16
「ずいぶん快適になったもんだわね」
「ほんとだなぁ・・・嘘みたいだ・・・」
ルカリアとキラーヤは壺の家のリビングでくつろいでいた。
教授のレクチャーの元、家具屋で気に入ったものを買い漁った。
またこれが便利なもので、買った家具を壺に食わせると、「どこ置く?」と壺引っ越し屋さんが上手い具合に配置してくれるのだ。
おかげで現在、ダイニングには立派なテーブルセット、リビングには分厚いラグと大きなソファ、キラーヤの寝室には気に入ったデスクとベッドが入り、申し分ない住み心地である。
ルカリアもうきうきと大きな本棚を食わせて嬉しそうな顔をしていた。
「水は定期的に汲みに行く必要あり、
排水や汚物は分解してくれる魔物あり、
なるほどうん、分かった」
水周りの使い勝手も悪くなく、ある程度まとまった水源さえあればどこでも野営し放題である。
「意外と安く済んで良かったわね」
「ああ、さすが学生の街、
安くていいものが揃ってる」
「これで宿代も浮いて最高じゃん」
「まったくだ」
旅の途中とは思えないだらけ方をする二人。
クダギツネもソファにとぐろを巻いてお休み中である。
そこにディアドラ・ヨーク教授が自室から大きな紙の巻物を持って出てきた。
「さあ皆さん、作戦会議のお時間ですよ」
キラーヤとルカリアはのっそり立ち上がり、ディアドラがそういってダイニングに広げた紙をのぞき込む。
「この国の地図?」
「ええ。まずキラーヤ様、
改めてお聞かせ願えますか。
あなた様は何を目指すのか」
先ほどまでだらけきっていただけに、急に気を引き締めるのに失敗したキラーヤは「ええっとお」と気の抜けた声を上げる。
「実は私も、
どうなったら成果と言えるのか分かっていなくて」
自分自身と討論するようなキラーヤの声色に、ディアドラは促した。
「続けてください」
「はい。
私が知り得た情報は、
現在魔物が大量発生していること。
人的被害や環境被害が懸念されていること。
そしてそれを解決できると目されていたのが、
『聖女』の力であること。
聖女の力を使ってどうするつもりだったかまでは」
「なるほど」
「そして、私が想定外にまもの使いであった。
ちょっと命を狩られかけましたが、
幸い使いようのある力の可能性がありました。
魔物を統べる、制御する類いの力と予想したんです。
そうなれば、その力で人間界への被害を減らす、
そういう策はとれるのではないかと」
「そう考えたわけですね」
『命を狩られかけた』発言の時に殺気を感じないでもなかったが、ディアドラは冷静にキラーヤの言葉を受け止めた。
「ヒントも何もないので、
とりあえず『ルトアールの霧の丘』に行こうかと思っていたんです」
「……なぜ?」
「そこに前のまもの使いの根城があったと聞いて。
教授はご存じですか?」
「…ええ、知っていますよ。
ですがあそこには今何もありません。
行くだけ徒労ですよ」
「そうですか…」
ディアドラは次にルカリアに向き合った。
「では、次に国の方針について聞きましょう。
ルカリア殿、あなた方は聖女を召喚し、
何をさせるおつもりだったのです?」
ルカリアは気まずそうに手を口元にやると、
「実は、聖女ジョブがどのような力を持ち、
どうやって過去の魔物の大発生を押さえたか、
記録が残っていないんだ。
分かっているのは、聖女が国中を旅したこと。
結果として魔物の発生が抑えられたこと。
これだけだ。
だからまず召喚してから、
その能力と過去の動向を結びつけるつもりだった」
「ずいぶん見切り発車な作戦ですね。
それほど逼迫した被害がありましたか?」
「いや、現時点ではそうでもない。
ただ、『予見の賢者』の占術では、
数年のうちに魔物に関わる大災害の予兆ありと。
それで被害が出る前に動いたんだ」
ディアドラは大災害、と小さく繰り返す。
そして、
「それは回避できるものと占術で出たのですね」
と、問いかけではなく確かめるようにルカリアに投げかけた。
「ああ。
『予見の賢者』の占術は、
回避できるものとできないものを見分ける。
回避不能だったら防衛策に力を入れるが、
今回は回避可能と出た。
だから召喚の儀を行った」
「大災害って・・・そんなこと皇帝は、」
手元に添えていた手を、両目を覆い隠すように動かし、ルカリアはああ、と息を吐いた。
「あの人の優しさだよ。
お前に負荷をかけないようにな。
俺たちだって分かってるんだよ。
こっちの都合で勝手に呼び出しといて、
国の命運を背負わせることがどれほど傲慢か」
