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「おお、ここがロイン」
「そう。学術都市ロインだ」
立派な石畳の大通りの真ん中で仁王立ちし、
ルカリアはなぜかふんぞり返った。
「なんであんたが偉そうなのよ」
「まあ、ロインは俺たち学問の徒にとっちゃ、
自慢の街だからな」
「へえ、楽しみ。
でもとりあえず・・・
休んでいいかしら・・・?」
実はキラーヤ、数日の歩き通しで身体がボロボロである。
所々宿を取って休んではいたが、元々日光に当たらない生活をしていたキラーヤにとっては相当堪えていた。
立ってるだけで膝が笑っている。
あまりの疲弊具合に、道中ルカリアが「背負うか・・・?」と気遣ってくれたくらいである。
「あ、ああ。すまん、すぐ宿を取ろう。
ちょっとそこのベンチで座って待ってろ」
ぷるぷる笑う膝を押さえて老人のように手を借り、
よっこらしょっとベンチに掛ける。
待ってろよ、と去って行くルカリアの背を眺めながら、キラーヤは考える。
『思いのほか面倒見がいい男だわねえ』
最初のあの胡散臭い役者みたいなキャラから一変、どれほど横柄で横暴な男かと思ったら、蓋を開けてみれば非常に面倒見が良くさらに過保護な男である。
ほぼ見知らぬ男と連れだっての旅などどれほど気疲れするかと思いきや、道中の宿でも着くやいなや、
「じゃ、あとはゆっくりしろよ。
食事は後で差し入れるか?何がいい?」
と非常に甲斐甲斐しく、また程よい距離感を保ってくれて大変ありがたかった。
『しかし、奴に迷惑ばかり掛けられないわね』
どうしたものか。
ベンチでうーんとのびをする。
石畳で踵を打つとそれだけでもう痛い。
見渡した大通り沿いの建物は多くが店で、飲食店だけでなく書店や文具店、なにやらよく分からない怪しげな雑貨を打っている店もある。
『えっ何アレ、でっかい羅針盤!
あっちはフクロウが売ってる!魔法映画みたい』
店の外観は皆示し合わせたようにレンガ造りで、屋根の色はそれぞれ違って非常にカラフルだ。
街灯はキラーヤ視点では明治時代みたいなレトロな形状に統一されていて、
『この街好みだわ~・・・』
とぼんやり思考を奪われてしまった。
と、
「おいたわしや、このように脚を痛められて」
と言いながら、座っていたベンチのすぐ隣に一人の女性が座ってきた。
「え、え、」
「歩いてこられたのですか?
何て痛そうなのかしら」
ほら、と指されたほうを見ると、キラーヤの布靴の踵の部分に血が滲んでいる。
「ありゃあ、靴擦れですね。
すみません、歩き通しで気づいておらず。
お見苦しいところをお見せしました」
キラーヤは慌てて弁明しながら女性を見る。
首元のきっちり閉まった紺色のロングワンピースを纏い、
チョコレートのような濃いブラウンの髪をまとめて品の良い眼鏡をかけている。
いかにも知的な雰囲気の女性だった。
手荷物もいくつかの書籍をバンドでまとめたものを持っている。
「よろしければ手当致します。
ぜひ私の居室にいらしてくださいませ」
「あ、ありがたいのですが、
あいにく連れを待っておりまして」
「そんな、早く手当せねば痕が残ります。
さあさあ、お早く」
「あ、いや、あのですね」
「悪い、遅くなった」
押しの強さに怯んでいると、二人の間に割って入るようにルカリアが身を滑らせてきた。
キラーヤを守るように女性に背を向け、
「宿が取れたぞ。歩けるか?」
と手を差し伸べてくる。
女性はなおもめげずにルカリアの背に声をかけ続け、
「あ、お連れ様でしょうか、
良かったらお連れ様も一緒にいかがでしょうか」
「悪いが」
ルカリアは言い切り、女性のほうへ振り返った。
「間に合ってる。
よそを当たってくれ」
そう言ってキラーヤの手を取り立ち上がるよう促すと、こっそり耳元で囁いた。
「向こうの路地まで頑張れるか」
「う、うん」
よし、と頷くと、恐る恐る脚を前に出すキラーヤの背を支えながら歩き出した。
女性はベンチに掛けたまま、
「あぁ・・・せっかくお会いできたのに・・・」
と嘆いている。話し声が聞こえない程度に離れてから、キラーヤは問いかけた。
「びっくりしたあ。
助かったわ、ありがとう」
「ああ。何かの勧誘かもしれねえな。
しかしすまん、足を怪我してたんだな」
「ううん、私もさっき言われるまで気づかなかった」
「向こうのベンチで一度回復術をかけよう。
少しはマシになるはずだ」
そう言って連れてこられたのは大きな石畳の広場の端だった。
「座って」
言われるがまま座り、布靴を取る。
「いてて、いて」
血で傷口と布が張り付いてしまい、剥がした途端にまた血が滲んだ。
「しばらく我慢しろよ」
ルカリアはそう言うと、キラーヤの足にそっと手を当て、何やらぼそぼそ呟く。
『じんわりあったかい』
手が直接肌に触れている訳ではないが、足湯に浸かったように温かくなる。漫画のように傷口が治るとかというものではなさそうだが、ずいぶん気持ちが良い。
多分ルカリアの秘術だろう何かに足を温めてもらっている間、キラーヤは広場を眺めた。
今歩いてきた大通りから広場を見渡すと、広場から枝が生えるように何本もまっすぐ道が分かれている。広場の中心には大きな柱が立っており、それぞれの道の方向を示し看板が張り付いている。
「天文研究所、秘術学園、法学院・・・なるほど。
この広場から各学術施設に道が延びているのね」
未だキラーヤの足に手を当てながら、ルカリアは答える。
「その通り。
この広場はすべての学徒が訪れ、
己の志を選び取る場所だ」
この街の中心でありシンボルである、そうルカリアは語った。
「さて、これで少しはいいだろう」
「ありがとう!これはどんな秘術?」
「回復術もどきだ。
怪我を治すわけじゃないが、
身体の治癒力を高める術だな。
俺は多少使えるが、普通は神殿で回復士の施術を受ける」
「へえ、興味深い。
ねえ、医学系の研究室はないの?」
「イガクってなんだ?」
「い、イガクって何ってか?!
ええっと、身体の構造の研究をしたり、
病気や怪我の研究や治療をしたり・・・かな」
「ああ、それこそ回復術の分野だな。
それは神殿の管轄なんだ。
神殿の総本山は別の街にある。デカいぞ。
それに回復士はジョブが深く絡んでいて、
誰でもなれる訳じゃない。
しかも門外不出の教えもかなりある」
「へえ~。じゃあ医者っていないのか」
「イシャってのが病気や怪我の治癒を担う者なら、
それはこっちでは回復士と呼ぶな」
「じゃ、薬を作る人は?」
「それは薬学がある。
薬学庭園っていう専門の機関がロインにあって、
こっちの弟子入りはジョブ関係なく誰でもできる」
「面白い!色々見て回りたいなあ」
少し軽くなった足をぷらぷらさせ、元ガリ勉キラーヤは目を輝かせた。勉強は好きなのだ。知的好奇心を満たすことの気持ちよさたるや。
「まぁ、まずは休もう。話はそれからだ。
それに魔物研究所のこともあるしな」
そういって、取った宿へ連れだって歩いた。
道中にはまだ少年と言って良い子供から老人まで、同じようなローブや作業服を着た人々が歩いていて、そして時々聞こえる議論の声に『なるほど学術都市』と唸ってしまうキラーヤなのであった。




