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風を呼ぶ器  作者: katari
3/9

第三話 形

棚田の一角に、四本の杭が打たれた。

縄が張られ、中心には柱状の木造物が立つ。

その表面には、円と方が連なる印が刻まれていた。


誰もその意味を知らなかった。

けれど、それは、オウの印と呼ばれ、 印のある場所は、オウのものとされた。

その区画に入るには、アマギの許可が必要となり、 祈りの羽根は、もう挿されなくなった。


倉の扉にも、同じ印が掛けられた。

かつて誰もが自由に使えた倉は、 鍵穴のような形によって、封じられた。


やがて、森にも手が伸びた。

後からやってきた連の姓をもつツカサ。オウの治の形を決める職能をもつ彼は、オウのモリを指定し、

大きなカシの木のもとに、オウの印が刻まれた石が置かれた。

そこは、かつてヤマノカミと祈りを交わす場所だった。

田へ命を運ぶ風の通り道、精霊との交流ができる森の入り口だった。


ハネサトは、少しずつ変わっていった。


広場では、子どもたちが土をこねて遊んでいた。

オウの印をつくり、それを並べる。

「ここはオウのタ!」

「こっちはオウのクラ!」

「入っちゃだめ!」 誰も教えていないのに、形が意味を帯びていた。


サネヒコは、その光景に言葉を失った。

モリヒコは羽根を手にしながら、静かに言った。

「オウの印は、風の通り道を塞ぐ。祈りが、届かなくなる」


その朝、モリヒコは濠の縁に立っていた。

羽根を水に浮かべたが、風は吹かなかった。

森に耳を澄ますが、葉は揺れず、鳥も鳴かず、目線を下げて再び羽根をみたが動かなかった。

「風が……通らない。」


モリヒコは広場のカネへと向かった。そのそばに座り、耳を澄ませた。

音は沈黙の中にあった。 それは、祈りが届かないことを意味していた。


その頃、カネハラは山にいた。

「鉄を育てるには、火を大きくせねば。風が生まれる場所はどこだ」

小さく呟きながら、風の道を探していた。


最初は小さな煙だった。 だが、数日も経たぬうちに、木が伐られ、炉が築かれ、

山は火を食べる場所になった。


環濠の水が濁り始めた。

かつて魚が泳ぎ、鳥が羽根を洗った水。

今は黒い灰が浮かび、底が見えないほどに濁っていた。

子どもたちは、もう水辺で遊ばなくなった。


山の斜面には、須恵器を焼く窯と埴輪の工房が並んだ。

村の者は何も知らない。ただ、命令されるままに粘土を運んだ。


水が、消えた。

環濠は干上がり、泥がひび割れた。

祈りの声が弱まっていく。


山は、禿げた。

木々はなくなり、風が土を削った。

かつてはシカが来て、イノシシが田を荒らした。 それは、自然との対話だった。

今は、誰も来ない。山が沈黙した。


鳥が、いなくなった。風は吹いていたが、鳥の声はなかった。


トモリは、杭が打たれた棚田の端に立っていた。

かつて風と語る場だった。

「この場所は、祈りの場だ。囲ってしまえば、風は通らぬ」


その声に、村人たちは手を止めたが、誰も返事をしなかった。

オウの印、その意味を知らぬまま、従うことが習慣になっていた。


トモリは目を伏せて、森へ向かった。

かつてヤマノカミと祈りを交わした場所。

オウの印が刻まれた石には目を向けず、

彼は羽根をカシの木の根本に置いて言った。

「風よ、まだここにいるか」

だが葉は揺れず、風は返事をしなかった。


その頃、アマギは倉の前に立っていた。

積み上げられた鉄製の鍬をみながら言った。

「これらは、そなたらのために用意した。オウの慈悲だ」


カネハラが鍬を手にして、得意げに笑った。

それから鍬、鋤、鎌——火と鉄の炉から生まれた新しい道具が、村に配られた。


棚田には、良い水が入っていた。

鉄の鍬で耕された土は深く、稲はまっすぐに伸びた。

稲穂は重く垂れ、風に揺れて光った。

それは、鉄、オウの秩序の成果だった。


その下の環濠は、濁っていた。

流れ落ちた水に、誰も見向きもしなかった。

濁った水は、沈黙の底に沈んでいた。


モリヒコは、棚田と環濠の水を見比べた。

「行為は何かを残していく。これは正しいことなのか?」


カネハラは笑って言った。

「結果が全てだ。みな満足している」


村は、静かにけれど確かに支配が進んでいた。

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