第七話 再
灰が積もった棚田の端から、緑が顔を出していた。
焼けた畦の割れ目に、小さな芽が揺れている。
それは、風が運んだ命の記憶だった。
ムラは静かに復興を始めていた。
倉の扉が開き、誰もが話し合いながら、風の通り道を探して、手が動いていた。
ツカサは、焼けた工房の跡地の地面に新たな図を描いていた。
かつては、完成した図をみて、ただ命令するだけだった彼が、今は風の流れを見ていた。
「ここだとまずい。建物は少し北へずらそう」
彼は、風に従いながら配置を調整していた。その作業には、祈りが満ちていた。
アマギは、考えていた。
火山の夜以来、彼の中には言葉にならない揺らぎがあった。
秩序が崩れたとき、風が道を示した。
それを否定することは、もうできなかった。
彼は混乱を覚えながらも、復興の指示を出した。
「倉の再建は、対話をもとに。水路は、、、ええいトモリはどこだ?」
その声は、かつてのような威圧ではなかった。 村人の顔を見ながら、少しだけ言葉を選んでいた。
その目には、気遣いの色が混じっていた。
鍛治炉の跡地では、モリヒコが羽根を転がしながら、風の通りを確かめていた。
そこへカネハラが炉の図を持って近づいてきた。
「ツカサから聞いた。再建するときは、風の道を考えるように、と」
「風を遮らない場所はどこだ?」
モリヒコは、持っていた羽根をそっと離した。
それは地面に落ちることなく、風に乗って小さく舞って、焼け跡の外縁で止まった。
モリヒコはその場所を指差した。
「この向きなら、風が通る。鉄とも、争わずに済む」
カネハラは頷いた。
「風は命令を聞かない。 なら、こちらが譲るしかないな」
モリヒコは少しだけ笑った。 「譲るんじゃない。風と共にあるんだ」
二人は、図をみながら話し込み出した。
それは、風の道を設計する作業にもみえた。
小さくなってしまった草地では、カザマが怪我してしまった馬の足を見ていた。
灰の中で蹄が痛まないよう、地面を選びながら歩かせていると、風がさっと吹いた。
サネヒコ横にやってきて馬の耳元に囁いていた。
「風が戻ってきた。もう迷わなくて良いね」
子どもたちは、変わらぬ表情で遊んでいた。
灰の中でも、笑い声は風に乗って響いた。
最も変化に強いのは、いつも子どもだった。
そのうちの一人が、地面に指で円を描いた。
もう一人が、方形を重ねた。 それは、オウの印だった。
だが、彼らは続けて、その中心に、渦を巻くような線を描き、
そこから羽根のように広がる曲線を伸ばした。
アマギは、その模様を見て、息を呑んだ。
「これは……良いのか?」
「風の模様!」
子どもたちが楽しそうに叫ぶ中で、トモリが静かに言った。
「子どもは、命令をなぞらない。包まれたものの中で、形は変わる」
「これで……良いのか」
アマギは、自分に言い聞かせるように小さく頷いた。
かつてのオウの印は意味を変えていた。
ハネサトの中で、アマギは生きていく。
カネハラと別れ、丘へと上がったモリヒコ。
風が、彼の髪を揺らした。
胸に抱いたカネは、風を受けて、かすかに音を鳴らす。
モリヒコは、そっと呟いた。
「風よ、人の形が変わろうとも、ともにあらんことを」
一条の風が吹いた。




