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「我らの求めに応じて頂き至極恐悦にございます」
「ハァ…」
あれから土下座の民たちにあれよあれよと連れられ、やけに豪奢なカウチソファに誘われ、また目の前に膝を付かれている。
土下座の民は初老の男性を筆頭に、揃いのローブ姿の性別不詳の3人が控えていた。
「名をお聞かせ頂けませぬか」
先頭の口ひげの渋いダンディが問う。
名?名を聞かせてくれと言われて素直にフルネーム名乗るのはちょっと怖いよね。
「吉良ですが」
「キーラ様!
聖女様に似つかわしく涼やかな響きですな」
「吉良ですが…」
まぁ確かにキーラって女優さんいたな、というか、今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。
「今何とおっしゃいました?」
「何とは?キーラ様」
「聖女様とか何とか聞こえた気がしたのですが」
「そうですとも!
貴方様は我々が求めし聖女様であらせられる!」
「そ、それは一体何事でしょうか」
「ええ、ご説明致しましょう!」
ダンディ曰く、
大陸イチの大国であるこのネフェリ帝国は、今未曾有の国難に瀕している、と。そこでダンディの後ろに控える3人の大賢者の力を借り、この危機を乗り切る方法を考えた。
第一の「予見の賢者」曰く、
異世界に救いの力を持つ女性の姿ありと。
第二の「知の賢者」曰く、
遠い昔の国難の際、異世界から救世主を呼び寄せたとの記録ありと。
第三の「秘術の賢者」曰く、
その呼び寄せに使われた秘術は現在でも再現可能、と。
「…で、何故か私がとっ捕まったと」
「いいえ、何故か、ではございませぬ。
我ら秘術を試すこと数回。
我らの呼びかけに応えてくださったは貴方様のみ。
これが女神ネフェリのお導きでなくて何とします」
「女神ネフェリ?」
「ええ、我らが国名に掲げる女神様です」
ハァー、とバレないように薄くため息をつく。
これはアレか、いわゆる異世界転生…いや召喚か。
正直脳が受け入れたくないと喚いているけれど、ドッキリであったとしてもそこは派手なリアクションなんてしてやりたくない。
涼しい顔で「そうですか」って言ってやりたい。
いや待てよ。
元の世界じゃこれ私が当直サボって逃げ出した感じになってないかな。
ドッキリなら代わりの当直人員とかさすがに考慮されてる感じかな。
さっさと帰りたいところだけど…帰れるのか?これ?
「で、私は何をすれば?」
「聖女様がお持ちの癒しの力を、
わが国のためにお使い頂きたく」
「癒しの力…」
確かに自分は医者だが、残念だけど用具も薬も無かったらなーんもできない。検査だって現代の医療機器ありきの知識だしなぁ。
「その癒しの力ってのはどうやって出すんです?」
ダンディはキョトン、とした後、口をひん曲げて訝しそうな目をする。と、ダンディの後ろから、フードを被った人物が声を上げた。
「大臣、発言をお許しください」
「『知の賢者』殿、どうされたか」
「キーラ様、異世界には『ジョブ』や『熟練度』といった概念はおありですか?」
「ありませんね」
4人はおお、なんと、とかそれぞれ困惑したリアクションを見せてくれる。知の賢者はそのまま一息に語る。
「過去の叡智を辿ると、以前我らに力を貸してくださった異世界の救世主も、ジョブについては無知であったと。恐らく我が世界に特有のものなのでは。もしくは力自体はあっても活用していない世界なのか。そしてこの世界に渡って来るときに、その力が覚醒する…もしくは世界に馴染むように力を授けられる、とか」
ローブを顔まで被っていて見えないが、喋っているのを聞いていると、この賢者結構若そうだ。
男性だろうが声に張りがあり、やや高い。少年の声、と言って差し支えない。