『我が国の防衛機能は正常に機能している』そう皇帝は強調した。
『時間はある』ルカリアはそう言った。
それらはすべて、キラーヤに過度のプレッシャーを与えないためだったというのか。
「勘違いするなよ、
俺たちはお前にすべてを背負わせようなんて、
今でも思っていない。
既に様々な可能性をあたり、
対策を取り始めている。
お前は出来る範囲で、
俺たちに協力してくれるなら嬉しい。
だから気負わなくて良い」
子供に言い聞かせるように、ルカリアはひとつひとつ言葉を目の前に置くように言った。
「う、うん・・・」
目を合わせているのが気まずく、キラーヤは視線を国の地図に落とす。
大きな国だ。
大陸の大部分を占め、都市だけでなく海や山や森、あらゆる生き物を内包する国。
『とはいえ、聞いちゃったしなぁ』
キラーヤは顔を上げ、ディアドラを見据えた。
「教授、魔人としての意見を聞かせてください。
まずこの大量発生の原因は思い当たりますか」
「はい、思い当たります。
端的に言えばベビーブームです」
「ベ、ベビ・・・」
「魔物は卵生・胎生いずれでもなく、
生命の根源たる瘴気溜まりから発生します。
同じ瘴気溜まりから発生したらそれは皆兄弟」
「そう、だから僕とお姉ちゃんは姉弟なの」
大人しくしていたクダギツネがソファでひょっこり頭をもたげる。
「なるほどね。
で、ベビーブームって?」
「この世界には、
地下深くを流れている瘴気の大いなる流れがあります。
その活動が活発になっていると考えられます」
「それは何か原因があるの?」
「ありません。世界の脈動です」
ディアドラはきっぱりと言い切る。
地震が地殻変動という大いなる世界の変化の上に起こるように、魔物のベビーブームも止められないということか。
「と、すると。
魔物に関する大災害、というのは、
そのベビーブームと関係がある?」
「おそらくは。
魔物も発生したては幼弱です。
そして知能も低い。
人にとって大災害となり得る事象・・・
もしかしたら、スタンピードかもしれません」
「スタンピード・・・?」
「それぞれの瘴気溜まりには主がいます。
そのあたりで最も強く、古い魔物です。
ガキどもが悪さをしたとき、
たしなめる役割も担っているのですが・・・」
「ガキども・・・」
キラーヤの脳裏には町内を走り回る小学生の図が浮かぶ。
うん、主ってのは近所のあんちゃんかな?
「ガキのいたずらに主がキレることがあるのです。
『こらー!!!』って。
そうしたらガキどもはどうすると思います?」
「ま、まさか」
「そうです、『逃げろー!!!』となるんです。
それが運悪く人里方向へ向かった時、
人はスタンピードと呼びます」
ルカリアは頭を抱えてうずくまった。
「スタンピードって、
そんなほのぼのした理屈なのかよ・・・」
「いえいえ、魔物の場合、
主は本気で殺る気でキレますので、
逃げるガキどもは半狂乱ですよ」
「は~~~・・・」
「ひとまず、可能性が高いのはそれです。
ただ、魔物関連と言うだけでは正直絞りきれません」
「だよね。
魔物が起こした土砂崩れとかも広義では魔物関連だし」
ディアドラはそうですね、と相づちを打つと、
地図の上にいくつかの大ぶりの石を置いていった。
石といっても様々な色の透き通った宝石である。
いずれも親指と人差し指で輪を作ったくらいのサイズがあり、とんでもなく高価そうだ。
「す、凄い、綺麗ね・・・」
「ああすみません、
色分けされているので目印に便利で」
「お、おい、
それ稀少なピンクダイヤモンドじゃねえのか」
「石の種類には興味がありませんね、
どこかの竜の巣にあったんで貰ってきました」
「本物だったら一生遊んで暮らせる額だぞ・・・」
ルカリアが石から目を離せないでいる間に、ディアドラは涼しい顔で説明を始める。
「とりあえず、
今石を置いたところが主要な瘴気溜まりです。
キラーヤ様はまもの使い。
まもの使い流のアプローチを考えるならば、
まずはここらの主と話をするのがいいでしょう。
ガキの教育をさせるなり、
産まれてくるガキを幼弱なうちに葬らせるなり、
やり方はあるかと」
「う、うぅ、怖い」
ディアドラの発言にクダギツネが縮み上がっている。
「まあまあ、物騒な話が必要かはさておき、
行ってみようぜ、その瘴気溜まりとやらに」
こうして、旅の目的は決まった。
お世話になったロインともしばらくお別れである。
スレイプニルに三人掛けの特注の鞍を付け、
また広い草原を駆けだした。




