056 鮮烈デビュー
ソウガがアリーナの中央でクムァ工の機人と対峙する。改めて見比べると、その差は歴然だ。
武蔵零式が二メートル強。それに対して清正三式は八メートルあり、四倍近い。十分な耐久テストは行ったが、それでも不安がよぎる。
教師として生徒の無事が最優先だ。少しでも危険だと判断したら、迷わず棄権する。手の中の審判直通の通信機へと視線を落とす。
ナツメもハンナも心配そうにソウガを見つめている。やがて両者が定位置についた。機人同士が戦うことを想定した距離。武蔵零式には少し遠く感じる。
だが、これ以上特別扱いはできない。俺が開発した試験機ということで、無理矢理参加を認めさせたのだ。
気づかぬうちに手を強く握りしめていた。緊張が走る中、試合開始のアナウンスが流れた。
<それでは、これよりバックアタック・マッチ一回戦を始めます。ベアモンド学園は特例により、全身どこに攻撃を受けても敗北となります。魔法は両者禁止。使用した時点で失格となります。
――それでは、始め!>
かすかにノイズを含む機械音が場内に響き渡ると、観客が一斉に咆哮し、足元が揺れた。
耳を塞ぎかけたそのとき、突然、クムァ工の深紅の機人――清正三式がソウガへ突進してきた。
轟音を上げて迫る機人。その動きは重装備にもかかわらず鋭く速い。掠っただけでも、特例のソウガには敗北の判定が下りかねない速さだ。
その瞬間、クムァ工の作戦を悟り、内心で脱帽する。
機体の大きさを考えれば、武器攻撃よりも体当たりが確実。加えて、巨大な鉄槌はブラフ――見た目より軽いはずだ。
――でなければ、あれほどの速度で走れるはずがない。
一気に距離を詰められる。すでに機人は目前。誰もがソウガが無残に突き飛ばされると思った。
刹那、ソウガが消えた。正確には一瞬で移動しただけだ。だが、目で追えなかった。
ソウガがいた場所を見ると、床がわずかに抉れていた。あの巨大な機人が踏み込んでもビクともしなかった床が――。
驚愕する。直後、会場のモニターに、壁際まで移動したソウガの姿が映る。クムァ工の監督が通信機に向かって指示を飛ばした。
深紅の機人はすぐに振り返り、再び突進を始める。だが、距離は遠く、ソウガに余裕が生まれる。床に両手をつき、クラウチングスタートの姿勢を取る。
機人が踏み込むたびにアリーナが揺れて軋む。だが、ソウガは微動だにせず、じっと見据える。
残り十メートル。試合開始のときと同じ距離。その瞬間、再びソウガは消えた。
――ドォン、と耳を劈く衝撃音が轟き、機人が倒れた。
何が起きたのか分からず呆然とする。モニターにスロー映像が流れ出し、顔を上げる。ソウガが猛烈な勢いで機人の足にタックルしている。
十倍以上も重い機人を止め、そのまま押し進み、ひっくり返す。すべてがはっきり映し出されていた。
土煙が舞い、静寂が降りる。機人は一切動かない。先ほどの衝撃で操縦士は気を失ったのだろう。
誰も口を開かない。排気口からファンの音がかすかに聞こえるだけだ。そんな中、漆黒の小型機人がゆっくりと立ち上がった。
視界が悪い中でも、青く光る目だけははっきり見えた。ソウガは横たわる機人に近づき、足元に転がる巨大な鉄槌に手を伸ばす。
信じられないことに、軽々と持ち上げて見せた。誰かがひゅっと喉を鳴らす。
ソウガは鉄槌を担ぎ、床に突っ伏す機人の方へ向き直ると、静かに振り上げる。次の瞬間、アナウンスが流れた。
<し、試合終了! ただいまクムァモトゥ工匠学校が棄権しました。この勝負は、ベアモンド学園――ソウガ・アクオス選手の勝利です!>
場内に再び機械音が響く。ソウガは振り上げた鉄槌を、棒切れでも捨てるように放り投げた。
放物線を描いて床に落ち、凄まじい音が跳ね返った。
軽いと踏んだ鉄槌は、見た目通りの重量だった。予想が外れたことよりも、それを軽々と持ち上げた武蔵零式の出力に目を見開く。
鮮烈なデビューを果たしたはずのソウガと武蔵零式。しかし、観客たちは理解が追いつかず、ただ見つめるだけだった。
やがてアリーナに風が舞い込んだ。その湿った気配が観客席の張り詰めた空気を揺らし、機体から立ち上る微かな湯気を攫っていった。
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