099 アナウンスは流れない
猛烈な速度で襲う小さな鉄球を、幻惑走行――幻徒でなんとか凌いで第三の障害を抜けた俺は、すぐにモニター右下の魔力残量を確認した。
『91/125』。第三の障害だけで十二も消費した。
高速移動で『3』を消費し、その後も無理矢理に体を揺らし、強引に速度を変えて駆け抜けた。その対価が『9』の魔力――。
俺は必要経費だったと割り切り、前方に視線を向ける。シンヤさんの魔導機人が風魔法を展開し、空高く跳躍していた。壁の高さを遥かに超えている。
思わず見上げると、モニターの左半分が突然切り替わった。視線を移すと、草原を抜けたにも関わらず、背後から鉄球が迫る映像が映る。
咄嗟に超高速移動を起動すると、一瞬で景色は線となり、気づくと俺も疑似迷路の近くまで移動していた。
振り返ると無数の鉄球が地面に激突し、土煙が舞っていた。その先では、後続の機人たちが鉄球を慎重に回避しながら進んでいる。
……明確な大会本部の落ち度だが、アナウンスは流れない。
観客席の前に設置された巨大なモニターには後続の機人が映し出され、観客は誰も、俺が障害の外から鉄球を投げられたことに気づいていなかった。
作為的なものを感じるが、俺には追及する術がない。
どうせ優勝すればいいだけだ。気持ちを切り替えて前を向くと、シンヤさんが疑似迷路の中に入ろうとしていた。
俺も急いで追いつこうと走り出す。だが、モニターの左半分は後方映像が浮かんだままだ。武蔵零式は、その先に並ぶ機人たちを捉え続けていた。
◆
第三の障害を抜け、すぐにシンヤさんを探すソウガに、王国騎士が乗る機人が鉄球を放った。
明らかに故意だ。まだ草原に残る機人はたくさんいる。そちらを無視してソウガを狙うなんて、あり得ない。
思わず叫びそうになったが、彼はすぐにその場から消えた。足元を見ると、地面が抉れていた。
おそらく超高速移動を使ったのだろう。視線を第四の障害――疑似迷路に向けると、地面に激突した鉄球を見据える武蔵零式がいた。
すでにシンヤさんの魔導機人は疑似迷路に突入し、迷いなく進んでいる。さきほど風魔法を使い、遥か上空まで飛んでいたが、今は疑似迷路の中を走っている。
あまりにも淀みなく最短のルートを進むシンヤさんに首を傾げると、隣に座るナツメさんが口を開いた。
「ハンナ、おそらくシンヤさんは、さっきの大ジャンプで疑似迷路を上空から見て、その一瞬ですべてを記憶したんだ。さすが済聖光学園の首席だけはあるね。ソウガと同じ化け物だ」
肩をすくめ、わざとおどけて見せる彼女に、私は頷いて礼を述べた。学力もベアモンド学園と拮抗する済聖光学園の首席なら、納得だ。
私の見立てでは、風魔法を使った大ジャンプを繰り返し、疑似迷路の壁を超えていくと思った。だが、武蔵零式ほどではないが、他の機人も魔力を使う。
魔法を連発して魔力枯渇を起こせば、機人を操縦できなくなる。先頭を走っているシンヤさんが無理をする必要はない。
それに比べてソウガには余裕がない。すぐ後ろには他校の生徒が迫っている。移動速度で劣る武蔵零式が追いつかれるのも時間の問題だ。
ぎゅっと手を握り締める。そのとき突然、武蔵零式が遥か上空まで跳躍した。先ほどのシンヤさんを超えるほどの高度だ。
まさかソウガも、シンヤさんと同じく疑似迷路の構造を覚えるつもりだろうか。
じっと上空を見つめていると、武蔵零式は両手を広げた。次の瞬間、機体が横にずれる。どうやら風の力を使って疑似迷路を抜けるつもりのようだ。
第三の障害――鉄球が飛び交う草原を見ると、まだ他校の機人たちは抜けていない。これなら魔法で狙撃される心配はない。
素早く状況を判断し、瞬時に作戦を立て実行したソウガ。戦闘に関しては並々ならぬ才能を感じる。さすが剣機――ライガさんの息子だ。
その雄姿を見つめ、頬を染めると、ナツメさんが半目で睨んでいた。
わざと咳払いをして視線を戻す。武蔵零式が頭を下げて地面に向かって落下していく姿が目に映る。
手足を動かして風を受ける向きを変化させ、軌道を修正していく。だが、疑似迷路を超えるほどの飛距離はなさそうだった。
それでも疑似迷路の半分程度までは届いた。武蔵零式は器用に空中でくるりと回転し、壁の上に降り立った。
誰もがその異様な行動に息を呑み、観客席に沈黙を落とした。だが私は、驚くより先に胸の奥が冷えた。
そんな観客たちをよそに視線を戻すと、そこには疑似迷路を進むシンヤさんを見下ろすソウガの姿があった。
シンヤさんもすぐに気づき、壁に立つソウガを見上げる。だが、魔導砲で彼を狙うには通路が狭すぎる。
すぐに魔法での妨害が不可能だと判断したシンヤさんは、機体を駆り、疑似迷路を抜けることを優先した。
シンヤさんの攻撃がないと分かったソウガ。彼はその場から動かず、シンヤさんの魔導機人を観察している。
そして、機人が角を曲がった瞬間、ソウガも跳躍して、その先の壁に飛び移った。壁と壁の距離は六メートル。武蔵零式なら余裕だ。
再び壁に立ったソウガは、すぐにシンヤさんの機体を探し、角を曲がる姿を見つけると、その角まで走り、向こうにある壁に跳んだ。
その様子を見て、ナツメさんが苦笑いを浮かべた。
「どうやら、ソウガはシンヤさんに道案内させるようだね。ソウガの大ジャンプを見たときは、シンヤさんみたいに記憶するつもりかなと思ったけど、違ったようだ」
彼女の言葉にリュウゾウ先生と私は口元が綻ぶ。シンヤさんより、ソウガのほうが一枚上手だったようだ。
三人で軽く笑い合い、視線を戻す。シンヤさんとソウガが同時に疑似迷路を抜けるところだった。
壁の上を走っていた武蔵零式が地面に降りると、紺碧の機人と並ぶ。二メートル強と八メートル強――その機体差は歴然だった。
しかし、二体の機人は、それを感じさせない異様な圧力を放っていた。
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