009 王導機人
午後の授業のため校庭に出ると、すでに大勢の生徒が並んでいた。その先には、朝礼台に立つリュウゾウ先生の姿がある。
……先生は王族である俺にも臆することなく意見し、正しく導いてくれる得難い人材であり、人格者だ。
彼のおかげで、俺は慢心することなくここまで成長できた。
それにあの病気のせいで無能と呼ばれていた俺の中に、王導機人への類まれな才能を見出してくれたのも先生だ。
そんな大恩ある先生の教えを乞うため、親の反対を押し切ってこのベアモンド学園に入学した。
それなのに先生は、キクーチェ領の田舎者を庇ったせいで責任を押しつけられ、Eクラスに降格させられた。
しかも、そいつは機人に乗ることすらできない無能。機人工学の第一人者で、数少ない機人の設計から改良まで手がけられる先生とは、一切関わりのない存在だ。
リュウゾウ先生は、機人に対して優れた才能を持つ俺がいるAクラスにこそ必要だ。決して、機人に乗れない無能や魔法・勉学ができない落ちこぼれの集まるEクラスにいていい人材ではない。
俺はEクラスの列の後ろに並ぶソウガを睨みつける。一瞬、目が合ったが、ヤツは気にした様子もなく前を向いた。その仕草だけでも腹立たしい。
拳を握り込み、必死に怒りを抑え込んでいると、リュウゾウ先生が生徒たちに語りかけた。
「入学式から授業を行ってすまない。だが今は国内の情勢が不安定だ。君たちには一日でも早く国の力になってもらう必要がある。
文官や武官――目指すべき道は違えど、君たちはこの国で最も優秀な学園の生徒であり、将来は重要な役職に就く者も多いだろう。
そのためにも最低限の力が必要だ。文官といえど、絶対に戦場に出ないなどありえない。己の身は己で守らねばならない」
そこで一度、先生は生徒たちを見渡す。誰もがその言葉に大きく頷いていた。あの無能でさえも……。
皆の真剣な眼差しに満足したように、リュウゾウ先生は頷き返し、さらに言葉を続けた。
「そこで、首席で入学したヤクモと次席のハンナに模擬戦を行ってもらう。みんな、しっかりと見て学んでほしい」
そう告げてAクラスへ視線を向ける。それに応えて頷くと、俺は朝礼台まで進み、先生に宣言した。
「わかりました、微力ながら全力を尽くします。ただ、一つお願いがあります。もし可能なら、Eクラスのソウガ・アクオスと戦わせてください。彼は生身のまま機人を倒したと聞いています。これから先、機人同士の戦いはいつでも見られるでしょう。
……ですから、私を含めた生徒全員の参考になるよう、ぜひ彼と戦わせてください!」
その言葉に周囲がざわつく。ただ、ソウガとナツメ、そして模擬戦に指定されたハンナだけは、まっすぐ俺を見ていた。
騒然とする中、リュウゾウ先生がため息を吐き、口を開く。
「……ヤクモ、本気で言っているのか? お前が乗る王導機人は圧倒的な性能を誇る最高の一体だ。……それを生身の人間相手に使うなんて、誇り高いお前らしくないぞ」
尊敬する先生にまっすぐ見つめられ、思わず前言を撤回したくなる。
たしかに頭に血が上り過ぎていた。いくら卑怯な無能者が相手でも、大人げなかったかもしれない。
ここで俺が勝ったところで、先生がAクラスに戻るわけではない。あいつを懲らしめて、俺の気分が晴れるだけだ。
軽く頭を振って冷静になり、申し出を取り消そうと口を開きかけた、そのとき――ソウガが声を上げた。
「リュウゾウ先生、俺は構いませんよ。どうせ機人に乗れない俺は、これから嫌というほどこいつらと戦うことになるんだ。
なら最初に最強の機人と手合わせして、その実力を知っておきたいです。もちろん、それで大怪我しても文句はないです」
校庭にいた生徒たちが一斉にソウガを睨む。その言い草はあまりにも傲慢に聞こえた。ここにいる全員の機人をねじ伏せる――そう告げているように。
せっかく俺が冷静になり、戦いを諦めかけていたのに……今や校内の空気そのものが、あいつを許さない。
