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「おおー綺麗な森!」
と言うわけで足を踏み入れた森は、瘴気溜まりという割には美しいところだった。
木々の間からは日の光が漏れ、足下には草花が咲き、なんなら果実も美味そうに熟れてぶらさがっている。
再度召喚したスレイプニルに乗り、森に入る際にやたら高い柵をえいやっと飛び越えた気がするが、ディアドラが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。馬で行けるとこまでは行こうかとカッポカッポと森林浴中である。
実は田舎育ちのキラーヤ、幼少の頃にこっそり秘密の遊び場にしていた近所の山を思い出していた。タケノコとか勝手に触ってめちゃくちゃ怒られたなあ・・・。
「久しぶりの木の匂い、リラクゼーションだわ・・・」
大きく吸って、全身脱力しながら吐く。
身体中の淀みが浄化されるようだ。自然は素晴らしい。
「お、お前、正気か・・・」
「え?なんで?気持ちいいじゃん」
「俺は無知が恐ろしいよ」
「な、なによお!!」
「あのな、この辺に咲いてる花も果実も、
全部毒なんだよ!!猛毒!!」
興奮したように騒ぐルカリアは、あれも、あれもとあたりの草木を次々指していく。
「瘴気を濃く吸った草木は、
人間にとっては毒でしょうねえ。
魔物にとっては栄養ですけれど」
そう言って、ディアドラは馬上から手を伸ばしてひとつリンゴのような果実をもぎ、シャクっと一口かじり取った。果汁が滴り、日の光が反射して大変美味そうである。
つい美味そう、と魅入ったのがバレたか、
「いいかキラーヤ!食うなよ!絶対食うなよ!
人間はまず間違いなく死ぬからな!!」
と後ろから詰め寄られる。あまりの迫力に押され、
「わ、わかったよお」
と引き下がった。残念。
ディアドラは「まったく騒がしい」と肩を竦めていた。
「その割には瘴気溜まりの近くに街を作りたがるのですよね、人間は」
「へえ、なんでなの?」
「水と自然の恵みが豊富だからだと思います。
森の辺縁の果実は大抵毒がないのです。
瘴気は濃いと毒ですが、もともと生命の源ですから」
「そういうもんなのね」
そんな会話をしながら、徐々に森深くに入っていく。スレイプニルの身体ぎりぎりで草木を通り抜けることも増えてきた。
魔物には数度襲われた。
猿の魔物、二足歩行でなぜか服を着た豚、極彩色の大蛇などなど。
あっという間に前後の二人が倒してくれたが、一体、動きがゆっくりだった飛べない鳥だという魔物を一体、『捕縛』させてもらった。
「熟練度不可算っていうのが、
いまいち良く分からないけどねえ」
「でも、だんだん上手になっては来てるよな」
魔物がいない時でも時々『捕縛』の蔦みたいなやつを出してみた結果、何となく良い感じに鞭のように扱えるようになってきた。
「そう?ありがと」
また太い木の間すれすれを、スレイプニルがその大きな身体を捻じ込むように進む。
「そろそろ歩きにしましょう。
スレイプニル、ありがとう」
「面目ない、もう少しスリムになっときゃよかった」
ぶるるん、と頭を下げる八本足の馬を撫で、さあ降りようとしたそのとき、
キラーヤの視界に白いものがよぎった。
「え?」
しゅるり、と鋭い衣擦れの音。
あっという間に白い陰はキラーヤの身体に纏わり付き、
ぐいっとその身体ごと宙に浮いた!
「は?」
どうやら身体を白い布でぐるぐる巻きにされ、吊り上げられてしまったらしい。
何だこの布、どこから出た?!
