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「お、おい、大丈夫か」
ルカリアが膝を突くキラーヤに駆け寄る。
キラーヤは肩で息をしているものの、その瞳はまっすぐ蜘蛛人間を見据えていた。
「・・・できた・・・」
力なく垂らした手に持ったままの電話を再度耳に当てると、キラーヤは「助かった、ありがとう!」と告げてそれをポケットにしまう。
身動きの取れない蜘蛛人間を窺い見るように、逃げ回っていた九尾がひらりと舞い降りてきた。
「すごいね、キラーヤがやったの?」
「うん、できたみたい」
メニュー画面を開くと、「服従」というスキルが増えている。
「なるほどねえ。
元々用意されているスキルを獲得するんじゃなく、
自分でスキルを作るのか・・・」
「まぁ、それはよくあることだな」
「そうなんだ!」
「ああ。
自分のジョブに興味ない奴が、
久しぶりにステータスを開いて色々表示されて驚くんだ」
「へえ」
「で、どうすんだアレ」
蜘蛛人間は動けないながらも、九尾を見つめたまましくしく泣いている。
・・・泣いている?
「え、え、どうしたのあなた」
思わず蜘蛛人間に問いかけるキラーヤ。
そこにディアドラが呆れたようなため息をひとつつき、
「先日から何やってるんですか、アラクネ」
と、蜘蛛人間の乱れた髪を撫でつけた。
「ディアドラ様、お久しゅうございます・・・」
ディアドラを見てまたぽろぽろ涙を流す蜘蛛人間に、ルカリアがうろたえる。
さてはこいつ、女の涙に弱いタイプか。
「教授、知り合いか」
「ええ。
ご安心ください、危険な子ではありません。
しかしあなた、何をしているんです」
「あの毛皮が・・・欲しくて・・・」
「毛皮?」
「ソレと、アレ・・・」
と指さしたのは、先ほどまで追い回していた九尾と、キラーヤの首回りのクダギツネ。
「ヒッ」
と縮み上がったクダギツネを撫でながら、キラーヤは蜘蛛人間と話してみることにした。
「初めまして、私はキラーヤ。
ごめんね、手荒なことして」
「アラクネと申します。
こちらこそ、つい周りが見えなくなっちゃって・・・」
ここでやっと「服従」の効果を解き、立ち上がったアラクネは下半身ごと深く礼をした。
「説明してくれます?」
「はい・・・」
そしてアラクネが語ることには、
「私、機織りとか縫い物とか、
そういうのが得意な魔物なんです。
この森の魔物、服着てるの多いでしょ?
作るのは好きだけど貰ってくれる人がいないから、
勝手に作って着せちゃうの。
でね、
大体自分の糸を織るんですけど、
おんなじ素材にもう飽きちゃって。
度々森に入る人間の衣服とかを奪ってたら、
いつの間にか森に高い柵を付けられて、
人間が来なくなっちゃって。
持て余した創作意欲が暴走したんです・・・!
その毛皮で素敵なコートを仕立てたいんです・・・!
この森フサフサ系の魔物いないんだもの・・・!」
その、と九尾を指さして手で顔を覆い、しくしく泣き出す。
いや、指の間から九尾を爛々とした目で見てる。
ちょっとよだれ出てる。
「コートになるなんて御免だわ」
九尾も遠巻きに、ディアドラの後ろに隠れる。
「そんなにたくさん尻尾があるなら、
1本くらい分けてくれたっていいじゃない!」
「何言ってんのよ嫌よ」
「うわぁーんいけずぅー!」
そう言ってワンワン泣き出すアラクネをなだめながら、キラーヤは思案した。
『試してみるか』
一度新たなスキルを開発する経験をしたキラーヤは、元々の度胸とゲームで培った発想力、そして物覚えの良さを遺憾なく発揮する。
イメージするのは、感覚の共有。
以心伝心、私が見たものを仲間の魔物に伝え、脳の中で語りかける。
徐々に膨らむイメージ、発動のトリガーは・・・
キラーヤはそっと目を閉じ、片手をピースサインにして指の腹で両目に触れた。
『共有』
イメージした先は、仲間も魔物で唯一ここにいない、あの皇都の森の鹿神である。
目を閉じ集中したまま、キラーヤは頭の中で話しかけた。
『聞こえるかな』
『おお、聞こえておるぞ』
返事はすぐさま来た。
『やった、成功!』
『おぬし、思いのほか能力を使いこなしておるのお。
飲み込みが良いわ』
『そう?』
『ああ。よく思いついたな』
『まぁ、ちょっとした知見でね。
で、今から目を開けるけど、
私が見えてるものが伝わるか試していい?』
『ああ。やってみよ』
そしてそっと目を開ける。
周りの魔物たちが皆こちらを凝視していた。
「あ、あれ」
「お前・・・今何かやってんだろ」
ルカリアが訝しげに訊ねてくる。
「うん、後で説明するからちょっと待って」
そう言ってまた頭の中の念話に集中する。
『どう?』
『おお、アラクネか。姿を見るのは初めてじゃな』
『見えてる!成功だね!』
『そこにおるのは・・・魔人か。
前のまもの使いに仕えておったな。
顔を知っておるわ』
『そうらしいわ。こりゃ完全に成功だね』
『楽しんでるようで何よりじゃ』
『いやそれが、
スタンピードを回避しなきゃいけないらしくてさ』
『確かにこれだけ新たな魔物が出ると、
その懸念はあろうな』
『ごめんけど、そっちの森の管理お願いできる?
