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「生命の、樹・・・」
アラクネの口から出たその名は、朽ちてなおその巨樹にふさわしいものにキラーヤの目には映った。
「私が産まれる前の話だけれど、
あの樹は一度完全に朽ちてしまったの」
「え、今は違うの?」
「違うらしいわ。今はそれをシータ様がお守りしてる」
そこに背後から、新たな声が割り入ってきた。
「おい、余計なことを喋ってくれるな」
ば、と振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
銀のまっすぐな髪を膝裏まで垂らし、その隙間から覗く耳は尖り、肌は抜けるように白く、瞳は吸い込まれそうな緑色。
衣服は大きな布に穴を空けて被り、腰を紐で縛ったような衣服を足下に引きずっている。
『これは・・・絵に描いたようなエルフ!!!』
あまりにステレオタイプそのままの姿に、キラーヤは言葉を失った。
「・・・おい、
まさか見蕩れてるんじゃないだろうな」
ルカリアが半眼で睨んでくる。
ようやく正気に戻ったキラーヤは頭を下げた。
「この瘴気溜まりの主、
シータ様とお見受け致します。
先日は大変失礼いたしました」
下げたままの頭の上で、ふん、と鼻を鳴らす音がする。
「我が領地で騒がしくされても困る」
「申し訳ございません」
不機嫌顔のハイエルフにディアドラが近づく。
ディアドラの顔を見るなりハイエルフはその麗しい顔を歪め、小さく舌を鳴らした。
おお、思ったより治安悪い。
「シータお前、まだスネているのですか?」
「は、何を言っている。
よく顔を見せられたものだ、裏切り者が」
最初から不穏な雰囲気が漂い、キラーヤはあたふたする。
「え・・・えーとですね・・・」
何とか沈黙を打破しようと声を発したが、その後が続かない。
『どうしろと』
自棄になりかけたそのとき、ハイエルフの鋭い視線がキラーヤに飛んできた。
「というか、なんだこのお粗末なやつは。
イルゼとはえらい違いじゃないか」
「お、お粗末・・・!」
ハイエルフはじーっとりとキラーヤを頭の先からつま先まで値踏みし、
ふっと吹き出した。
「イルゼよりとうが立っているようだしな」
「な・・・なんたる失礼・・・!!」
イルゼが誰だか知らないが、賢いキラーヤはわかる。どうせ前のまもの使いのことだろう。
若い女子だったのかは知らんが、女性に対して老い若いで価値を付けるなぞ言語道断!というか、
「気にしていることを・・・!」
キラーヤだって分かっている、己が結婚適齢期を逃しつつあることを・・・!
怒りで絶句するキラーヤをよそに、ディアドラがハイエルフに向き直る。
「ふん、イルゼだって最初は無力でしたよ。
お前が知らないだけでね。
胆力や能力の理解の早さという点では、
キラーヤ様はイルゼを上回ります」
「お、お前、イルゼを愚弄するつもりか・・・!」
「そのようなつもりはありませんがね」
イルゼとやらとキラーヤを比較され、ハイエルフは眦を吊り上げて怒り出す。
お?あれ?
キラーヤはこっそりルカリアに近づき、耳打ちした。
「確か、意に沿わぬまま服従させられたって怒ってるんだよね?」
「そう言ってたように聞こえたがな」
「ちょっと違いそうよねぇ」
「ねぇ」
いつの間にか九尾とアラクネも集まってきていた。
そう言っている間にもディアドラはシータを煽っている。
「ふん、何百年も前のことをウジウジ引きずって、
女々しいったらありゃしない。
このひきこもりエルフが」
「なんだと!!俺はただ引き籠もってるわけじゃ・・・!」
「ちょ、ちょぉっとよろしいでしょうか」
何やら核心に迫れそうな予感がし、キラーヤは脱線防止のため介入を試みた。
「えっと、シータ様、
あなた様は何やらお役目を担っておいでなのですね」
「ああ。この命に代えても為さねばならない」
「それなのに押しかけたこと、
まずはお詫び申し上げます」
素直に頭を下げるキラーヤに、ぐ、とシータは言葉を詰まらせる。
「わ、分かったなら、よい。
・・・久々の酒も美味かったしな」
白い肌に刷毛ではいたようにさっと紅みがさす。
うろたえたように逸らされた視線に、この青年(に見える)の本質が見えた気がした。
「ところで、半分聞いちゃったんですが、
シータ様はあの生命の樹を守っておられるんですか?」
「・・・ああ」
「あの樹は完全に朽ちたのでは?
