093 平民の星と二人の婚約者
リュウゾウ先生たちと魔法剣『あつかけん』の扱い方を含めた打ち合わせを終え、控室で武蔵零式を装着すると、そのまま格納庫へ向かった。
機人専用の大きな門を抜けて中に入ると、大勢の注目を浴びた。
漆黒の外骨格に覆われた小型機人――武蔵零式。関節や装甲の隙間、そして目は青く光り、威圧感を出しているのか、畏怖の視線を向けられる。
隣には機人工学の第一人者のリュウゾウ先生が歩き、背後には王家に匹敵する古い歴史を持つピクセル子爵家の長女ナツメと、筆頭公爵家――キクーチェ家の才女ハンナが続く。
はっきり言って目立ち過ぎだが、誰が悪いわけではない。おそらくこの中の一人だけが入ってきても、周囲は無視することはできなかっただろう。
それが集まれば、圧倒的な存在感を放つのは仕方がないことだ。
これに王太子のヤクモが加われば、アイドルユニットも夢じゃない――そんな馬鹿なことを考えて現実逃避をしていると、クムァムーン様が脳裏に浮かぶ。
――それはフラグだもん。
俺が想像した幻影のくせに不吉なことを言いやがったので、懸命に頭の中からクムァムーン様を追い出す。
そのとき、急に声をかけられる。
「こんにちは、ソウガ君。バックアタック・マッチのときは、テッペイが絡んで申し訳なかったね。あと決勝は惜しかった――もし、あのとき俺の指示が遅れていたら、テッペイは負けていたかもしれない……」
振り返ると、癖のある黒髪を掻き上げて微笑む済聖光学園のシンヤさんの姿があった。俺は顎の付け根のボタンを二回押し、口元の装甲を開く。
「一昨日ぶりですね、シンヤさん。その格好を見ると、オブスタクルレース決勝に出場するんですか?」
シンヤさんは体操服の上からプロテクターを装備し、脇にはヘルメットを抱えていた。どう見ても操縦士の格好だった。
「ああ、そうだよ。っていうか、昨日の試合は見てなかったようだね。一応、俺も一位で通過したんだけど」
少し呆れたように告げるシンヤさん。俺は申し訳なさそうに頭を掻くと、ハンナが一歩前に出た。
「すいません、シンヤさん。あなたを侮っているわけではないんです。実は昨日の試合のあと、すぐに武蔵零式の故障が分かり、修理をしていたので、シンヤさんたちの試合を観戦することができませんでした」
ハンナはそう告げて頭を下げた。たかが観戦しなかっただけで、そこまでする必要があるとは思えなかったが、俺もそれに続いた。
「いや、二人とも謝ることじゃない。事情があるなら尚更だ。こちらこそ、理由も聞かず、申し訳なかった。
――それにしても、筆頭公爵家の令嬢であるハンナさんが平民の俺に頭を下げるとは、驚いたよ」
シンヤさんは翡翠の瞳を細め、頭を上げたハンナをじっと見つめた。その眼差しはどこか熱を帯び、俺の胸をざわつかせた。
「いえ、身分の違いで己の行動に対する責任や評価が変わるわけではありません。過ちを犯せば、平等に罰せられるべきです」
シンヤさんを射抜き、はっきりと言い切ったハンナ。だが、そこまで大袈裟に考えなくてもいいのでは――そう思ってしまう。
戸惑う俺にナツメが小声で伝える。
「シンヤさんは平民たちの希望なんだ。彼は貧しい家庭に育ちながら、済聖光学園の特待生になったんだ。そんな彼から睨まれたら、さらにソウガに敵が増える可能性があるからね」
ナツメは片目を閉じ、苦笑いを浮かべた。確かにこれまでの試合でも、俺への歓声は少なかったと思う。
観客の多くは平民だ。それを考えると彼女の言葉には説得力があった。ハンナに気を使わせたと分かり、俺もシンヤさんに謝罪する。
「すいません、シンヤさん。俺も言葉を選び、ちゃんと説明するべきでした。ハンナに謝罪させるなんて、婚約者失格ですね」
その言葉にシンヤさんの眉がわずかに上がる。その表情に首を傾げると、ナツメが口を挟む。
「本当だよね、私とハンナ――二人の美女と婚約しているんだから、もう少しちゃんとしなよ、ダーリン!」
大声で言い放つと、格納庫中に響き渡り、女性からは黄色い悲鳴が上がり、男性からは憎しみのこもった視線を向けられる。
すでに目立っていたが、さらに注目が集まり、周囲からの圧力が凄い。常人なら耐えられないが、さすが名家の令嬢である二人は平然としている。
リュウゾウ先生も年の功なのか、とくに動揺する気配はない。心穏やかではなかったのは、俺とシンヤさんだ。
俺は武蔵零式の装甲に覆われ、表情を見せずに済んだが、シンヤさんは視線を落として居心地が悪そうにしていた。
平民と田舎の騎士爵の息子――あまり境遇的には変わらないのかもしれない。俺も平民みたいなものだ。自然とシンヤさんに親近感が湧いてきた。
そのとき、リュウゾウ先生が声をかけた。
「もう、挨拶はいいだろう。すまんが、シンヤ君。こちらも整備と最終調整がしたい。続きは試合後でいいかな?」
「は、はい、リュウゾウ先生。いきなり話しかけてすいませんでした」
シンヤさんは先生に声をかけられ、緊張したのか上ずった声で返事をすると、足早に去っていった。
その背中を見つめていると、ナツメの声が届く。
「さっき、わざとシンヤさんに向かって『婚約者』って言ったでしょ? もしかして、やきもちを焼いたのかな」
揶揄うような視線を向けるナツメ。その隣では頬を染め、驚いた表情を浮かべるハンナ。二人に見つめられ、何も言えない俺。
そんな俺たちを眺めていたリュウゾウ先生は、ため息をついて武蔵零式の頭を叩く。
「いい加減にしろ、お前たち。本当に整備する時間がなくなるぞ。早く武蔵零式から出ろ、ソウガ」
先生に睨まれ、二人は慌てて俺から離れるが、顔が真っ赤に火照った俺は、すぐに武蔵零式から出ることができなかった。
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