085 秘密の訓練場と『火』の予感
武蔵零式を装着した俺は、<五大>機能『火』を起動しかけて、ここが屋内の小さな控室だと思い出した。
おそらく大丈夫だとは思うが、それでも万が一を考えると、ここではできない。だが、屋外の人目がある場所で『火』を起動するわけにもいかない。
ナツメは部屋に入るとすぐに鍵をかけ、防音の魔導具を設置していた。それだけ秘密にしておく必要があるということだ。
最初は何を考えているのか分からない、油断できない女――そう思っていたが、俺のことをそれなりに心配しているのだと、ようやく気づいた。
ナツメが警戒しているのに、それを邪魔するような真似はしたくない。どうすべきか分からず、リュウゾウ先生に尋ねた。
『先生、この部屋で起動するのは危険かもしれません。ですが、目立つわけにはいきません。どうしましょうか……』
ノイズが混じる機械音声を聞いた先生は、長いため息をつき、俺を睨みつけた。
「ばか、ソウガ。まさかお前、ここで起動するつもりだったのか! 下手をすれば部屋が吹き飛ぶぞ。とりあえず口で説明しろ。――そのための防音だ」
怒鳴られてしまった。確かにその通りだが、ならなぜ先生は武蔵零式の装着を許したのだろうか。
<五大>機能『火』を起動せず、口で説明するだけなら装着する意味がない。そう思ったが、先生にはちゃんと考えがあると思い、口を閉じた。
とりあえず魔力消費を抑えるために、ほとんどの機能を停止し、顎の付け根のボタンを二回押して口元の装甲を開いた。
「……わかりました。俺の考えを説明しますね。まずさっき格納庫で一人でいたときですが――」
音声機能を停止した俺は、自分が考えた<五大>機能『火』の機能と、その起動方法について話し始めた。
◆
ソウガがいきなり<五大>機能『火』を起動しようとしたときは焦った。たしかに新機能が見たい気持ちが勝り、何も考えず武蔵零式の装着を許可した。
いま思えば、迂闊だったと反省する。
ソウガに、起動より先に説明するよう促した。そのとき、武蔵零式の青い目が一瞬強く光った。表情などないはずだが、抗議するような気配が滲む。
考えなしに装着を許した負い目はあるが、ごまかすようにじっと見据えると、ソウガは何も言わず、口元の装甲を開いて話し始めた。
「――あのとき、思わず方言魔法『あつか』を口にしてしまいました。魔力も込めておらず、口元の装甲も閉じていたので、発動することはありませんでした。ですが、モニターの『火』の文字が一瞬だけ点灯したんです」
ソウガの説明を聞き、やはり『火』の機能は文字通り熱や炎に関係しているのだと察する。だが、かつて武蔵零式を装着した状態でも魔法は発動した。
『火』の機能は魔法と関係があるが、魔法そのものではない。ゆえに『あつか』という言葉に反応したが、起動はしなかった。
ソウガは、魔力を込めて方言魔法『あつか』を唱えれば起動すると思っているようだが、そんな簡単な話ではない――そう俺の勘が告げる。
「わかった。とりあえず起動するか試そう。もちろん、屋外でだ。ソウガ、悪いが、次のレースの観戦は諦めてくれ。皆がレースに夢中になっている隙に起動してみよう。すぐに運営本部に行って訓練場を借りてくるから、三人は先に向かってくれ」
そう言って席を立つと、ナツメが机の上の防音の魔導具を停止して鞄にしまい、立ち上がった。
遮音の効果が切れ、歓声が届く。どうやら他の生徒たちもゴールし始めたようだ。ほどなく格納庫が騒がしくなるはずだ。
その前に訓練場に向かうため、俺たちは足早く部屋を出ると、ソウガは武蔵零式を装着したまま、静かに後に続いた。
◆
訓練場に向かう途中、格納庫を通り過ぎた。その直後、多くの機人が競技場から出てきて、格納庫へ雪崩れ込んだ。
もう少し遅かったら、彼らに見つかっていたかもしれない。
間一髪だった。冷や汗が背中を伝い、ファンから温かな空気が吹き出す。無駄に性能がいい武蔵零式に苦笑する。
背後の格納庫が騒がしくなる中、ハンナとナツメが先を歩き、俺を誘導する。武蔵零式を装着した俺の身長は二メートルを超え、二人を見下ろす。
美女二人の後ろを歩く漆黒の小型機人。なかなかシュールな光景だと思う。もし他の生徒たちに見られていたら、かなり注目されただろう。
生徒たちに見つからなくてよかった――心の底から思う。そんなことを考えている間に、競技場の隣に建てられた訓練場に着いた。
入口で待っていると、やがてリュウゾウ先生が現れる。
「待たせてすまん。あと、やはり格納庫はすごい数の機人と生徒で溢れかえっていたな。急いで控え室を出てよかったよ。少し待ってろ」
先生は扉の鍵を開け、中へと促した。まず始めに俺が入り、ナツメとハンナが続く。最後に先生が入り、内側から施錠した。
やはりかなり警戒しているのだと分かり、少しだけ緊張する。俺たちは薄暗い通路を抜けて訓練場に出た。
目の前の光景に、思わず息を呑む。そこは学園にある施設よりも広くて立派だった。
周囲の壁はアダマンタイトでコーティングされており、等間隔で魔法防壁の魔導具が埋め込まれている。ちょっとやそっとのことでは壊れることはないだろう。
これなら<五大>機能『火』がどんな機能であっても、被害が出ることはない。内容次第では、戦術の幅は広がるはずだ。
最悪、起動しなくても大丈夫だ。今でも十分に戦える。それに起動してみて、使えない機能だと判断したら、そのときは封印すればいい。
どんな結果になるか――期待と不安が交錯する。ふと先生を見やると、入口近くの壁に近づき、小さな扉を開けた。
モニターが自動的にズームする。そこにはボタンがいくつも並び、赤く点灯していた。
先生が一つずつ押していくと、すべてのボタンが緑色に変わり、周囲の壁が淡く光り出した。
その瞬間、空気がわずかに震え、モニターの数値がほんの少しだけ変化した。とはいえ、何を示す数値なのかは分からず、肩をすくめる。
「おい、ソウガ。魔法防壁も起動した。いつでも『火』を起動していいぞ。ただし、少しでも危険だと感じたら、すぐに止めろ。ナツメ、ハンナ、お前たちはこっちに来い!」
そう言って先生が手招きすると、彼女たちは慌てて走っていった。
――そぎゃん、怖がらんでもよかたい。
全力で走る二人を見て、つい方言を心の中で呟いた。とはいえ、確かに何が起きるか分からない。
俺はゆっくりと呼吸を整えると、先生たちに背を向けて手を突き出し、魔力を掌に込める。
そして、静かに呟いた。
「あつか」
刹那、モニターに『火』の文字が点滅した。
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