061 赤の剣と通信の声
バックアタック・マッチの二回戦がいよいよ始まる。総体初日の昨日、俺とクムァ工の対戦終了後、各地のアリーナでも一回戦が行われていた。
王都には三十以上の学園があり、総体には全校が参加している。だが、この競技はルール上、魔法を専攻する生徒や専門学校は参加していない。
約半分――十六校が参加し、一回戦を勝ち上がったのは八校。この試合に勝てばベスト4。そして午後の準決勝に勝てば、いよいよ明日は決勝だ。
――武光七翼への道が、わずかに見えてきた。必ずコイズミ陛下と謁見し、女性限定の制度撤廃を訴えてやる。
そう決意してアリーナに入場すると、昨日と変わらず大きな歓声が上がった。観客の熱気を浴びながら、まっすぐ前を見据えて歩く。
中央の試合開始線の前で立ち止まり、見上げる。そこには細身の剣を両手に持った清正三式が立っていた。
巨大な深紅の機体に圧倒されそうになる。だが、昨日の勝利が自信に繋がっている。背中を冷たい汗は伝うが、気後れすることはない。正面から射抜く。
すでに俺も武蔵零式を装着している。モニター右下の魔導残量は『100/100』。その上に『火』の文字がグレーアウトしている。
<五大>機能の一つ『火』。リュウゾウ先生によって機能は解放されたが、詳細な内容も起動方法も分からず、使うことはできなかった。
念のために安全装置は解除せず、出力も最小限になっている。結局、解読できたのは設定項目のさわりだけだと分かった。
――あの女に、また頼らないといけないのか。
起動できないと分かった途端、先生は呟き、眉を曇らせた。古代文字に精通している知り合い――苦手のようだ。
その後、先生はため息をつきつつ、胸の装甲の裏にある小さなインジケーターを確かめ、ダイヤルやボタンを動かして調整していた。
先生がそこまで嫌がる相手とは――少しだけ興味を持った。
深紅の清正三式を見上げながら、つい控室のことを思い返していた。小さく頭を振り、気持ちを切り替える。
再び機人を見据えると、試合開始のアナウンスがアリーナに響き渡った。
◆
ソウガの試合が始まった。相手は、大智学園――通称はダイチ。上流貴族や富豪の子息が多く通う学校だ。
昔は女学園だったらしいが、学長が変わって共学に移行したようだ。今はわずかに男子生徒が多いと聞く。
アリーナの中央で対峙するソウガと深紅の機人を見つめると、わずかに鉄の匂いが届き、思わず眉をひそめた。
不安がにじみ、昨日、父に告げられた言葉がよみがえる。
――反乱鎮圧のための学生招集。
まさか陛下が、そのような暴挙に出るとは信じられない。賢王と敬われていたころもあったが、いまや暴君だ。
未来ある若者を戦場に送り出す――あってはならないことだ。それが国を守るためではなく、内乱ならなおさらだ。国の乱れは大人たちの責任だ。
強い思いで徹夜し、本を読みあさり、回避策を探したが、見つけることはできなかった。気がつけば日が昇り、ソウガの試合まで、あとわずかとなっていた。
急いで支度をしてアリーナに向かったが、間に合わなかった。すでに入場は済み、彼はダイチの機人と対峙していた。
事前に「目立つな」とだけでも注意したかった。早期の決着――挑発も派手さも要らない。求めるのは勝利という結果だけだ。
だけど、本当なら棄権してほしい。招集されれば、間違いなく彼は最前線に配置される。
不安が胸をかすめ、ハンナと情報の共有ができていないことに気づく。急いで探すと、チサトさんたち生徒会役員と一緒だった。
チサトさんたちがいる前で話すことはできない。無理にハンナだけを呼べば怪しまれ、下手をすると情報が漏れる可能性もある。
試合後、信頼できる配下の子を回して、さりげなくハンナだけ呼び出す。手段はいくらでもある。気持ちを落ち着かせ、アリーナに視線を向けた。
機人と対峙するソウガを見て、唇を噛む。だが今、できることはない。とにかく、この試合で彼が目立たぬことだけを祈った。
◆
試合開始のアナウンスが流れると同時に仕掛けた。高速移動で一気に背面へ滑り込む。魔力残量は『95/100』。
一瞬で『5』も消費したが、目の前にがら空きの機人の背中が見える。マスクの下、ほくそ笑む。
思いきり踏み込むと、歯車がきしみ、甲高い駆動音が鳴る。次の瞬間、機人の背後に飛び蹴りを放った。
一直線に向かう。相手は気づいていないようだ。大会記録をさらに更新するかと思い笑みを浮かべた――その瞬間、機人は背を向けたまま、剣を突き出した。
見えていないはず――だが、正確にこちらを捉えていた。
空中の俺には回避不能。とっさに背中に意識を集中しても、翼は展開しない。やはり機能は死んでいる。
目の前に迫る切っ先。無我夢中で拳を突き出す。
ガキンッ――金属同士の衝突音が響き渡る。武蔵零式の拳は正確に清正三式の細剣を捉え、軌道を逸らせた。
なんとか斬撃を回避した俺は、もう一度、高速移動で距離を取る。魔力残量は『89/100』。
落ち着いて考える。完全な死角からの攻撃だった。なぜ相手はこちらの位置が分かったのか。
首を傾げながら観客席を見渡すと、通信機を持ち必死に叫ぶ生徒を見つける。あの制服は大智学園のものだ。
理由が分かり、肩をすくめる。正直、そんな大層なものではない。監督席からのサポートだ。
別に卑怯でも違反でもない。監督席には一名の生徒の同席が許される。出場選手の交代要員だ。
万が一、試合中に選手が怪我をした場合、その生徒が代役を務める。そのため試合を近くで見ておく必要がある。
対戦相手の癖や戦い方を監督の隣で見て、指示や助言をもらうためだ。でなければ、いきなり交代しても不利になる。
それに味方の選手同士の通信も許されている。とはいっても、あれほど正確な指示を出せる生徒がいることに驚嘆する。隣の高齢の監督は黙ったままだ。
おそらく、あの老人は監督とは名ばかりで、実質、あの生徒が監督なのだろう。
機人の性能だけが勝敗を決めるわけではない。なかなか奥が深い。自然と口元がほころぶ。
――ならば、こちらは力で押し切る。
構えを解いて無防備になり、俺はゆっくりと深紅の機人に近づいていった。
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