プロローグ
今日も今日とて電話が鳴る。
「吉良先生、アレお願いします」
「先生、転院搬送行ける?」
「先生どこ行ってたんですか、
連絡付かないの困るんですよ」
「今日吉良先生当直よね?
悪いけどこの仕事頼める?」
「……〜もう!私を探さないでくれよォ…!!」
飛び抜けた都会でもないがそこそこ大きな総合病院。
「電話コワイ電話コワイ」
やっとの思いで辿り着いた当直室の扉を後ろ手に締め、仮眠ベッドの僅かに乱れたシーツを眺めてため息を着く。
「また誰か当直室でサボってたな…」
誰かが休んだ後の寝具なんて全く気持ちのいいものではないが、寝具交換は1日1回だ。致し方ないだろう。
医師になって数年。
完全なビギナーでもなくかといって偉くもなく、
ちょうど雑用や面倒事を頼まれやすい年代になってきた。
仕事に慣れたら楽になる、どころか年々ハードさが増す状況だ、プライベートなんかあったもんじゃない。
貯金が貯まる一方なので趣味のゲームは買い放題だ。あらゆるハードウェアを揃えることができるし、ゲーミングPCだって奮発して買い揃えた。
ただし、楽しみにしていたソフトはダウンロード予約購入だけしてまだダウンロードもできていないし、新型ハードは段ボールの中だし、ゲーミングPCに至っては配線すらまだだ。
だって時間がないんだもの。
医師の当直は体力勝負だ。
日中1日勤務し、そのまま夜を当直で明かし、さらに翌日も通常勤務が待っている。
寝れるうちに寝ておくに限る。
結っていた長い髪を解き、白衣だけハンガーにかけて乱れたシーツを気にせず寝転ぶ。
まるでオッサンのような挙動だが、いちおう若い女性であるのだ。
「あ〜〜〜、ゲームしたい」
いやその前に寝たい。
医師の基本は早食い、早寝だと先輩が言っていた気がする。
瞼を閉じてひとつ深く息を吐くと、
すぐさま意識のスイッチが切れる音がした。
ーーー
枕元の仕事用携帯が鳴っている。
いったいどれくらいの時間眠れたのか。
瞼を閉じたまま通話をオンにする。
「はい」
「…繋がった!繋がりました!
お願いします、どうかこちらへ!」
「はい…分かりました、行きます…」
ぷちりと通話を切り、体を起こし白衣を羽織った。
眠すぎて呼び出し先を聞いてなかった、いいや歩きながらかけ直そう。
重い当直室のドアを開け、ショボショボ開ききらない目を擦りながら先ほどの番号へかけ直す。
夜の病院の廊下は暗い。
あれ、それにしてもこんなに暗かったか?
耳元でコールが響く。3コールののち、
「どうかした?」
受話器の向こうからは澄んだ女性の落ち着いた声がした。
先ほど電話してきた人とは違いそうだ。
「えっと、当直医です。どちらへ行けば?」
「そのまま真っ直ぐよ」
「真っ直ぐ…あぁ、救急部ですね。了解」
「ところで、馴染みのあるジョブって何?」
「ええ?何の話ですか」
「いいからいいから」
「そりゃぁアレですよ、まもの使い」
指示通り真っ直ぐ歩きながら答える。
某クエストゲームで1番やり込んだ職業がまもの使いなのだ。ゲームやりたすぎて素っ頓狂な回答をしてしまった。
「へえ!面白いじゃない!」
「まぁ、面白いですよねあのゲーム」
「ゲームじゃないけど、分かったわ。うまく使ってね」
「何を?何の話?」
「巻き込んでごめんなさいね。健闘を祈るわ」
ハァ?
あまりの話の通じなさにようやく目が覚めたその場所にハッとした。
全然病院じゃない。
真っ白い大理石みたいな石畳を歩かされている。
やたらにデカい荘厳な木の扉が目の前にあって呆然とする。
「えっと?」
「説明はあとね。
とりあえずその扉を開けてくれるかしら」
「ハァ?」
「大丈夫、怖くないから」
ブッ、と電話が切れる。
つい後ろを振り返るが、石畳は自分の5メートル後ろで途切れており戻れない。
開けるしかないのか。
恐る恐る扉に手をかけると、
力を入れずとも自然に奥へと引き込まれていく。
扉から流れ出てきた濃い霧がゆっくりと晴れると、
「えっと?」
複数の人間が土下座して待っていたのであった。




