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方言だけ最強。機人×魔法の学園で逆転  作者: 黒鍵


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007 「ホウゲン」

 項垂れるソウガを見つめる。拳は膝の上で固く結ばれていた。常識を知らない少年だとは思っていたが、ここまでとは予想していなかった。


 しかし、キクーチェ公爵領の出身だと聞けば納得もいく。


 あの領主と現王には確執がある。武光七翼を女性だけにすると宣言したときも、諸公爵の中でただ一人反対した。


 意図的に領内での布告を禁じたのだろう。あまりにも不憫に思う。だが、かつてのように男女を問わず誰もが目指せる時代であれば――。


 間違いなく一翼を担えたはずだ。それだけの潜在能力を持っている。


 機人を圧倒するほどの魔法の使い手だ。それに試合で見せた動きは鋭く、武術もかなり嗜んでいることがわかった。


 ――もしも機人に乗ることができれば、七翼の中でも最高位とされる『光翼』にすら届き得る。


 この時代でなければ。せめて機人に乗ることさえできれば。いくつもの理不尽が、ソウガの前に立ちはだかっている。


 まるで世界そのものが、あいつを試しているかのように――。


 そう思うと胸を締めつけられ、気づけば拳を握り込んでいた。そして、いまだ視線を落とす少年を、俺はじっと見つめ続けた。





 午前中の授業は結局、何一つ頭に入ってこなかった。


 といっても、中学生レベルの数学と、すでに知っている魔法の基礎理論の二つだけだったので、正直受ける必要はなかった。


 呆然と教室の後ろの席から、生徒たちの背中を眺めていると、授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。


 多くの生徒が教室から食堂へと出ていく。学園の七割は騎士爵以上の貴族の子息や令嬢で、ほとんどが王都出身だ。


 俺のように田舎から親元を離れて入学する者は少ない。各領地にも学園はあり、それなりの授業は受けられるからだ。


 しかも、地元で就職したり家を継ぐなら、領内の学園に通った方が有利だし、人脈づくりにも役立つ。


 だが、俺は親父の騎士爵を継ぐつもりはない。次男のイルガに譲ってある。父が目指した武光七翼になると決め、両親ともそう約束した。


 それがベアモンド学園に入学する条件でもあった。……入学初日から、その約束を果たすのは厳しくなったが。


 むしろ現状では不可能と言ってもいい。現王が『女性に限る』という規則を改めるか、逝去して新たな王が即位するか――そのどちらかに賭けるしかない。


 自分の夢なのに、他力本願な状況に深いため息をついた。自然と視線は下を向く。木目がはっきりと浮かぶ机を見つめていると、声をかけられた。


「ねえ、君は食堂に行かないの? 早く行かないとなくなっちゃうよ」


 その声に顔を上げると、黒髪を肩口で切り揃えた碧眼の美少女が微笑んでいた。ぼっち確定だと思っていた俺の前に、いきなりラブコメ展開が降ってきてパニックになる。


 俺が何と答えようか迷っていると、彼女は言葉を続けた。


「もしかして、お弁当を持ってきてるの? なら、私と同じだね。もし良かったら一緒に食べない?」


 思いがけない誘いに頷きかける。だが、嫌な予感が胸をかすめ、まずは名前を聞いてみることにした。


「ええと、申し出は嬉しいですが、まずはお名前を教えてもらってもよいでしょうか? すいません、先ほどはあまりにもショックで、クラスメイトの名前を覚える余裕がなくて……」


