088 聖火を断つ蒼炎の剣
ハンナが聖火魔法を発動すると火球が出現し、瞬く間に白く輝くフェニックスに変わった。
私との決闘のときより小さかったが、迫力は凄まじく、大きな翼をはためかせ、ソウガを目がけて真っすぐ突き進んだ。
直後、訓練場に突風が起きる。だが、それは温かく慈愛を帯びていた。そこに敵意はなく、むしろ好意――浄化に特化させた聖火だと察する。
思わずハンナに視線を向けると、頬を染めて俯いた。
やはり彼女はソウガに甘い。私なら中級魔法に装飾を重ねて特級以上に威力を跳ね上げ、ぶつける。
――できれば私にお願いしてほしかった。
そんなことを考えていると、ソウガの目の前に白きフェニックスが迫ってきた。刹那、彼は両腕を胸の前で交差して剣を構えると、一気に薙ぎ払った。
ザシュッ――と鋭い音が上がり、白炎のフェニックスは十字に切り裂かれ、白銀の粒子となって霧散した。
その光景に驚愕する。魔法を浄化する聖火を切り裂いた。魔法を無効化することはできない。相剋の関係でお互いを打ち消し合うだけだ。
それが常識であり、不変の真理だった。だからこそ、すべての魔法を浄化できる聖火は神の力と呼ばれ、伝説とされていた。
息を呑み、呆然と見つめる。ハンナも同じだった。ただ黙ってソウガを見つめているだけだった。
訓練場に沈黙が落ちる中、リュウゾウ先生が呟いた。
「おい、まさか今のは、魔法剣か――」
そのとき、競技場から大歓声が届いた。耳を澄ませると、オブスタクルレース第二予選のゴールを伝えるアナウンスが聞こえた。
明日の対戦相手が決まった。だが、そのことよりも常識を軽々と超えていくソウガと武蔵零式のことが、私の頭の中のすべてを占領していた。
◆
俺は蒼炎の剣を腕の装甲から伸ばす武蔵零式を見つめ、息を呑んだ。
まさか<五大>機能『火』の能力が『魔法剣』とは思いもよらなかった。だが、納得もする。伝説の原初の機人が持つ機能としては相応しい。
『魔法剣』――実体を持たず、魔力とイメージだけで構成された魔法の剣。火をイメージすれば紅蓮の刃となり、風をイメージすれば疾風の太刀となる。
――まさか原初の機人に続き、また伝説と邂逅するとは思わなかった。ソウガが現れてから、俺の中の常識が音を立てて崩れていく。
軽く頭を振り、気持ちを切り替えてソウガ――武蔵零式に視線を向ける。
「おーい、ソウガ。その剣は何をイメージして起動したんだー!」
俺が大声で叫ぶと、武蔵零式は前面の装甲を開き、中からソウガが静かに出てきた。
「えーと、おそらく炎だと思います。というか、魔力を込めて起動コードを言っただけで、イメージなんてしていません」
ソウガは手で顔を扇ぎながら歩み寄ってきた。初夏だが、ソウガは長袖長ズボンの体操着を着ているため、かなり暑そうだ。
武蔵零式は鎧のように装着する機人だ。激しく動くと装甲と接触して肌を傷つける可能性がある。そのため、なるべく露出が少ない服を着ている。
梅雨の合間の晴天。湿度は高く、気温はさらに高い。まるで重い水の膜が全身を覆っているかのような暑さだ。
ソウガは堪らず上着を乱暴に引き剥がすと、上半身が露わになった。
胸筋は鋼のように盛り上がり、肩から腕にかけての筋肉の筋が、岩絵のように深く刻まれている。
腹筋は見事なまでに六塊に彫り込まれ、腰回りには贅肉がまったくなく、引き締まっていた。
そして、その肌には、過酷な訓練を物語る無数の古傷が刻まれていた。それは肉体の強靭さだけでなく、彼の生きてきた軌跡を雄弁に語っているようだった。
男の俺が見ても惚れ惚れする肉体美。ふと隣を見やると、ハンナもナツメもその姿に目を奪われ、頬が上気していた。
ソウガが目の前まで来ると、二人とも視線を落とした。学園きっての才女と呼ばれるナツメとハンナ。だが、彼女たちも可憐な少女ということだ。
肩をすくめつつ、ソウガに尋ねる。
「ソウガ、暑いのは分かるが、落ち着いたら服を着ろ。体を冷やし過ぎるなよ。それより、起動コードと言ったが、どういうことだ?」
思考を巡らすときのいつもの癖で顎に手を当てる俺を見て、ソウガは眉を下げる。
「一応、念のために他の言葉――詠唱をしたのですが、『あつか』しか反応しませんでした。といっても『さむか』と『おもか』の二つだけですが。つまり『あつかけん』が起動する切っ掛けの言葉ということです」
その言葉に頷く。たしかに俺が目覚めさせた<五大>機能の名は『火』。炎や熱に関係する能力だと推測していた。
だが、伝承の魔法剣は、魔力とイメージを刀身に変えると伝えられている。武蔵零式の蒼炎の剣は、魔法剣ではないのかもしれない。
とはいえ、魔法を浄化する聖火を切り裂き、無効化したのだ。想像を絶する能力だ。
魔法を浄化する魔法を打ち消す剣。またひとつ極秘事項が増えた。
ちらりとナツメを見るが、まだ俯き、まともにソウガを見れていない。できれば、彼女には情報の開示のタイミングや管理について相談したい。
それにハンナにも協力を仰ぎたかった。正確には実家である筆頭公爵家――キクーチェ様の力を借りたい。
いまだにモジモジする二人にため息をつく。仕方なく俺はソウガに視線を向けて、武蔵零式を回収するように促した。
ソウガがこの場から離れると、ようやく二人は顔を上げ、その背中を見送る。そんな二人に小声で伝える。
「悪いが、二人とも。ソウガを帰したあと、付き合ってくれ。あの『魔法剣』の扱い方について意見が聞きたい。最悪、二人の実家にも力を借りるかもしれん」
その瞬間、二人は真剣な表情になり、俺の目をじっと見つめる。どうやら、ことの重大さはちゃんと理解しているようだ。
これなら『魔法剣』――その危険性について、あらためて説明する必要はなさそうだ。すぐにこれからの方針について話し合いができる。
自然と口元が綻ぶ。そのとき、再び二人が顔を真っ赤にして俯いた。振り向くと、ソウガが足早く俺たちのもとに駆け寄ってきた。
恥ずかしがるナツメとハンナ。それに気づかないソウガ。俺は三人を見やり、長いため息を吐いた。
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