087 蒼炎の剣、白炎の翼
ソウガが両手を天に突き上げて叫んだ。
『あつか、――けん!』
機械越しの声がいやにはっきりと聞こえ、耳に残った。方言魔法とは違う語感。『けん』を付けただけ――。
だが、その一語は世界の理に直接ねじ込まれたような、決定的な響きを伴っていた。
直後、武蔵零式の両腕から蒼炎が天高く迸った。それは天井を貫く勢いで伸び、強烈な閃光を放った。
思わず目を閉じてしまう。しかし、それでも瞼越しに光は網膜を焼こうとする。堪らず顔を背けた。
やがて光は収まり、静寂が訓練場に落ちる。瞳を開け、先生とナツメさんに視線を向けると、二人は呆然と立ち尽くしていた。
その視線の先を追い、驚愕する。そこには両腕の手甲から蒼炎の剣を生やした武蔵零式の姿があった。理解が追い付かず、喉の奥がひゅっと鳴った。
「ソ、ソウガ、それが<五大>機能『火』なの?」
私が震える手で蒼炎の手甲剣を指さして尋ねると、武蔵零式は青い目をこちらに向けて頷いた。
ソウガだと分かっていても、背中に冷たい汗が伝う。じっと見つめると、二つの手甲剣は実体がないのか、かすかに透けて揺らめいている。
微細な埃や土煙が刀身に触れると、小さな火花を散らし、焦げた匂いが鼻をかすめる。何も言えなくなった私に代わって、リュウゾウ先生が声をかけた。
「……ソウガ、それが『火』の機能だと分かった。ちなみに性能も分かるか?」
迂闊な発言だと制止しようとしたが、遅かった。先生も科学者だ。好奇心に負けても仕方ない。
だが、今までの経験から、またソウガは何かをやらかすに決まっている。
自然とナツメさんと目が合う。その瞬間、武蔵零式がアダマンタイトでコーティングされた壁に向かって走り出した。
最高の硬度と魔法防御を兼ね備えた壁だ。斬るどころか、小さな傷をつけることもできないはずだ。
――普通ならそう思うが、武蔵零式とソウガだ。そんな常識は捨てたほうが心の安寧のためにいい。
案の定、壁は真っ二つに斬られ、その隙間から魔法防御の魔導具を制御する機材が見えた。
私とナツメさんは肩をすくめ合った。リュウゾウ先生を見ると、目を見開いて固まっていた。
同情したいが、自業自得。ソウガに指示したのは先生だ。施設破壊の説明を含め、しっかりと反省してもらう。
いまだに唖然としている先生を尻目にソウガを見やると、声が届いた。
『おーい、ハンナ。そこから初級の聖火魔法を放ってくれー』
機械で拡張された声が訓練場に響き渡った。陽気な声色だったが、嫌な予感しかせず、思わず深いため息をついた。
◆
両手に蒼炎の剣を発現させた俺は、すぐにモニター右下の魔力残量を確認する。
『56/115』
<五大>機能『火』を起動すると同時に『10』が消費されて『61/115』になった。その後も三十秒ごとに『1』ずつ消費し続けている。
先ほど訓練場の壁を斬ったときは『58/115』だったが、一分が経過して『2』が消費された。
相変わらずの大食いだ。できれば『50』は残しておきたい。魔力残量次第で、空間魔法『なおす』が発動できず、武蔵零式を回収できなくなる。
ならば、すぐに蒼炎の剣を解除すればいいのだが、俺にはひとつ試しておきたいことがあった。
魔法防御が施され、アダマンタイトでコーティングされた強固な壁を簡単に斬った蒼炎の剣。それを見たとき、ある可能性を思いついた。
リュウゾウ先生たちのほうを振り向くと、なぜか先生は目を見開き、固まっていた。とりあえず、そのことには触れず、隣に並ぶハンナに声をかけた。
『おーい、ハンナ。そこから初級の聖火魔法を放ってくれー』
その言葉にハンナは眉を曇らせ、隣に立つナツメはこめかみに手を当て、首を横に振った。
その姿に苦笑いを浮かべた。自分でも無茶なことを頼んでいる自覚はある。
聖火魔法は人を傷つけることはないが、それはハンナが制御しているからだ。本来は火属性でもある。彼女が敵意を込めれば、業火と化す。
とはいえ、俺に敵意を向けて魔法を放つことはない。――ないと思いたい。最近、迷惑ばかりかけているから、少し自信がない。
しかし、ナツメに頼むよりはいい。あいつなら必ず初級魔法を装飾して、上級、もしくは最上級まで威力を上げた魔法を放つに違いない。
俺がハンナをじっと見つめると、彼女はため息をつきつつも、手をかざして詠唱を始めた。
「大気は炎の元となり、光と熱を放ち、敵を食い破らん。ファイヤーボール。あつか!」
その瞬間、彼女の目の前に白炎のフェニックスが現れた。威力を抑えているのか、それはナツメとの決闘で見たときより、わずかに小さかった。
やはりハンナはナツメと違い、優しかった。自然と口元が綻ぶ。ふと隣を見ると、ナツメが半目で睨んでいた。
装甲で表情は隠れているはずだが、妙に勘が鋭い。
だが、今はハンナの魔法に集中する。すでに魔力残量は『53/115』――あまり余裕はない。
『悪いが、すぐに魔法を放ってくれ。あ、あと、できれば敵意は込めないでほしい!』
少し口ごもりながらハンナにお願いすると、彼女は首を傾げた。だが、すぐに表情を引き締めて、白炎のフェニックスを飛ばした。
あまりにも真剣な表情に敵意を向けられたと思い、迫り来るフェニックスを前に冷や汗が頬を伝う。
素早く息を整え、気持ちを落ち着かせると、蒼炎の剣を構える。一瞬、父親との修行を思い出し、笑みを深めた。
――その瞬間、白炎のフェニックスに斬りかかった。
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