ため息をつき、リュウゾウ先生が呼び止めるのも無視して、俺は王導機人が格納された倉庫へ歩き出した。
◆
校庭の中央で待っていると、漆黒の機人が姿を現した。受験のときに見た機体と同じだ。各所に銀の装飾が施され、いかにも王族の機体らしい威容を放っている。
魔導機人と比べて装甲は厚く、右肩からは砲身が伸びていた。右手に三又の槍、左手に巨大な盾。
歩を進めるたび、関節から微かに歯車の軋む音が響く。だが重装備の見た目に反して、動きは軽快で滑らか。他の機人とは明らかに格が違っていた。
初めて動く王導機人を見て、胸が少し高鳴る。だが――これからボロボロに壊さなければならないと思うと、苦笑いが漏れた。
やがて王導機人が目の前に立つと、俺たちを囲むようにドーム型の魔法陣が展開された。これで攻撃が見学している生徒たちに届くことはない。
周囲を見渡す俺に、機人が切っ先を向ける。巨大な鉄塊が目前で止まった。
「おい、ソウガ。念のために聞くが、模擬戦を止めるつもりはないんだな? この盾には魔法無効の付与がある。さらに機体全体に魔法軽減の紋様が刻まれている。お前の魔法が通じることは、まずない」
懇切丁寧な説明をされたところで、戦いを降りる気はなかった。尊敬する両親を侮辱された怒りは、まだ胸の奥で燻っている。
たとえ勝てなくても、逃げることはできない。俺は言葉を飲み込み、ただ首を横に振った。
王導機人は矛先を収め、後ろに下がって朝礼台のリュウゾウ先生を見る。先生は小さくため息をつき、試合開始を宣言した。
次の瞬間、俺は後ろへ下がりながら魔法を発動する。
「あつか!」
轟音をあげて蒼炎が顎となって機人を襲う。しかし、突き出された盾に触れた途端、炎は霧散した。ヤクモの言葉は本当だった。
だが諦めるわけにはいかない。すぐに次の魔法を展開する。
「すーすーっす!」
極寒の疾風が機人を中心に巻き起こる。猛烈に吹き荒れる風に、かすかに魔法陣が軋み、近くにいた生徒が逃げ出す。
盾をかざそうとも、竜巻は消えず、機体を冷やし凍らせていく。――操縦席にまで冷気が浸食するのを待つだけだ。
その瞬間、肩口の砲身が赤く閃き、紅蓮の炎を吐き出した。瞬く間に竜巻は掻き消え、機体を覆っていた氷も溶けていった。
それだけでは終わらなかった。炎弾が大気を裂きながら俺に向かって迫る。とっさに魔法を詠唱した。
「ばってんが!」
目の前に透明な壁が出現し、炎弾を弾き返す。そのまま機人に轟音をあげ直撃するが、魔法軽減に阻まれ傷一つつかない。
――さすが最強と呼ばれる王導機人。魔導機人が可愛く思えるほどだ。魔法では決定打にならない。
だが肉弾戦などすれば、一瞬で肉塊にされる。どうする――。考えを巡らせていると、王導機人が槍を構え、無造作に横薙ぎに振るった。
直後、強烈な暴風が襲う。片手で振っただけ。それだけで俺は大きく吹き飛ばされた。
凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。衝撃に耐えつつ、転がりながら必死に立ち上がる。口の中に土が入り、嫌な味が広がった。
……あいつなりの手加減なのだろう。槍そのもので攻撃されたら、生身の俺は一撃で終わる。
――勝利はない。観戦する生徒たちも、そう思ったに違いない。ほとんどが見下すように笑っていた。
……その中で、ナツメだけは心配そうに見つめているのが意外だった。
本当は使いたくなかった。常人を遥かに超える魔力を持つ俺でも、数回しか発動できない魔法だ。だが――これしか勝機はない。
――ふと、俺のために金策に走り、少しでも役に立てばと我流ながらも懸命に剣術を教えてくれた親父の顔がよぎった。
瞳を閉じ、覚悟を決める。
やがて目を開くと、再び槍を構える機人が見えた――
その瞬間、俺は叫んだ。
「たいぎゃ、さむか!」
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明日 19:30ごろ、#10(単独)。