・・・あなたは聖女のしわざと」
ルカリアが聞きづらい事に切り込んでくれる。
シータはまたその顔を歪ませると、
「ああそうだ、人間よ。
お前らが連れてきた聖女とかいう災いが、
この樹から生命を奪った!」
そう憎々しげに、低く唸るように吠えた。
「申し訳ない、魔物の主よ。
実は我々人間の中にも、
聖女の力がどのようなものであったか、
記すものが何も残っていないのです」
「なんだと?
あんな危険なものをこの世界に引き込んでおいて、
伝わっていない、だと?」
「面目ない。だが事実だ。
能力どころか、時期も曖昧だ。
残っているのは聖女が旅をし、
魔物の大量発生を抑えたということだけ」
はっ、とシータは鼻であざ笑う。
「人間どものやりそうなことだ。
識者に聞いて調べてみるがいい。
聖女が旅をして回った結果、
弱ったのは魔物だけだったか、をな」
「ええっと、その言い方ですと、
もうほぼ答えは見えているんですが」
キラーヤはちょっと無粋かもしれないと思いながらも、理系が故に結論を明確にしたい気持ちを留められない自分を呪った。齟齬よくない。
「まぁ、そういうことだ」
よく分かっていない風のアラクネが、「どういうことぉ?」と首をひねっている。
「聖女の旅のあと、
人間にも害があったということね」
「その通りだ」
シータは頷いた。ふい、と浮島のほうを眺める。
「あの樹は瘴気の吹き出し口に根を張っている。
地中深くから濃く吹き出す瘴気をあの樹が吸い上げ、
自らの身体を循環させることで、
森の瘴気濃度の調整をしていた」
「空気清浄機・・・」
「その恩恵で、この森は豊かだったのだ。
瘴気の濃度は常に一定で、
地中の瘴気の増減にもさほど影響を受けなかった。
魔物も増えすぎることもなく、
人間にも無害な草木も多かった」
「それを・・・」
「あの聖女とかいう災いは『浄化』と言いながら、
瘴気を無効化する術を使ったのだ。
忌々しいことに、その術は強力だった。
それから10年、術は解けなかった」
「10年・・・」
魔物の感覚で、10年が長いのか短いのかは分からない。
ただ結果は目の前にある。
その術の力で、この樹は命を枯らしたのだ。
「術は解け、瘴気は再び地を満たし始めた。
しかし10年間術の渦中に置かれ続けたあの樹は、
瘴気を受け入れられなくなってしまった」
そうして、朽ちた。
「・・・ところで、先ほどの答えだ。
聖女の力で瘴気を失った土地が、
さてどうなったか。・・・予想してみろ」
ふふん、と顎を上げ、キラーヤを見下すハイエルフ。
キラーヤはすぐさま答えた。
「お答えします。
瘴気溜まりの近くに人間が街を作りたがる理由。
瘴気溜まりの周囲は水と自然が豊かだと、
ディアドラから聞き及びました。
瘴気は濃いと毒だが、元々は生命の源。
そこから導き出される仮説は・・・。
『微量の瘴気を栄養源としていた周囲の作物が枯れた』
以上と予想します」
「ぐっ・・・なんだこいつ、可愛くない・・・!」
「年増に可愛げを求めないで欲しいですね」
「貴様、根に持ってるな・・・!」
その反応を見るに、正解らしい。
隣でディアドラが「お見事です」と小さく手を叩き、ルカリアが額に手を当てて天を仰いでいた。
1/23 インフルエンザです!ちょっと数日お休みしまーす!




