075 号砲、陽炎、青く光る瞳
バックアタック・マッチの決勝の翌日。休む間もなく、オブスタクルレースが始まった。
場所は王都北東部にある巨大な総合競技施設。軍事演習にも使われ、様々な設備が揃っている。
「いよいよ、オブスタクルレースの予選が始まるね。魔法の妨害があるから、先頭を走っていても油断はだめだよ。背後から狙われているから」
スタート地点でリュウゾウ先生と打ち合わせをしていると、ナツメが声をかけてきた。隣にはハンナもいる。なぜか彼女の表情は暗い。
「……おはよう、ナツメ。アドバイスするとは、どういう魂胆だ。俺に優勝させたくないんだろ?」
彼女は肩をすくめて苦笑し、隣のハンナはぴくりと肩を揺らす。明らかに様子がおかしい。
訝しげな表情を浮かべると、ハンナが口を開いた。
「昨日まではごめんなさい。けど、もうソウガに優勝しないで――なんて言わないから。一生懸命、応援するよ」
まっすぐ射抜かれ、息を呑む。何があったのか――と強く思う。じっと見つめ合うと、ナツメがずいっと間に入り、俺の前に立った。
「はい、はい、二人とも、そこまでだよ。すぐに試合が始まるからね。準備を急いだほうがいいよ。ねぇ、リュウゾウ先生?」
武蔵零式の最終チェックをしていた先生は顔を上げ、眉をひそめた。
「……まぁ、準備は終わっているが、たしかにもうすぐだな。ソウガ、余計なことは考えず、試合に集中しろ」
先生の様子もおかしい。気になるが、試合に集中したほうがいいのは確かだ。周囲を見渡すと、整備を終えた機人に生徒たちが次々と乗り込んでいく。
これ以上追及しても答えてはくれない。そう悟り、小さくため息をついて武蔵零式を装着する。
目の前のモニターに数値が浮かび上がる。魔力残量は『115/115』。その下の『火』はグレーアウトのままだ。
『やはり、<五大>機能の一つ『火』は起動する気配がないですね。とりあえず、この試合でいろいろと試してみます』
ノイズが混じった声が武蔵零式から発せられると、先生は頷き、ナツメたちと観客席に戻っていった。
先生たちの背中を見つめる。
ハンナとリュウゾウ先生の態度は、今も心に引っかかっているが、今はこの予選を勝ち上がる――そのことだけを考える。
拳を握りしめると、背後の排気口から熱風が漏れた。前を向き、スタートラインに並ぶ機人たちを見据えると、大きく一歩踏み出した。
そのとき、号砲を待つ機人たちが、吐息のように蒸気を上げた。
◆
ソウガが紺碧や真紅、純白の機人とともにスタートラインに着いた。直後、各校の選手たちは魔燃機関を唸らせた。
熱気で空気が陽炎のように揺らめく。
八メートルの機体が並ぶ中、二メートル強しかない漆黒の武蔵零式。多くの機人に囲まれるその姿は特別に目立った。
「バックアタック・マッチのときは気になりませんでしたが、四倍近い機体差の中にいると、踏み潰されそうで不安になりますね」
観客席に最も近い外側レーンに立つソウガを、ハンナは心配そうに見つめ、呟く。
彼女の隣に座るリュウゾウ先生が顎に手を当て、彼から視線を外さず、説明した。
「大丈夫だ、ハンナ。この競技は魔法を使った妨害はありだが、直接攻撃は禁止だ。不可抗力は仕方ないが、故意に踏み潰されることはない」
そこで言葉を切り、彼女のほうを向き、眉をひそめた。
「――ただ、ゴール前の障害は、物理攻撃も許可された戦闘地帯だ。そこだけは注意する必要がある」
その言葉にハンナは顔を青ざめる。先生も悪気があったわけではないが、もう少し言葉を選ぶべきだ。
私は大きくため息をつき、先生を半目で睨むと、彼女の肩にそっと手を置いた。
「安心して、ハンナ。オブスタクルレースは毎年、障害物の内容や配置が変わって予想はつかない。けど、ゴール直前でわざわざ足を止めて、戦闘をする馬鹿はいないと思うよ」
笑顔で告げると、彼女もかすかに笑みを浮かべて頷いた。少しだけ元気を取り戻したハンナに安堵する。
――ようやく、試合に集中できる。
そう思いながらスタートラインに視線を向ける。すでにすべての機人は腰を落とし、レースの準備はできていた。
横一列に並ぶ機人。その先に立つ信号機――五つあるライトの一つが赤く点灯した。その瞬間、競技場に歓声が轟いた。
――残り四つ。
すべてのライトが点灯したとき、レースが始まる。ひとつ灯るたびに歓声は大きくなり、耳を劈く。
最後のライトが青く灯った――刹那、歓声を打ち破るほどの爆音を立て、機人たちが走り出した。
土煙が舞う中、武蔵零式の青い目の光だけがはっきりと浮かび上がり、不敵に揺らめいていた。
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