キラーヤがパニックで目を白黒させていると、ルカリアがスレイプニルの背中からすかさず飛び上がり、キラーヤと同じ目線まで跳躍してきた。その手には紫に発光するナイフのようなものを携えている。
「離せ!!」
と一声、吊り上げ部分の白い布ごとナイフで切り裂き、落下を始める前にがしっと横抱きでキラーヤを受け止めた。
「大丈夫か」
「だ、だいじょう、ぶ」
何が何だか分からないままにストンと地面に降ろされたキラーヤ、今更怖くなったのか息が上がり、心臓の音が耳元で煩く響く。
ルカリアはキラーヤの身体に傷がついていないことを確認すると、巻き付いた布を丁寧に取っていく。
「なんだったの・・・?!」
「俺も本体はよく見えなかった。
教授、分かるか」
「その布、寄越してくださいな」
白い布は伸縮性があり、丁寧に織り込まれている。しかも身体を何重にもぐるぐる巻きにするほど長い。
ディアドラはふむ、としばらく眺めた後、
「彼女はなにをしているんでしょうねえ・・・」
と呟いた。
「分かるの?」
「分かります。が、とりあえず気にしなくて良いです」
良ければどうぞ、とその布をキラーヤに寄越し、
「先を急ぎましょう。もう少しで着きますから」
とスタスタ歩き出してしまった。
顔を見合わせたルカリアとキラーヤは、仕方なくその背を追うのだった。
ーーーーー
「着きました、ここです」
しばらく歩いたその場所は、大きな泉だった。
泉の中に浮島があり、その島の真ん中に一本の大樹が植わっている。
だがその巨樹は枝も葉も朽ち、大きな幹を残すのみ。
まるで浮島から突き出る煙突のようなたたずまいだった。
「ハイエルフの里は別にあるのですが、
彼はここに棲んでいます」
と、巨樹の麓に作られた木造の小屋を指さした。
ディアドラは手を口元に添え、泉に向かって大きく呼びかける。
「おぉい、シータよ。
私だ、美味い酒を持ってきた。
顔を見せておくれ」
しばらくは無音だった。
が、泉の向こうからふわふわと、1匹の蜉蝣が飛んできたかと思うと、キラーヤたちの前で静止し低くしゃべり出した。
「断る。
その者、『まもの使い』であろう」
蜉蝣の小さな頭がキラーヤのほうへ向く。
「久しいな、シータ。
その通り、新たな『まもの使い』様だ」
「面の皮の厚いことよ。
貴様らがまもの使いを連れ、我らに何をしたか。
忘れてはおるまい」
「まぁ、あのときはすまなかった。
だが今回はまた別だ。お前の邪魔はすまい」
「いいや、私は人間はもう懲り懲りだ。
立ち去れ、私が怒らぬ間に」
「あ、あの!」
キラーヤは思わず声を上げた。
「会って頂かなくても構いません。
少しだけお耳をお借りしてもよろしいでしょうか」
「・・・『まもの使い』。
貴様、死にたいのか」
「い、いや!死にたくなくてですね!
死なないためにですね!
お力をお借りしたくてですね!!」
門前払いを食らう営業マンばりに声を張り上げる。
「やはり私の力が欲しいのではないか」
「ええっと、欲しいとかではなく・・・
今、魔物界はベビーブームなのでしょう?
ちょっと、ベビーたちが人間界と諍いを起こす、
そういった懸念がありまして~・・・」
「いいではないか。
弱い者同士食い合えば良い」
「あぁ~、そうなるとあまり良くなくてですね~、」
「私には弱き者がどうなろうと関係ない」
たじたじになるキラーヤを援護するように、ルカリアが声を上げた。
「魔物が頻繁に人を襲うようになれば、
人が何をするか分からない。
森に火を放つ可能性だってある」
蜉蝣はハッと嘲笑し、
「知っておるわ。既に経験済みだ。
見えぬか?あの葉を失った巨樹が。
かつてこの森の宿り木であったこの木を、
このようにしたのは貴様ら人間だ」
煙突のように突き出た幹。
人が何人も繋がっても抱えきれないほどの太さだ。
枝葉を広げた姿はどれほど大きかったのだろう。
燃えたというより、朽ちたように見えるその木に、
人間がいったい何をしたというのだろう。
「とにかく、去れ。
私は人間の力にはならない」
そういって蜉蝣はまた、浮島のほうに戻ってしまった。
「・・・キラーヤ様。殴りますか?」
ディアドラはこぶしを握って物騒なことを言う。
「いや、・・・一度帰ろう。
出直させて貰おう」
キラーヤは泉のほとりに手土産の酒を置き、
「すみません、お土産置かせて貰います。
あなた方のこと、勉強不足ですみません。
また伺います」
そう告げ、泉に背を向け歩き出した。




