072 控室のログ、剣機の名
私とハンナが控室に入ると、リュウゾウ先生に慰められるソウガが目に飛び込んできた。椅子に腰を落とし、床をじっと見つめている。
「……お疲れ様、ソウガ。試合は残念だったね」
本心からの言葉だ。だが、昨日、棄権してほしいとお願いしておいて、信じてくれるとは思っていなかった。
「ありがとう、ナツメ。それにハンナも。応援している姿――しっかりと見えていた。まあ、俺かテッペイかは分からんが」
ソウガは笑顔で肩をすくめる。その姿にちくりと胸が痛んだ。
――胸の奥で安堵と後ろめたさが綱引きをする。言葉が見つからず、呆然とする私。そのとき、ハンナが口を開いた。
「もちろん、ソウガを応援してたよ、私もナツメさんも。昨日はあんなことを言って、ごめんなさい」
ソウガに謝るハンナは唇を噛み、寂しげな表情を浮かべる。その肩にそっと手を置く。
「そうだよ、ソウガ。棄権してほしいと言ったし、正直、今はほっとしている。だけど、君が負けて喜ぶことなんて、絶対にない」
私はソウガを真っすぐに見つめ、言い放った。
「……悪い、二人とも。嫌な言い方をした。本当にありがとう、応援してくれて」
ソウガの金色の瞳がわずかに影る。彼は静かに立ち上がり、私たちに向かって深く頭を下げた。
「……三人とも、話は落ち着いたな。とりあえず、座れ」
ずっと黙って様子を見ていたリュウゾウ先生が私たちに声をかけた。先生は頭を掻きながら、椅子に腰を落とした。
私たちが席に着くと、先生は手に持つバインダーに視線を落とす。
「ソウガ、ひとつ確認する。ログを見ていて気づいたが、試合の後半の魔力消費が格段によくなっている。なにかしたか?」
視線を戻し、ソウガを見つめる先生。彼は苦笑して答えた。
「とくに大したことはしていませんよ。ただ、親父から教わった武術を武蔵零式でそのままやっただけです。
今まではただ殴って蹴っていましたが、指先やつま先まで意識して動きました」
その言葉に、機人で神技のような剣技を再現する達人の話がよぎった。まさかと思ったが、念のために確認する。
「ちょっと、教えてほしいんだけど。ソウガのお父様の名前って、ライガ・アクオスだよね?」
「ああ、そうだ。っていうか、お前、婚約しておいて、相手の父親の名前もちゃんと覚えてないのか?」
もちろん、覚えている。ただ、あのときは武蔵零式の調査と婚約の根回しで、詳しく彼の家族を調査する時間がなかった。
ライガ・アクオス――やはり、その名が引っかかった。
彼の父はシースイ町を治める騎士。たしかハンナの父――タケミツ公に剣の実力を認められ、叙されたと聞く。
手元にある情報はそれだけだ。気になる理由が分からない。物思いにふける私にハンナが声をかける。
「ナツメさん、ライガ様のことをご存知ないのですね。あの方は若いころ、ソロでA級まで登り詰めた元冒険者です。
加えて、想像を絶する操縦技術を持ち、神憑り的な剣技を機人で再現してみせた剣豪です」
少し自慢げに話す彼女に苦笑いを浮かべていたが、最後の言葉で驚きに変わる。
たしか王都の冒険者ギルドに颯爽と現れた若き剣の天才の名もライガだったはずだ。彼はその実力で瞬く間にソロでA級まで駆け上った。
そして、彼が乗る機人は、性能以上の能力を発揮した。
昔、行われたギルド主催の<武威祭>で、彼が清正三式で上位機種の一式を圧倒したことは伝説として、今も語り継がれている――。
突然知らされた事実に呆然とする。だが、心配そうに見つめるハンナに気づくと、私は気持ちを落ち着かせ、彼女に笑顔を向ける。
「なるほどね、ソウガの強さは父親譲りってことだね。いろいろと納得がいったよ。ハンナ、ありがとう」
彼女も笑顔を返すと、私たちの会話をじっと聞いていた先生が、ため息をついた。
「ふう、魔力消費が急によくなった理由はわかった。しかし、お前があの『剣機』――ライガの息子とは驚いたよ」
そう言って、バインダーを放り投げる。それは机を滑り、私たちのもとで止まった。
自然と視線が落ち、バインダーの一枚が目に入る。その瞬間、息を呑む。その衝撃的な内容に――。
思わず、リュウゾウ先生に視線を向けると、先生は真剣な表情で深く頷いた。
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