055 漆黒の零式、入場
短めです<(_ _)>
闘技場に出ると、唸るような歓声に包まれた。よほどこの世界には娯楽がないらしい。肩をすくめ、魔法を発動する。
「きなっせ」
空間が引き裂かれ、漆黒の小型機人――武蔵零式が姿を現す。
その瞬間、会場は水を打ったように静まり、誰ひとり声を上げない。目の前の光景に瞠目している。
――たしか試合開始前の魔法はよかったはずだ。ちらりとナツメたち三人に視線を向けると、リュウゾウ先生が苦笑し、「問題ない」と口だけ動かす。
安堵の息を吐き、武蔵零式の胸に手をかざす。各部が開き、かすかに息を呑む気配が届く。内部の計器類をざっと確認し、そのまま乗り込む。
一瞬、視界が暗転するが、すぐにモニターが展開し、視界が開ける。画面には半透明の数字がいくつも浮かぶが、何を示すのかは分からない。
右下の魔力残量だけははっきり理解できる。今は『100/100』。『20』で黄色に点滅し始めたら終了だ。安全装置が作動し、強制放出される。
もっとも、魔法を使わなければ急激な消費はない。この競技は魔法禁止の純粋な機人同士の格闘戦。気にせず全力で戦えるはずだ。
――ただし、俺だけは背面でなく、どこに当たっても負けという特例つきだが。
漆黒の外骨格に身を包み、一歩踏み出す。鉄がこすれる音が場内に反響し、刹那、地鳴りのような歓声が再び湧いた。
――――――――――――
機人のために設計されたアリーナを進む。踏み出すたびに歓声は大きくなる。総体最初の競技、注目度は高い。
中央に辿り着くと、巨大な赤い機人が屹立していた。思わず仰ぎ見る。深紅の機体ということは武導――清正三式。
ただ、少し様子が違う。各部の装甲が厚く、手に持つ武器は剣でも槍でもなく、巨大な鉄槌。しかも槌頭には校章が刻まれている。
対戦相手のクムァモトゥ工匠学校は、多くの優秀な技術者を輩出してきた。おそらく学生たちが改良した機体だ。
教師が手助けできるのは整備や修理まで。だが、学生による改良や改造は認められている。むしろ、その技術力は高く評価される。
それほどまでに機人へ手を加えるのは難しく、高度な技術と知識が要る。さすがクムァモトゥ工匠学校――クムァ工だ。
それに作戦もよく練られている。重装備で防御力を上げ、正面からの体当たりで押し潰す狙い。単純だが理にかなっている。
――初戦から苦労しそうだ。
ため息をつきつつ、視線を移して周囲を見渡す。機人用アリーナは広大で、地面は硬く締め固められている。
審判員は戦いに巻き込まれぬよう四方の特設席に分かれて座り、観客席の最上部には全体を見渡す審判長席。
充実した設備に舌を巻く。総体に対する王都の力の入れようが分かる。入場料を取る以上、重要な収入源なのだろう。
歓声を浴びながら、思考の海を泳ぐ。
突然、眼前の機人の排気口から熱風が吹き出し、装甲に当たる。かすかな熱を感じ、画面の数値がわずかに変化した。
一気に現実へ引き戻されるのと同時に、試合開始を告げるアナウンスが響き渡った。
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