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翌朝、朝食の席。
キラーヤはお仕事モードに入っていた。
「えっと、悪いんだけど」
こほん、と咳払いをしたキラーヤに、残りのメンバーが注目する。
「ハイエルフの説得は一旦休止します。
私の目的はスタンピード回避であって、
主を従えることではないわ。
ならばその役割を代わりに担ってくれる、
他の魔物をスカウトしましょう。
幸い昨日聞いた感じだと、
こちらに協力する気も無いけど、
妨害する気もなさそうに見えたわ」
「なるほどな。
そういう魔物がいるかが問題だが」
キラーヤの提案に一定の理解を見せたルカリアだったが、ちらり、とディアドラを見る。
「どう?思い当たる?」
キラーヤもディアドラの顔をのぞき込む。ディアドラはしばし考えた後、
「順当なのは、シータ以外のハイエルフですね。
賢くて穏やかな者が多いので」
「なるほど」
「ハイエルフの里が別にあるって言ってたな」
「ええ。そちらに当たってみますか」
ということで、再度森へ向かう。
一度入ったこともあり、少々気持ちには余裕があった。
魔物を度々なぎ倒しながら進み、昨日よりだいぶ早い時間に泉まで到着した。
「ん・・・あれ?」
泉のほとり、昨日手土産の酒の瓶を置いたところに何かが見える。どうやら酒の瓶がそのまま放置されているようだった。
『受け取ってもらえなかったか』
昨日の態度では仕方ない、と、キラーヤは駆け寄って瓶を回収する。
「ん?」
瓶は瓶、だが、中身がすっかり空になっている。
「あれ?誰かが飲んじゃった?」
瓶を手に首をひねるキラーヤの元に、ディアドラが近づき、
「ああ、シータが飲んだんでしょう」
「え、他の人の可能性もない?」
「その瓶、蓋が開いてないでしょう」
「あ、ほんとだ」
「蓋を開けずに中の酒を飲むなど、
シータくらいにしかできません。
あと、奴は結構な美食家ですので」
「へえ・・・」
半眼で泉の向こうの浮島を眺める。
ちゃっかり酒は飲むのね・・・
少しいたずら心が出てきたキラーヤ、
おもむろに浮島に向かって声をかけた。
「あのーすみません、お伝えしておきます!
ベビーブームに伴うスタンピード回避のため、
これより森の中で協力者をスカウトします!
どうかお目こぼしください!」
しーん、と沈黙が続く。
「許可が下りたと見なすわ。行こう」
うむ、オッケー、と深く頷いて踵を返した、
瞬間、
ヒッという引きつった嬌声と共にキラーヤの足が止まった。
「置いていけ・・・」
三人の前には、ドレスを着た女性が立っている。
赤く燃えるような豊かな髪を片方に流し、その唇も真っ赤に塗られている。身体の線にぴったり沿うタイトなドレス、だがそのスカート部分は異様に広く膨らみ、お尻部分など身体の数倍も長く突き出ている。
そしてスカートの裾から覗く脚は・・・
「蜘蛛・・・?!」
上半身人間、下半身蜘蛛の大きな魔物が、こちらをじっと見据えていた。
「キラーヤ、下がれ!」
すかさずルカリアが前に出る。
「置いてって・・」
蜘蛛人間は変わらずぶつぶつと呟いている。
キラーヤは下がらず、「九尾!」と叫んだ。
『守られるばかりじゃ駄目だ。
私も戦えるようにならないと』
これはキラーヤがずっと考えていたことである。
ポン、と音がして九尾の狐が現れる。
「ごめん九尾、なんか襲われてるっぽいの!
ちょっと助けて!」
「あの蜘蛛?合点承知、焼いちゃうわね!」
蜘蛛人間は九尾を視界に入れたかと思うと、
急に目を見開き、キラキラと輝かせた。
「んまぁ~~!!!!」
そうして叫んだかと思うと、
ドレスの裾から白い布をビームのように飛ばしてきた!
『やばい、昨日のあいつか!』
と身構えるが、布は九尾のほうにだけ飛んでいく。
キラーヤはその隙にルカリアの陰に隠れ、頭をフル回転させる。
九尾はひらひらと逃げ惑いながら、時折火を吹き、
蜘蛛人間の気を引いてくれている。
今のうちに逃げるべきか。
逃げ切ったら召喚を解いて九尾は森に返せばいい。
だがこの森の土地勘はあっちのほうが上だろう。
しかもここは森の最奥だ。
「・・・やる、やってみる」
キラーヤは蜘蛛人間を自ら捕縛することに決めた。
「ルカリア、ディアドラ、私がやる。
援護を頼みます」
「承知しました」
すぐさまディアドラは答える。
「頼むから無茶はするんじゃねえぞ」
ルカリアもそう言って手にナイフを構える。
キラーヤはそうっと蜘蛛の後ろに回り込んだ。
幸い蜘蛛人間は九尾を追うのに夢中である。
「『捕縛』!」
キラーヤの腕から捕縛綱が飛び出し、蜘蛛人間の腕を封じるように上半身を捕縛する。
「やった!」
「バッカ!」
キラーヤとルカリアの声が重なる。
「バカ?・・・うわっ!」
上半身を捉えても下半身は自由なままの蜘蛛人間、お構いなしに九尾を追い回す。
逆に捕縛綱に引っ張られる形となったキラーヤ、ぶんっと振り回され、木のほうへ放り出された!
「あぶねえ!!」
空中でキラーヤを抱えこみ、ドサッと受け身をとるルカリア。
「バカか、脚封じないと意味ないだろうが!」
「確かに・・・!!」
己の阿呆さを素直に受け止めたキラーヤ、蜘蛛人間を見据えながら電話を取りだし、その場でテレフォンサポートを使用した。
『何か苦労してるわねえ』
コールもほとんど鳴らぬうちから応答した女神ネフェリ、第一声が呆れたような声色である。
「ごめん、初心者なもんで!
ねえ、この状況どう打開したらいい?
自分でやりたいの!」
『あなた熟練度不可算なんだから、
想像できる範囲の能力は大抵使えるわよ。
メニュー画面とか気にせず、
イメージして使ってみなさいな』
「そんな!適当な!!」
『例えばだけど、
あの魔物だけ範囲指定して服従させられたら、
便利じゃない?』
「・・・できるってこと?」
『できるわねえ。
大事なのはイメージと、発動するトリガーよ』
「トリガー・・・」
『そう。なんでもいい、やってみなさいな』
電話を左耳に押しつけたまま、キラーヤは蜘蛛人間を睨む。
九尾はひらひら逃げ回っているが、そろそろ疲れが見えている。
蜘蛛人間の身体全体に視界の焦点を合わせ、強くイメージした。
「あいつの動きを止める。
あいつを服従させる。支配する」
イメージは徐々に具体化する。
蜘蛛の脚を封じ、平伏させる様が眼前に広がる。
身体が熱くなり、顔が火照る。
あとは発動トリガー。
何となく分かる。駆け巡るこのイメージの弾丸を、まだ身体がせき止めている感覚。
突き動かされるままに手を銃のかたちに構え、キラーヤは叫んだ。
「ファイア(撃て)!」
その瞬間、
ズシャ、と音がして、蜘蛛人間が地に伏せた。
『そうそう、上手じゃない!』
耳元で女神がはしゃぐ声を聞きながら、
キラーヤはくらりと目眩を覚えて膝を突いた。




