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「こんなに順調でいいのかしら」
「俺もそう思う」
戸惑いが隠せていない二人は、現在ダンジョンを出て宿に戻る最中である。
『また明日、お越しください。
一度に大量の仲間を作ると、心身が疲弊します』
とヨーク教授に追い出されたのだ。
今日は三体の魔物を仲間にした。
移動手段としてのスレイプニル、食糧係としての樹木人、そして。
「まさか壺が魔物だとは」
ダンジョンの中に無造作に転がっていた壺を見て、ヨーク教授は言ったのだ。
「これこれ、これが必需品です」
と。
そして壺をぺしぺし叩くと、
「やぁ、起きなさい。
確認するけどあなた、
中に誰も入れてないわよね?」
すると壺の側面がくわっと口を広げ、
「入れてない、入れてない!
今なら自由自在にカスタム可能だよ!」
と陽気に喋りだしたのだ。
ヨーク教授はこちらを振り返ると、
「これは『壺中の天』。
一見普通の壺に見えますが、
この壺の中には大空間があります。
私はこれをダンジョン内の家にしてます」
「へええ?」
「こうです。そら」
教授は両手を合わせると、そのまま壺の中に突っ込んだ。
すると壺の口ががぱ、と大きく開き、ずずずとその腕は壺に吸い込まれてしまいには頭から飛び込む形になる。
教授の姿はすっかり消え、後には壺が残るのみである。
壺は言った。
「さあさあ、ご内見どうぞ!
中から言ってくれたら色々変えられるからね!」
「えっと、同じようにすればいいの?」
「そう!大丈夫、俺は攻撃力はないから」
「あ、安心していいのね・・・?」
「大丈夫!
あなたに何かあればディアドラ様に粉々にされちまう」
さあ、と勧められ、
意を決したキラーヤは両手を壺に突っ込んだ。
「さあ、そのまま手を進めて」
ずず、ずず、と少しずつ壺に吸い込まれていく。
足が浮き、まるでプールに飛び込みをするように逆さまになる、と。
不思議なことにぐるん、とすぐさま元の体勢に戻り、何もない白い空間に足を付けることになった。
中では教授が待っていた。
「お見事です、キラーヤ様」
ややあってルカリアも顔を引きつらせながら到着し、三人揃ったところで天から声が響いた。
「さあさあ皆さん。
どんな家がご所望かな?
済むのは四人でいいのかな?」
四人?・・・忘れていた、クダギツネ!
ひょっこりと頭を上げたマフラー狐は、「気づいてくれてありがとう」とニコニコしている。
「う、うん、とりあえずは」
キラーヤが答える。
「じゃあ、必要なのはキッチンと、
風呂場とトイレとダイニング?
個室は4つ?3つ?収納は?」
『えーと、不動産屋さんかな?』
3LDK・・・とか口を突いて出そうでもごもごするキラーヤに代わり、教授が答える。
「クダギツネは個室はいらないでしょう。
個人部屋は3つ、寝室と書斎がそれぞれ必要。
収納は多めにお願いします、今後増設するかも」
「しつらえは?
木にする?石にする?ミックスもありだよ」
「キラーヤ様はお好みは?」
「内装のこと?
ええと、床は木がいいなあ。
壁は漆喰とかが好みだけど、漆喰分かる?」
「もちろん分かりますとも!!
あらゆる建築素材は俺にお任せあれ!!」
え、分かるんだ。この世界にも漆喰があるってこと?
とか考えている間に、真っ白で何もなかった空間にどんどん床と壁が出来ていく。
「おお、本当だ、漆喰だ」
壁はざらついた白い手触りの物に変わり、床は木、しかも無垢材だ。
「なにこれ高級住宅」
「さあ、空間はこれでできたぞ。
確認してくれ」
四人が今立っているところはキッチン、ダイニング、そしてリビングらしき余白。
そして壁には水場に繋がるドア、そして個々の私室が用意されている。
家具はなにもない未入居仕様だが、私室は半分壁で区切られていて、一方が寝室、一方が書斎ということらしい。
「できすぎ、凄すぎ」
「気に入ったかい?
好きな家具を買って入れてくれよな」
「入れ方は私がレクチャーしますので。
週末にでも家具を買いに出ましょう。
あと水場関係で入れておくものがありますから、
それはまた追々」
そうして一旦壺を出たキラーヤが無事に仲間契約を済ませると、
「住居はこれで問題なし」
とのことであった。
壺の中で一言も喋らなかったルカリアが呟いた。
「チートすぎる」
と。
・・・ということで、旅支度がどんどん整っていくのである。順調すぎてさすがに怖くなってくるのも納得頂けるだろう。
「・・・なあ、聞いて良いか」
「うん」
「お前、あの教授への警戒がやたら薄くないか」
「・・・・・・警戒してない訳じゃ、ないんだけど」
ルカリアの言うとおり、ちょっとは怪しむべきだとはキラーヤ自身思っている。「ずっと待っていた」という言葉、そして整えられすぎたサポート環境。
少なくとも、彼女がキラーヤに何を期待し、何を望み、また何を望まないのか。ここには特に注意を払うべきであることも分かっている。
だが、そう疑い深くあれない理由もまた、キラーヤの中に存在した。
「教授って言葉を前にすると、
思考停止するのが医局員ってやつでね・・・」
『吉良くん』
前の世界での絶対的上司、穏やかな語り口の教授を思い出す。
穏やかだが侮るなかれ、あの世界では教授が白と言えば黒も白になる、そういうものだったのだ。
ーーーーーーー
「・・・ようやく、お会いできましたよ」
枯れ葉を踏みしめ、ディアドラは深い霧の中で跪いた。
その目の前には大きな石柱があり、ディアドラは愛おしさをもってその冷たい面を撫でる。
「聡明な方だったわ。
安心して、私がサポートしますから。
あなたとの約束どおり、ね」
石柱に貼る蜘蛛の巣を払い、綺麗に清める。
「今頃あなたはどうしているのかしらね。
・・・会いたいわ」
刻まれた金の文字を、ディアドラはまた撫でた。
『イルゼ』
「じゃあ、また来るわね」
そうしてディアドラは霧の中に姿を消す。
彼女の新しい主の元へ。




