057 称賛と畏れ
勝ちを宣言され、短く息を吐く。武蔵零式の中、眼前のモニターに浮かぶ数値に異常はない。
――とはいっても、分かるのは魔力残量くらいだ。黄色や赤に変わっていないか確認しただけ。ちなみに魔力残量は『88/100』、消費量は『12』。
高速移動で『5』を二回、計『10』。戦闘は六分、そのあいだの減少は『2』――つまり基礎消費は三分で『1』だ。
魔石を装填する前は、一歩動かすだけで膨大な魔力を吸い取られた。だが今は長時間の稼働が可能だ。無茶をしなければ四時間程度は問題ない。
これなら明日の二回戦――勝てば準々決勝。二試合なら十分に戦える。外骨格を展開し、武蔵零式から外へ出る。
刹那、アリーナが揺れた。鼓膜が破れそうな歓声が轟く。予想外の反応に呆然とする。やがて見渡せば、多くの観客が立ち上がり、手を叩いている。
初めて受ける称賛の嵐に、全身が粟立つ。もちろん、前世でもなかった。思わず両親の顔がよぎる。前世と今世――面影が二層に重なり、区別がつかない。
ただ、どちらとも断じることなく、愛惜にも似た透明な感情を噛み締めた。
◆
想像通り――ではなかったが、計算通り圧勝してみせた。これで、学内でのソウガの評価は覆る。だが、性能を見せすぎた。
周囲を見やると、大勢が賛辞を送っている。轟く歓声は熱いが、ほとんどの視線は冷たい。
――称賛と、畏れだ。
彼の人となりを知らない観客からすれば、底知れない化け物。そう見えても仕方がない。いつも一緒にいる私でさえ、かすかに寒気を覚えた。
バックアタック・マッチの平均戦闘時間は三十分。それをたった六分で終わらせたのだ。当然の反応かもしれない。
歓声を浴びるソウガを見つめる。初めての経験なのか、目が潤んでいた。規格外の力を持つ彼が見せた年相応の姿に、自然と口元が綻ぶ。
隣を見るとハンナも涙ぐんでいた。彼が正当に評価されたことが嬉しいのだろう。その表情に、少しだけ胸が苦しくなる。彼女の方が付き合いが長い――
――嫉妬だ。指先が少し冷えた。
「どうしたんですか、ナツメさん?」
眉を下げ、唇を噛む私を心配そうに見つめるハンナ。
――らしくない。肩をすくめる。ちょうどそのとき、観客の声が収まった。ふと視線を上げると、空間魔法で武蔵零式を格納するソウガが目に入る。
相変わらず空気を読まない。初めて見る魔法に、全員が息を呑む。ハンナに笑顔を向け、二人で彼のもとへ向かった。
◆
空間魔法「なおす」を前に、アリーナは静まり返っていた。人波を縫って歩き、ソウガのもとに着くと、ナツメさんがため息まじりに注意した。
「お疲れ様、ソウガ。でも、ちょっとやり過ぎだね。たぶん、このバックアタック・マッチの大会記録だよ。あと、魔法もあまり見せないほうがいい。
――各領の貴族たちも見ている。無駄な争いに巻き込まれたくないだろう」
そのとき、審判長席からかすかな声が届いた。仰ぎ見ると、記録員らしき大人たちが『六分……本当に六分か?』と繰り返している。
たしかに衝撃を受けただろう。初めて見る空間魔法。そこから現れた漆黒の小型機人。そして、恐るべき性能に――。
だけど、私は嬉しかった。
総体ではソウガが目立たないよう配慮してきたが、一方で認めてもらいたい気持ちもあった。
相反する想い。だが、彼が圧倒的な力で勝利する姿を見て、一気に傾いた。やはり、ソウガの力を知ってもらいたい。
また涙が出そうになった。ナツメさんが苦笑いを浮かべ、こちらを見る。必死に堪えながら、ソウガを祝福する。
「おめでとう、ソウガ。すごく強かったです。魔法だけじゃない――学園のみんなも分かってくれたと思います。これなら優勝できそうですね」
そう言って笑顔を向けると、ソウガも返す。
「ありがとう、ハンナ、ナツメ。二人とも応援してくれて、嬉しかった。あと、魔法には気をつける。たしかに、むやみに見せるもんじゃないな」
いつになく素直な態度に首を傾げる。ナツメさんも目を見開き、驚いている。私たちの様子に、ソウガは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「……いや、こんなに多くの人に褒められたことがないんだ。正直に話すと、かなり嬉しくて、興奮もしている」
はにかむ彼に、思わず口角が上がる。隣を見れば、ナツメさんも同じような表情をしている。
ソウガのこの姿を見て、やっぱり総体に出場させてよかったと心の底から思い、胸の奥がじんわりと温かくなった。
◆
大勢の注目を浴びながら観客席に腰を下ろすと、左右をナツメとハンナが固めた。
ふたりに苦笑いしつつ、アリーナに視線を向ける。いつの間にかクムァ工の機人は撤去され、次の試合の準備が進んでいた。
俺たちは会話を交わすことなく、じっと待つ。やがて試合を告げるアナウンスが流れる。
<それでは、今日の第二試合を始めます。済聖光学園と私立九修高等学校の選手は、入場してください>
アリーナの両端の門が開き、機人が現れた。一体はクムァ工と同じく武導機人。もう一体は純白の機体――聖導機人だった。
思わず目を見開く。魔法禁止なら、機動力に優れる武導機人が有利だ。防御と聖魔法に特化した聖導機人を出す理由が分からない。
自然とハンナを見る。彼女も聖導機人の乗り手だ。何か知っているかと思ったが、首を横に振るだけだった。
そのとき、横から声が届く。隣のナツメが眉を下げて口を開いた。
「あれはセイセイ代表、テッペイさんの機体だね。彼は数少ない<聖騎士>の才能があるんだ。ソウガほどじゃないけど、立派な化け物だよ」
この世界では初めて耳にした言葉に息を呑む。前世ではラノベやゲームでおなじみの伝説の職業。
<聖騎士>――すごくカッコいい!
アリーナで異彩を放つ純白の機体。汚れなき鎧をまとった姿から目が離せない。隣ではナツメが、そんな俺を見て肩をすくめた。
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