 俺が頭を掻きながら詫びると、彼女は一瞬目を丸くし、すぐに吹き出した。その姿に少しムッとすると、彼女は両手を合わせて頭を下げた。


「ごめん、ごめん。君の言葉で、ついさっきのことを思い出しちゃって。ふう、落ち着いた。私の名前だよね。私はナツメ。ナツメ・ピクセルだよ。よろしくね、ソウガ君!」


 ナツメ・ピクセル――ピクセル家といえば、文豪を多く輩出してきた王都の貴族だ。たしか子爵位だったと思うが、歴史は古く由緒正しい。


 地方の侯爵家よりも権威があり、王家からの信頼も厚いと聞く。ほとんど貴族社会に興味のない俺ですら知っているほどの名門だ。


 そんな令嬢が、わざわざ俺に声をかけてくる――やはり気になる。陰謀や罠とまでは言わないが、裏がありそうで怖い。


 僅かに眉をひそめた俺に気づき、彼女は笑う。そして真剣な表情になると、静かに告げた。


「実はね、君が魔法を使うときに詠唱していた言葉が気になったんだ。あれ、『ホウゲン』だよね?」


 今までの天真爛漫な雰囲気は消え、微かな殺気すら漂わせるナツメ。その姿は、名門貴族の令嬢にふさわしい迫力を帯びていた。


 ――やっぱり、俺の勘は当たっていた。仲良くなりたくて近づいてきたわけじゃない。


 こんな美少女が、俺みたいな平凡な容姿の男に興味を持つはずがない。少しでもときめいた自分に腹が立つ。


 小さく息を吐き、彼女の目をじっと見つめる。紺碧の瞳がまっすぐ俺を射抜いた。嘘も言い逃れもできそうにない。


 もう一度大きく息を吐き出し、声を落として低く言った。


「それが、どぎゃんかしたと?」


 俺の放った方言に、彼女はキョトンと首を傾げた。俺も同じように首を傾げる。さっき、彼女は『ホウゲン』と言ったはずだ。


 ならばと思い、前世のトラウマに耐えながら美少女の前で方言を口にしたのに、無反応だった。


 ――いや、今は得体の知れない言葉を口にした俺を、怖がっているようにも見える。


 彼女の問いかけに答えたつもりが、逆に恐れられている現状に、怒りがこみ上げてきた。俺は鋭く睨み、怒りゆえに冷たく問いただす。


「失礼ですが、貴女が『ホウゲン』って仰ったから使ったんです。それなのに、その態度は何ですか。正直、不愉快です。僕は別の場所で食事をします」


 そう言って弁当の入った鞄を持ち、立ち上がろうとした。そのとき、彼女が手を伸ばして俺の腕を掴み、引き留めた。


「ご、ごめん。いきなり全然知らない言葉で話すから、ビックリしちゃって。っていうか、それも『ホウゲン』なの?」


 彼女は真剣に謝罪した。その様子に、少しだけ怒りは収まる。そして、どうやら彼女は方言について、あまり知らないらしい。


 どこまで知っているのか確かめる必要がある。もし彼女も方言を理解しているなら、あの規格外の魔法を扱える可能性がある。


 そう思った俺は、彼女の謝罪を受け入れ、一緒に昼食をすることにした。





 目の前に座り、弁当を食べる黒髪の少年――ソウガ君を見つめる。


 私は、たまたま試験会場で見かけた彼が気になり、後を追った。その先で目にしたのは、生身のまま魔導機人を圧倒する姿だった。


 あの平凡な顔から、どうしてあんな異質な魔法が生まれるのか、不思議だった。


 私も魔法には自信がある。上級魔法もいくつか習得している。だが、彼が見せた魔法は、どれもが特級すら超えていた。


 しかも、その詠唱はどれも短く、意味不明なものばかり。ただ――昔、ご先祖様が書いた小説に出てきた台詞に響きが似ていた。


 その小説では、その言葉を『ホウゲン』と呼んでいた。あくまでフィクションであり、想像上の言葉にすぎない。


 だが、なぜか現実にも存在するのではと思わせた。


 あの試合の光景と言葉は、ずっと胸の奥に残っている。彼が合格してEクラスになったと知った私は、すぐに学園に連絡し、Aクラスからの転属を希望した。


 不機嫌そうに弁当を口にする彼を見ながら、私は再びあの試合の魔法を思い返し、自らの夢を馳せる。


 文豪を多く輩出する家だが、私は興味がなかった。将来は武官となり、魔法を極め、武光七翼の魔翼になると決めている。


 そんな私だが、ご先祖様が遺したあの小説だけは好きだった。だからこそ、彼の独特の詠唱文と、その力に魅かれたのだろう。


 目を細め見つめていると、食事を終えたソウガ君が、金色の瞳で私を見据える。平凡だと思っていた顔は、近くで見ると精悍で、それなりに整っていた。


 無造作に伸ばした髪が邪魔をして気づかなかっただけだ。少しだけ目を奪われ、ぼうっとしていると、彼が声をかけてきた。


「それで、なぜ貴女は『ホウゲン』なんて聞いてきたんですか?」


 まだ警戒しているのか、その声音は冷たく、距離を感じさせた。さっき詰問するような態度をとってしまったことを、少し後悔する。


 ……自分で言うのもなんだが、容姿には自信がある。多くの貴族の子息から迫られることも珍しくない。


 そんな私に素っ気ない態度をとる彼に、また別の興味が湧いてきた。私が異性を意識するとは――自分でも驚く。


 いつまでも答えない私に痺れを切らしたのか、ソウガ君は無言で席を立とうとする。私は軽く苦笑し、口を開きかけた。


 ――そのとき、教室の扉が開き、一人の少年が颯爽とこちらへ歩み寄ってきた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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明日(金)19:30ごろ、#8–#9 公開。

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