顔を上げたシータの前に立っていたのは、
「お前は・・・」
黒髪を魔力にたなびかせた、まだ幼さも残る人間の少女だった。
少女は無邪気に笑うと、シータに手を差し伸べる。
「私はイルゼ。
詳しい話は後よ。まずは森を守らなきゃ。
さあ、行こう!!」
差し出された手をシータが取ったのを見て、嬉しそうに笑うイルゼ。
たん、とイルゼが地を蹴り上がると、手を繋いだまま森の上空へ浮上した。
あたりと見ると、森中の魔物達が同じように浮遊している。
飛行能力を持つ者、持たぬ者関係なく、みな不思議そうに顔を見合わせている。
だが、皆不安な顔はしていない。
分かるからだ。この魔力が「敵ではない」ということが。
母の胎内のような、昔からの友情のような、
慈愛に満ちた魔力。
「さあみんな、行くよ!」
イルゼは無数の魔物を引き連れ、飛んだ。
・・・森を囲う男達の目にはどう映っただろうか。
ひとりの少女が、背後に夥しい数の魔物達を従えて現れ、
空から自分たちを見下ろしている。
視界を端から端へ巡らせてもなお、終わりの見えぬ魔物の隊列。
時折こちらへ牙を剥き敵意を迸らせながらも、
理性的に陣形を守っている。
『勝てない』
本能に訴える恐怖はどれほどのものだったろうか。
幾人かは座り込み、うずくまっている。
しばらくにらみ合った後、少女は口を開いた。
「わたしは『まもの使い』。
それ以上森を害するならば、
私たちが許しません」
人間たちは一斉に同じ方を見る。
この焼き討ちを決行した権力者のほうだ。
「あ・・・あぁ・・・」
権力者はこの光景を恐れた。
『魔物の女王の逆鱗に触れた』
己の招いた最悪の事態を目の当たりにしながらも、
しかし凝り固まったその意地が後退を拒否した。
「ひ・・・怯むな!
行け!燃やせ!倒せ!やれ!
攻撃せよ!!」
唾を飛ばして喚き散らす権力者を鼻で笑い、
魔物の女王は自らの兵士たちに命じる。
「威嚇せよ」
その一言で、無数の魔物達が即座に反応し、
各のやりかたで人間ども威嚇する。
地を這ううなり声を上げる者、
空高く火を吹くもの、
己の武器である毒針を掲げ持つ樹もあった。
「う、うわぁ!!こんなの無理に決まってる!!」
「お、おい!」
あっという間に踵を返して逃げ帰る男たちの背を追い、権力者も逃げ帰っていく。
シータは少女の傍らで、呆然とその様を眺めていた。
少女は黒い髪を風に揺らして、
「なあんだ、たいしたことないわね」
と、シータを見て悪戯に笑った。
・・・それから。
どれくらいの時間、彼女と、イルゼと過ごしただろう。
いつも一緒という訳ではなかった。
時折呼ばれては、語り合ったり、
着飾って共に人間の街で食事したりした。
イルゼは語った。
自分が「まもの使い」であること、
別の世界から来たこと、
前の世界より今のほうがよっぽど良いこと。
笑う度に揺れる黒い髪、
細まるとより際立つ黒目がちの瞳に、
シータは幾度となく惹きつけられた。
ある日、森の浮島でイルゼは言った。
「この樹、まだ生きてるよ」
それは完全に朽ちたと思われた生命の樹の話だった。
「さすがにこの樹はもう駄目だけど。
この森の木々や魔物の中に、
生命の樹のかけらが残ってる」
待ってて、とイルゼは言い、
目を閉じてその身に魔力を巡らせた。
するとぽつり、ぽつりと、
ごく小さな光の粒子がイルゼの元に集まってきた。
それは湖を囲む木々から、そこを飛ぶ蝶から、
魔物たちの身体から、
ほんのわずかな光が漉し出されて集まってくる。
そしてシータの胸元からも、
風一吹きで消えそうなほど小さな粒子が飛び出し、
イルゼの掌に触れた。
「・・・ほら、まだ生きてた」
その粒子は小さな苗木に形を変え、シータの目の前に差し出された。
「シータ、植えてあげて」
「これが・・・生命の樹、なのか」
「まだ赤ちゃんだけどね。
シータ、この子を育ててあげて。
私とこの子が繋がってる間は私の魔力で育つけど、
私はいつまでいられるか分からないから」
そう言って寂しげに笑うイルゼに、「分かった」以外の返す言葉をシータは持ち合わせていなかった。
シータはその苗木を元の樹のふもとに植えた。
イルゼの言うとおり、それからしばらくは苗木は順調に生長し、苗木はやがて若木になった。
・・・だがある時を境に、若木の生長が止まる。
毎日毎日その様子を見守るが、一向に様子は変わらない。
それどころか少し葉が萎れ、枝の肌も乾いていた。
『イルゼに何かあったのか』
念話で呼びかけても反応がない。
彼女を案じながらもその安否をうかがい知れない状況に、シータは焦れた。
そしてついに森を飛び出した。
彼女が棲まう、「ルトアールの霧の丘」へ。
霧で覆われた神秘的なその場所で、シータは知ることになる。
「イルゼは、この世を去りました」
彼女が自分に別れを告げぬまま、逝ってしまったことを。