やんちゃ坊主たちが暴れ出さないように』
『ああ、こちらは大丈夫だ』
『じゃあお任せしまーす!
じゃあ、一旦切るね。また』
『ああ、良い旅を、キラーヤ』
そういって、感覚の共有を遮断するイメージをする。
「あーできたできた。
さ、プレゼンするね」
そう言ってアラクネに向き直った。
「私は『まもの使い』キラーヤ。
あなた、私の仲間にならない?
メリットはいくつかあるよ。
どうやら栄養豊富らしい私の魔力が貰えるし、
人間界の布とか糸とか提供してあげる」
「いいの?!?!
でも私、こんな見た目だから、
人間界には入れないんだけど・・・」
「そこで今し方開発したこの能力の出番です。
今開発したのは『共有』。
見たものを共有して、頭の中で念話ができる」
「す、するとどうなるの・・・?」
「手芸店に私が入るでしょ、
この目で素材を見るでしょ、
頭の中であなたは「それ買って!」が言える」
「なるわ、仲間!!!!」
即答して両手を挙げて大喜びのアラクネ、
蜘蛛の脚をダンスのステップのようにジタバタさせている。
「早いな・・・」
「チョロい、とも言いますね」
ルカリアとディアドラが呆れたように話している。
「だけど、なんで私に良くしてくれるの?
昨日も襲っちゃったのに・・・」
しゅんとするアラクネに、キラーヤはインベントリから昨日の白い布の余りを取り出した。
「やっぱこれ、あなたのよね?
実はね、これ結構良いものなんだよね」
「そうなの?私の糸を織っただけだけど」
「いやいや、この伸縮性といい強度といい、
大変素晴らしいものですよ。
で、お願いがみっつ。
一応確認するけど、そのドレスとかは自分で作ったの?」
「そうそう。
ベリーで何回も染めたの。可愛いでしょ」
「可愛い可愛い。
あのさ、私旅の途中なんだけど、
お金を節約したくてさ。
良かったら服、作ってくれない?」
キラッキラに目を輝かせたアラクネは叫ぶ。
「やるー!!ボタンとか買って良い?!」
「高くなければいいよ。
あとふたつめ。
この白い布、もうちょっともらっていい?」
「いいけど、何に使うの?」
「怪我した時に使うのよ。
旅の途中は何があるか分からないからね」
「へぇ、そうなのね。
そんなのお安いご用よ」
「そいでみっつめ。
私たち、スタンピードを止めに来たの。
魔物が人間を襲ったら、多分逆襲されるわ。
それは私たちも望んでない。
この森の外から魔物が外に出ないように、
力を貸して欲しいの」
「えー・・・」
ここまで快調に来ていたお願い事に、ここに来て急ブレーキがかかる。
「私、戦闘力皆無なの・・・
多分無理だと思う、ごめん・・・」
戦闘力はどうしようもなくて、と申し訳なさそうにアラクネは頭を垂れている。
「でも、若者って冒険したい生き物じゃない?
誰だって森の外には憧れるし、
外に出ないようにっていうのは酷よ」
「ああ、そっかぁ・・・。
確かにそうだよねぇ・・・。」
「シータ様には相談したの?」
「うぅん、あまり話を聞いてくださらなくて・・・」
「そうなのね・・・。
シータ様にはあの浮島に大切なものがおありだから、
あまりこちらにもお出にならないの・・・」
そこに九尾が割って入った。
「ねえ、そのシータ様の大事なものって何なの?
聞いてもいい話?」
「多分、いいと思うけど・・・。
あのね、シータ様はあの巨樹、
『生命の樹』を守っておられるのよ」
皆は振り返り、泉の中で沈黙する浮島、そしてそこに佇む朽ちた巨木を見つめた。




