079 幻徒の継承、疑似迷路の前で
草原を抜け、再び先頭に立った俺の目の前に巨大な壁が立ちはだかる。第四の障害は、不規則に並んだ壁で造られた疑似迷路だ。
その名の通り、本当の迷路ではない。スタート地点はないし、ゴールも無数にある。だが、壁は選手たちを迷わせ、足止めするかのように屹立している。
スタートとゴールがある迷路なら左手の法則を使えば確実にクリアできるが、壁は途切れ途切れに立っていて難しそうだ。
ため息をつきつつ、モニターの魔力残量を確認――『80/115』と数字が浮かんでいた。
やはり、『幻徒』は魔力を消費したようだ。一気に駆け抜けた草原で経過した時間は八分――。
平常稼働なら三分で『1』が消費されるから、多く見積もっても『3』。加えて鉄球が掠って『1』が消費された。
草原に突入する前に確認した数値は『89/115』。今は『80/115』だから、『9』消費したことになり、計算より『5』多い。
この『5』が多いのか少ないのか分からないが、鉄球が掠っただけでも『1』持っていかれるのだ。
そのことを考えれば、幻徒で追加『5』なら、高い買い物ではなかったと納得する。
だが、できればここでは魔力を節約したい。簡単な方針を決めた俺は、無数の壁に囲まれた疑似迷路に足を踏み入れた。
◆
鉄球が飛び交う草原を走るソウガの姿は、以前ライガ様が見せた『幻徒』に少しだけ似ていた。
過去に一度だけ、ライガ様は父に頼まれ、近衛兵たちを指南するため屋敷に訪れたことがある。
そのときは実戦形式で行われ、我が領の選りすぐりの兵たちを翻弄していた。
ライガ様は一度の対戦で十名を相手にし、『幻徒』を駆使して的を絞らせることなく、攻撃を回避して反撃していた。
だが、あれは攻守一体となった洗練された走行法で、変則的ではあっても、幻惑するようなことはなかった――。
陽炎のように揺れながら走るソウガを見つめ、ライガ様の『幻徒』を思い出していると、鉄球が彼を目がけて飛んできた。
だが、それは朧げな武蔵零式の影をかすめただけで、当たることなく通り過ぎた。
やがて耳を劈く歓声は消え、競技場は沈黙に満ちた。そこには鉄球と機人が衝突する金属音だけが響き渡っていた。
その光景を見つめるリュウゾウ先生がごくりと唾を飲んだ。思わず振り向くと、その向こうに座るナツメさんがこちらをじっと見つめていた。
「ねえ、ハンナ。もしかしてソウガのあれが何か知っているの?」
真剣な眼差しで問いかける彼女に、私は苦笑いを浮かべた。
「……正直、分かりません。私が知っている走り方に似ていますが、あんな規格外の動きではありません」
そう告げて、幼いころに見たライガ様の『幻徒』を説明すると、顎に手を当て黙っていたリュウゾウ先生が口を開いた。
「なるほどな、少しだけわかった。多分、あれも『幻徒』だ。おそらくハンナが見たころから、ライガ殿はさらに研鑽を積み、技を昇華させたのだろう。ソウガと一緒にな。そして、武蔵零式で再現してみせた。……そう考えると辻褄が合う」
その言葉に納得する。あのころのライガ様は二十代半ば。まだ成長の途中だった。ならば、技も成長の途中だったはずだ。
改めてライガ様の底知れぬ実力に驚かされた。そして、その技を十六歳で会得したソウガにも――。
草原を颯爽と駆けるソウガに憧憬の眼差しを向け、頬が赤く染まる。そんな私を見て、先生とナツメさんは肩をすくめた。
気づかぬふりをして咳払いをすると、ソウガが草原を抜けて第四の障害――疑似迷路に向かおうとしていた。
◆
頬を染め、ソウガを見つめるハンナに苦笑いを浮かべる。
この競技で活躍すれば、それだけ学生召集に呼ばれる可能性が高くなることを分かっているのだろうか。ただ、すでに彼の魔力量は国の上層部には知られ、ほぼ召集は確定ではあるが――。
それに彼女の気持ちは、私も少しだけ分かる。規格外の魔法と、一流の戦士の動きと技。それに的確な判断力と実行力――
英雄と呼ばれた者たちが持っていた要素を兼ね備えている。しかも、それで天狗になることもない。
実際はそうならないように、私が情報を操作し、彼を誘導している。いずれ彼と結婚するのだ。今から教育はしっかりとしておいたほうがいい。躾は大事だ。
ほくそ笑む私を、リュウゾウ先生が恐ろしげに見ていた。咳払いをして表情を戻すと、ハンナを見やる。
いまだにぼうっとソウガを見つめる彼女に肩をすくめる。そのとき、大勢の機人たちが草原を抜け、疑似迷路の前に殺到した。
そして、紺碧の機体――魔導機人たちは、砲身を上に向けると、一斉に魔法を放った。
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