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スレイプニルの背中は快適だった。
足が多いせいか揺れもさほど酷くなく、ジェットコースターのように前後に三人並んで走っている。
最前方ではディアドラが手綱を握っていた。
学者然としたワンピース姿から一変、今はタイトな乗馬服を身につけている。
最後方ではルカリアが、乗馬に不慣れなキラーヤに危険がないよう見ていてくれる。
ずいぶん高くなった視点で、キラーヤは異世界を見渡した。
『なんか・・・ようやくちゃんと見た、かも』
草原は見渡す限り続いている。
始めの目的地は、ロインから最も近い、森の中の瘴気溜まりに決まった。
それでも数日はかかる見込みだ。
とにかく闇雲、五里霧中で来たこれまでと違い、
今は自分の取るべき行動の指針があり、
目的地があり、その手段も整った。
大災害回避とかいうメインストーリー、特大メインクエストが明らかになったにも関わらず、こっちに来てから初めてと言って良いほど、キラーヤの心は凪いでいる。
『気はずっと張ってたもんなあ』
それも当然だろう。
ようやく受け入れつつあるが、異なる世界へ渡ってきてしまい、ジョブとかいう役割を与えられ、モブにすらならせてもらえずここまで来た。
この短い期間で何度、『自分はおかしくなったのだろうか』と疑ったか分からない。
スレイプニルの速さに驚いた草木の妖精や、街道を行く人たちが驚きの声を上げる。
馬上から振り返ると、こちらを指さして何か喚いている一団が見えた。
「気にするな、後ろを見ると危ないぞ」
キラーヤの視線の先に気づいたルカリアが優しく肩に触れ、前を見るよう促してくれる。
「なんか噂になったりしないかな」
「大丈夫だ、俺が一緒にいるからな」
「どういうこと?」
「元『秘術の賢者』がこれは秘術だ、って言えばみんな黙る」
「なるほど」
赤い瞳が面白そうに弧を描く。
青みがかった髪が風に煽られ、額がさらされている。
じっと己を見つめるキラーヤを訝しんだのか、片方の眉がくいっと上がる。
『この人の存在がデカいんだよなあ』
キラーヤは構わず、後ろに座る男を見つめ続ける。
闇雲で、手探りで、不安でぐちゃぐちゃで膝を突きそうになった日も、決して孤独ではなかった。
この男が一緒に歩いてくれて、戸惑ってくれたから。
「な、なんだよ」
「なんでもございません」
キラーヤは再び前を向く。
『なんで、私だったんだろうなあ』
以前の世界を思い出す。
確かに疲れてはいた。
ゲームしたかったし寝たかったしゆっくり食事もしたかったけど、特段あの世界を厭う気持ちは無かったはずだ。
仕事もそれ自体は好きだったし、
友人は仕事を始めてからほぼいなくなったけど、
それなりに楽しくやっていた。
あの世界から逃げ出したい訳じゃなかった。
特に秀でた人間な訳でもない。
この世界に求められる理由が分からない。
少し沈んだ思考にふけったのが分かったのか、
首元に巻き付いたクダギツネがひょこっとを顔を上げ、
「大丈夫?キラーヤ、しんどくない?」
と気遣ってくれた。
「大丈夫、首元があったかくていいね」
と小さな頭を撫でると嬉しそうに目を細める。
「気分が優れないなら休憩を取りますから、
言ってくださいね」
前ではディアドラもこちらを振り返ってくれている。
『支えられては、いるんだよな』
この世界が、女神が、自分に何をさせたいかは分からない。
だが、周りの人や魔物には恵まれたと言っていいんじゃないだろうか。
『まあいい、行こう』
切り替えが早いのは長所のひとつだとキラーヤは自認している。
この某オープンワールドゲームみたいなこの世界を、
楽しんでみようと決めた。
・・・ただ、あちらの世界で自分がどういう扱いになっているか分からないのが引っかかるところだが。
サポートセンターに聞いたら答えてくれるだろうか。
ーーーーーーーーー
「皇帝陛下、僕は納得できません」
「何が納得いかないのだ、述べてみよ」
皇帝の謁見室。
玉座に腰掛けて足を組み、肘掛けに体重をかけ頬杖を突く皇帝は大きなため息を吐いた。
目の前でキャンキャン騒ぐ青年を眺める。
「異世界人が召喚されたと聞いてみれば、
聖女お披露目もせずに旅に出たと?
ルカリアを連れて?」
「その通りだ」
「は、はは、
隠さなくても良いではないですか。
どうせ失敗したのでしょう!
あの賢者ども、失態を隠蔽するつもりなんだ!
そうでしょう、ルカリアに責任を取らせたんだ!」
青年は嘲りと憤りに目をギラつかせ、
口元には歪んだ笑いを浮かべている。
「ひどいではないですか、
僕を除け者にしてさっさと処分するなんて」
「推測も過ぎると罪となるぞ、
サルバドール第二皇子よ」
「父上、いや陛下。
異世界人のハズレを引くことは僕は咎めません。
なぜルカリアを追い出したのかと言っているのです!!」
「追い出してはおらん。
あやつは自ら望んで旅に出たのだ。
・・・これ以上お前と話すことはない。
お前があやつを気に入っているのは知っておる。
だが、自分に都合の良い解釈もいい加減にせよ」
そう言って皇帝は席を立ってしまう。
ひとり謁見の間に残された青年、まだあどけなさの残る灰色の髪の青年は、その拳をぎりりと音がするほど握りしめた。
サルバドールは学生であるため普段は学術都市ロインに滞在しており、ここ数ヶ月は皇都に足を踏み入れていなかった。そこに飛び込んできた、『秘術の賢者』交代の報せ。
慌てて帰ってきた皇宮で情報をかき集めた結果、
どうやら賢者を中心に秘密裏に異世界からの聖女召喚を試み、それに失敗したらしいとの話を掴んだのだ。
「おかしい、おかしいんだ。
ルカリアほどの秘術師はいないというのに」
『秘術の賢者』はルカリアによって後任が指名され、既に別の人間が立っている。だが不足だ。そもそも国を支える『賢者』の役職は、そう簡単に交代できて良いはずがない。
「『予見の賢者』、妹も当てにならなかった。
父上も当てにならない。
兄上は父上の言うことは絶対だろう。
・・・ならば、僕がやるしかない」
怒れる青年、サルバドール第二皇子は決心した。
国の宝たる優れた秘術師を、必ずや表舞台に返り咲かせてみせると。
「待っててくれ、ルカリア。
君の名誉は僕が取り戻す。
僕が君の代わりに、聖女を召喚する」
そうすればきっと、帰ってきてくれるはずだ。




