068 『火』の兆し
決勝当日。昨日の魔力枯渇のせいで深く眠ってしまった。時計を見ると十時を過ぎていた。だが、試合開始は正午。ゆっくり準備しても間に合う。
身支度を整えながら、意識を内に向ける。やはり魔力は増えていた。体感で一割ほど上がっている気がする。
これなら武蔵零式の稼働で『1』消費するまでの時間が三分から四分に伸びるかもしれない。
――あるいはメーター自体が『100』から『110』に変化するのだろうか。
すぐに確認したい俺は急いで朝食を済ませると、足早に家を出た。
――――――――――――
アリーナに着くと、大勢の人だかりができていた。さすが決勝戦。観客の数もすごい。入口近くには「満員御礼」と書かれた大きな立て札がかかっていた。
――前世の高校総体とは違い、収益も目的の一つだと実感する。
人垣を避け、関係者用入口から中に入ると、控室に急いで向かった。
「おはようございます、リュウゾウ先生! 整備はどうですか?」
すでに先生は控室におり、ソファに腰を下ろし、眉間を指で揉みほぐしていた。その姿に首を傾げる。
「どうしたんですか、先生。すごく疲れているように見えますが……」
「ああ、お前のせいで、昨日からずっとここにいるよ」
意味が分からず、もう一度首を傾げると、不機嫌そうに先生が説明してくれた。
昨日、俺が帰ったあと、武蔵零式を運び出そうと小型の魔導リフトで持ち上げようとしたが、びくともしなかったらしい。
機人用や大型の魔導リフトなら運ぶことはできたが、控室に入れることは不可能。
結局、先生は諦めて昨夜、武蔵零式と一緒にいたとのことだ。
「そうでしたか、すいません。そんなに重いとは知りませんでした。装着したことしかないので」
深々と頭を下げると、先生はため息をつき、バインダーで俺の頭を軽く叩いた。
「まあ、いい。次からはこいつを収納する魔力も残しておけよ。あと、ログを見て気になったことがある」
先生は肩をすくめて注意すると、バインダーの紙をめくり、視線を落とす。
「ああ、ここだ。見てくれ、ソウガ。『火』の文字があるだろ。一瞬だが、解放した機能が動いた証拠だ。お前、ダイニの試合で何かしたか?」
昨日の試合を思い返し、首を捻った。特別なことはしていないはずだ。高速移動と最大出力の正拳突きだけだ。
試合中にモニターも確認したが、変化はなかった。試合開始から終了まで、記憶を辿るが、思い当たらない。
正直、最後のほうは魔力枯渇寸前で意識は朦朧としていた。
「すいません、見当がつきません。あのときはかなり疲れていて、はっきりと覚えていないんです」
その答えに先生は頷くと、ソファに横になった。
「わかった。何か思い出したら教えてくれ。俺はしばらく仮眠をとるからな。それまで誰も控室には入れるな。それが教師をこき使ったお前の罰だ」
それだけ告げると先生はバインダーを机に放り、目を閉じた。
◆
――決勝戦。相手はベアモンド学園のソウガ・アクオス。一年生ながら代表に選ばれ、機人開発の第一人者・リュウゾウさんの試作機――小型機人に乗る風雲児。
<聖騎士>の才能を持つ俺から見ても、あいつは異常だ。
操縦というより、身体そのものを動かす機体。慣れるのは簡単かもしれない。だが、あのスピードに感覚が追いつくのは至難の業だ。
――その感覚に、たった三試合で適応してみせた。
準決勝の戦い方は、まさに迅速果断。壁際まで下がり守りに徹する相手に、足元まで潜り込み、猛烈な正拳突きで勝負を決めた。
久しぶりの好敵手に身震いする。魔法禁止の競技――<聖剣>が使えないのが惜しい。
全力が出せないことを、少し悔しく思いながらアリーナ中央でソウガの入場を待つ。
やがて歓声がしぼむ。操縦席のモニターを見ると、入場門が開き、漆黒の小型機人が歩いてくる。
観客席に視線を流し、苦笑する。誰もが、圧倒的な気配をまとったソウガに口を閉ざしていた。
本能が危険を知るとき、人は声を失う。
だが、俺はその強者の気配に、自然と口角が上がる。
あいつがアリーナ中央に着くころには、歓声はなくなっていた。じっと見つめ合う俺たち。武蔵零式の目が青く光った――
そのとき、試合開始のアナウンスが響き渡った。
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