「なるほど…となると、やることは一つですな」
「ふふふ、私の出番でしょうか」
知の賢者の隣の人物がゆらりと立ち上がる。
こちらも男性らしいが、同じくローブが邪魔をして顔が見えない。やたら湿った、ちょっとねちっこい艶のある声をしている。
「私は『秘術の賢者』…聖女様、失礼ですがお手を。
おっと、そう構えずとも。
決して危ないことはありませんよ、ほほほ」
いちいち芝居臭い台詞回しと動きでキーラの手を取ると、何やら短くボソッと呟く。
すると眼前に透き通った巻物が現れ、はらりと解けて中の文字が皆に晒される。
「そんな、まさか」
「なんてことだ!」
「……」
巻物の文字は日本語ではないが何故か読めた。どうやら、これがドッキリでないことはそろそろ認めなくてはいけないようだ。
「ジョブ、まもの使い…熟練度、不可算?」
おお、慣れ親しんだまもの使い…と少し嬉しくなったのも束の間、いや待てよ…と嫌な予感に背筋が薄ら寒くなる。
「あの…
このジョブが『聖女』じゃないとマズい訳ですよ、
ね…?」
ダンディと3人の賢者は声もなく頷いてくれる。
やっぱマズいんだ…。
「あの、転職、ジョブ替えみたいなのは…?」
4人とも迷わず横に首を振る。
あ、できないんだ…。
「え…っと…どうしましょう……」
その時、どこからか騒がしい足音が響いたかと思うと、
「聖女殿が現れたとな!!」
と部屋の入り口が開き切る前に高らかに叫び、仰々しく両の腕を大きく広げて一人の男が現れた。
金の髪が美しく外に跳ね、やたら大きくギラギラした橙色の瞳が印象的な青年だった。白のドレスシャツに緋色のベルベットのベストを着込み、カツカツと大きな音のするブーツを履いている。
これはアレだ、ボンボンだ。
「殿下…!」
ダンディはあからさまに不味い、といった顔をし、すぐさま跪いた。
「これはこれは、
リグレオール第一皇子殿下におかれましては、
ご機嫌麗しゅう」
ダンディは下げた頭の下からチラチラこちらを見つつ、青年のものであろう名を殊の外強調して告げた。
あぁ…やっぱり偉い人か…。
わかったよ、失礼なきようにすればいいのね?
とりあえずダンディたちにならい、膝をついて頭を下げた。
「殿下、こちらがお迎えした異世界からの客人です。
キーラ様、とおっしゃいます」
ダンディが殿下とやらに紹介してくれるのに合わせ、更に頭を下げる。そうか、キーラ呼びはもう定まってしまったか。
「キーラ殿、ようこそ参られた。
色々と不便はあるだろうが、
心安く過ごせるよう皆でお支えしよう。
その聖なる力を存分に振るってくださるよう」
目を伏せていてもわかる、キラキラ、いやギラギラしたその眼光。期待をこれでもかと乗せたその視線が痛い。
「……あの、殿下」
「殿下。
キーラ様は世界を渡ってこられたお疲れが出ておいでです。
明朝に改めてご挨拶に参りましょう」
キーラの声を遮ってダンディが立ち上がり、「さ、キーラ様、お手を」と手を取って立たせてくれる。
「それはそうであったな。キーラ殿、失礼した。
またお目にかかる時を楽しみにしている。
あぁ、ぜひ異世界の話も聞かせてはくれないだろうか。
僕はこの時を心から待っていたのだ」
皇子とやらは恭しくキーラに礼を取ったかと思うと一転、まるでカブトムシを前にした少年のように頬を赤くして捲し立てる。
「ええ殿下、機会がございましたら」
にっこりとビジネススマイルを顔に貼り付け、名残惜しそうにこちらをちらちら振り返って手を振る皇子を見送った。
悪い人物ではなさそうだが、今こちらには後ろめたい要素がある。深く話をしなくて良かったのは僥倖だった。
ダンディがふうっと安心したように息を吐き、
「…キーラ様、少々状況を整理したく。
お疲れのところ申し訳ありませんが、
お付き合い願えますかな」
こちらを見る視線には、先ほどまでにはない鋭さがあった。




