063 雨に消える歓声
メリークリスマスイブ!
――俺の勝利を告げるアナウンスが流れた。
大智学園の機人の背から飛び降り、眼前のモニター右下の魔力残量を確認する。『65/100』――思った以上に減っていた。
特に近距離の高速移動は『10』も使った。急加速で『5』、急停止でも『5』を消費した。
だが、納得している。亜音速から一瞬で止まり、しかも体に大きな負荷や衝撃は感じなかった。それで魔力消費が『10』なら割がいい。
武蔵零式の性能に驚嘆しつつ、先ほどの試合を思い返す。
戦闘時間は約十五分。通常の高速移動が四回と近距離が一回だった。それで魔力消費が『35』――計算が合う。
二回の実戦を経験し、消費と操作――二つの感覚を掴んだ。
残量は約三分の二。ポーションで回復できる。午後の準決勝は万全の態勢で臨めそうだ。
次戦へ向けて思考を巡らせながら、静まり返ったアリーナを歩く。一回戦と違い、歓声も拍手も起きない。少し目立ち過ぎたのかもしれない。
反省しつつ歩を進めると、出口で待つリュウゾウ先生が目に入った。顎の付け根のスイッチを二回押し、顔の下半分の装甲を開く。
「すみません、リュウゾウ先生。やり過ぎました。また、変な噂がたちそうです」
先生は観客席を見渡して肩をすくめた。
「まあ、仕方ないさ。手加減できる相手じゃなかった。それに武蔵零式は稼働だけでも魔力を消費する。短期決戦にならざるを得なかったのは分かる。とりあえず、他校の目がある。控室に戻るぞ」
その言葉に視線を上げると、観客席からカメラを向ける生徒たちが見えた。そんなに探られても、出てくるものはない。
解除した機能も使えないのだ。もし何か分かったら、ぜひ教えてほしい――意地の悪い考えがよぎる。
せっかく勝利したが、祝福のない観客の態度に心がささくれたようだ。頭を軽く振り、ため息をつくと、リュウゾウ先生の後を追った。
天蓋を叩く雨が、遅れて耳に戻ってきた。――勝ったのに、祝福の音じゃなかった。
◆
ナツメさんの友人に呼ばれ、アリーナの外へ出た。本当はソウガに祝福を言いたかったが、緊急の用事らしく諦めた。
小雨の中を歩く。やがて目の前に一台の魔導車が見えてきた。先端の紋章はピクセル家のものだ。
あの車にナツメさんが乗っているのか尋ねようと振り向くと、彼女の友人の姿はなかった。
気配の消し方から、ただの友人ではないと察する。眉を曇らせて車の前に立つと、助手席の扉が開き、壮年の男性が降りてきた。
「初めまして、ハンナ様。ピクセル家で執事をしております、テイオと申します。中でナツメ様がお待ちです。どうぞ」
彼が頭を下げ、ドアを開けると、私は傘を預けて中へ入った。
助手席側に背を向けて座るナツメさん。私が向かい合うように腰を落とすと、静かに口を開いた。
「いきなり呼び出してすまない。すぐに話をしたいけど、少し待ってほしい」
彼女が軽く頭を下げると、魔導車はゆっくりと進み出した。窓の外の風景が流れ始めると、ナツメさんは大きく息を吐いた。
「ふう、これで大丈夫かな。会場の周辺を回って、尾行されていないことは確認している。雨とはいえ多くの観客や出店が出ている。この騒音の中、盗聴の心配はない。ようやく、ゆっくりと話せるよ」
ナツメさんは肩をすくめ、笑みを浮かべた。少しだけいつもの調子に戻ったようだ。笑みを返して尋ねる。
「それで、ご用件は何ですか?」
一瞬で彼女の表情が険しくなる。悪い予感しかしない。これだけの厳重な警戒――間違いなくソウガのことだ。
彼女とは決闘の後、親交を深めている。恋のライバルだが、ソウガを案じる気持ちは一緒だった。方向性は違うが、今は問題ない。
ソウガが危険に巻き込まれたときに協力するか、決別するか――それはその時に決める。
口を閉ざしたままのナツメさんをじっと見つめると、彼女はまっすぐ視線を合わせ、話し始めた。
「――――これが、昨日、父さんから聞いた話のすべてだよ。コイズミ陛下が何を考えているか分からない。学生を内乱の鎮圧に向かわせるなんて」
必死に理解しようとするが、頭が追いつかない。反乱を鎮圧するために学生を召集するのは、これまでの歴史にもない暴挙だ。
めまいを覚え、不敬にも陛下の乱心を考える。けれど、まずはソウガが召集されないための対策を立てることが最優先だ。
頬を軽く叩いて顔を上げると、ナツメさんと視線が重なる。危惧することも、やるべきことも同じだ。
――優勝者は直接、陛下から祝辞をいただける。そこで目に留まれば、否応なしに召集の対象になる。
私は深く息を吸いこみ、彼女に向かってはっきりと告げる。
「貴重な情報、ありがとうございます。私に伝えた意図も理解しました。どんな協力も惜しみません。――絶対に、ソウガの優勝を阻止しましょう」
ナツメさんが大きく頷くと、私は手を差し出した。自然と固く握手を交わす――その瞬間、窓を叩く雨音が激しくなった。
目を向けると、外の景色は水で塗りつぶされ、車室はざわめく静寂に押し込められた。さっきまでのソウガへの祝福の思いが、一瞬で後悔に変わった。
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