076 四十メートルの跳躍、沈黙の一瞬
スタートラインの斜め前に設置された信号機のライトが五つすべて点灯した。
直後、機人たちが魔燃機関を唸らせ、走り出した。爆音と地響きが轟き、土煙がもうもうと舞う中、俺はスタートラインから動くことなく、じっと見つめる。
視界と回避余地の確保。
――外側のレーンに退避していてよかった。
機体差が四倍近い機人の間にいたら、踏み潰されるか蹴り飛ばされるか――どちらも起こり得た。
直接的な物理攻撃は禁止されているが、不可抗力の場合は黙認されている。現に今も先頭を走る武導機人と聖導機人が、肩をぶつけ合って牽制している。
前例がない小型機人の参加。どんなルールが適用されるか不明だ。優勝を目指す以上、慎重にならざるを得ない。
――四位以内に入れば、決勝には出場できる。今は無理をするべきじゃない。
第一の障害――傾斜四十五度、高さ四十メートルの急勾配が続く四連の悪路。そこに向かう機人を見やると、俺も走り出した。
◆
機人たちが走り出す中、ソウガだけが離れて様子をうかがっていた。彼も踏み潰されることを警戒していたようだ。
リュウゾウ先生やナツメさんは心配はないと言っていたが、激しくぶつかっても警告されない機人たちを見て、不安は大きくなった。
土煙が舞うスタートライン。先頭の機人が最初の障害――急勾配が続く悪路に足を踏み入れたとき、ソウガはようやく走り出した。
四倍近い機体差は、進行速度に明確に表れた。常人を超える速さで駆けるソウガ。それでも、すべての機人の中で最も機動力が低い魔導機人よりも遅かった。
歩幅が違い過ぎる。遅れてスタートしたにもかかわらず、徐々に離されるソウガを見て、観客たちは笑った。
その嘲笑に喉の奥が熱くなって、息が詰まる。唇を噛みしめた。だけど、もしこの姿を国の上層部が見ていたなら、学生召集から外されるかもしれない。
しかし、すぐにそれが淡い期待だと気づかされる。
ソウガは第一の障害――急傾斜の坂に着くと、両手を地面につけてクラウチングスタートの姿勢になる。
一度、バックアタック・マッチでも見せた姿に、嫌な予感がした。刹那、地面が抉れ、砂利が跳ねた。
あのとき見せた高速移動ほどではないが、とてつもない速度で駆け上がる武蔵零式。踏み込むたびに地面が爆ぜる。
瞬く間に多くの機人を追い抜く。だが、すでに先頭グループは坂を下り、次の坂を上るために加速し始める。
ソウガに視線を戻し、驚愕する。彼は頂上に近づくにつれ、速度を上げていた。このままでは止まることができず、坂を下ることは不可能だ。
機人たちが足を止め、崖のような下り坂を下りる中、武蔵零式は猛烈な速さのまま駆け上がり――
――頂上に着いた瞬間、地面が爆発した。
地表が砕け、大量の水を含んだ土砂が崩れ落ち、坂を下りる機人たちを飲み込んだ。その光景に誰もが息を呑み、客席に静寂が落ちる。
頂部の地盤が薄く、武蔵零式の強烈な踏み込みで層がずれた。
一瞬、ソウガも土砂崩れに巻き込まれたかと思い、顔を青ざめる。だが、リュウゾウ先生が私の肩を叩き、空を指さした。
その先には大空を飛ぶソウガの姿があった。放物線を描き、宙を舞う武蔵零式は、速度と高度を落とし、次の坂の頂上に降り立った。
観客たちは沈黙したままだ。最後尾にいたソウガが、一気に先頭に立った。しかも後続を大きく引き離して。
想像を超える武蔵零式の性能に言葉を失う。
二メートル強の小型機体に武導機人並みの出力。それは頂上から頂上まで――四十メートルの跳躍も可能とした。
実際にバックアタック・マッチでも、直径百メートルのアリーナの端まで一瞬で移動してみせた。目の前で起こった光景を受け入れるしかない。
呆然と見つめる中、漆黒の小型機人――武蔵零式は二つ目の坂を滑り降りると、再び加速して一気に駆け登り、跳躍した。
気づくと、ソウガは第一の障害――四連の急勾配をあっという間にクリアしていた。
最後の坂を下りた彼は、目の前に広がる第二の障害――黒鉄の柱が乱立する鋼の森を見据えた。
◆
一気に先頭に立ったソウガに観客たちがざわめく。
「おい、あれは反則じゃないのか?」
「触れていないが、いいのか? あんなことして」
耳に届く言葉に肩をすくめる。隣に座るハンナとナツメは眉をひそませ、観客たちを睨む。気持ちは分かるが、俺は二人に注意する。
「そう睨むな、ハンナ、ナツメ。観客はルールも競技の意図も分かっていないんだ。聞き流しておけ」
その言葉に二人は渋々納得して、競技場に視線を向ける。彼女たちに苦笑いを浮かべ、観客たちを見やる。
彼らの言いたいことも分かるが、まったくもって問題ない。オブスタクルレースは自然災害や戦場を想定した障害をクリアしていく競技だ。
第一の障害も土砂崩れを起こし、選手たちにそれに対処させることを目的に設置されているはずだ。対処できなかった選手のほうに問題がある。
いまだ落ち着かない観客席にアナウンスが流れる。
<ただいまのソウガ選手の行為は問題ありません。土砂崩れも大会本部が想定した障害のひとつです>
感情のない機械音は静かに告げて彼らを黙らせた。
その光景にもう一度、俺は肩をすくめると、ハンナとナツメが笑い合った。
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