054 宣誓はセイセイ、狼煙は我ら
繁忙期が憎い
ついに待ちに待った――わけではないが、学園総体が始まった。開会式には各学園の生徒会執行部と各部長が参加する。
チサトさんに俺も誘われたが、そんな格式ばった場は性に合わない。丁重に断り、観客席から式の様子を眺めていると、隣から声が届く。
「ソウガは参加しなくてよかったの? ほら、ハンナが寂しそうにしているよ」
ナツメが、チサトさんの後ろに並んで行進するハンナを指さす。書記を務める彼女は、れっきとした生徒会の一員だ。だから仕方ない。
――マサヒコ先輩の代役である俺とは、立場が違う。
「ハンナは書記だから当然だろ。俺は行儀よくするのが苦手なんだ。それより、なんで生徒会に入らないんだ? この前の成績もヤクモに次いで二位だったろ。チサトさんから誘われたと聞いたぞ」
ナツメは肩をすくめるだけで、答える気はなさそうだ。
――本来はAクラスだった彼女は、Eクラスに転属を希望した。目的が俺であったことは明白。ヤクモはリュウゾウ先生、ハンナも俺がいるから転属してきた。
おかげで今年の一年生は混沌としている。Eクラスの生徒が首席と次席を占め、四位にはハンナ。さらにその影響で、他の生徒たちも成績を伸ばしている。
加えて、リュウゾウ先生の指導は的確かつ丁寧で、実にわかりやすい。クラスの平均点はCクラスを上回り、先生の評価は跳ね上がった。
Bクラスに迫る勢いのEクラスは、教師や保護者を含む学園関係者に衝撃を与え、入試の在り方に一石を投じた。
一方で、Aクラスの担任で俺を不合格にしようとしたハンジは、生徒の成績を伸ばせず評価が下がり、保護者から苦情が出ているという。
――ざまあみろ。
そんなことを考えていると、全学園の生徒が会場に揃った。その光景に息を呑む。
王都内の学園は三十以上。その代表として参加した生徒は各二十名。運営関係者も含め、千人超がきれいに列をなしている。
やがて、その中から一人の生徒が前に出る。癖のある黒髪に翡翠の瞳の美青年。顔に知性が滲む。
皆が競技用のユニフォームなのに、その生徒だけは制服だった。我が校と同じブレザーだが、飾り気はなく、胸ポケットに二本の黄線が入っているだけ。
じめついた会場で、きっちり制服に身を包む彼を物珍しく見ていると、ナツメが説明してくれた。
「彼は済聖光学園のシンヤ・ヴェーダだよ。あそことうちはライバルで、いつも優勝を争ってる。去年は向こうが総合優勝だったから、今年の宣誓は彼らの代表なんだ」
思わず眉を下げる。ここでも熊本の匂いがする。前世の故郷の進学校を、あからさまに連想させる。
――というか、まんまだ。
首に下げたギルド証を見つめる。アダマンタイト製のクムァムーン様のペンダントは、親指を立て、片目を閉じていた。
どこからどう見ても、お土産屋で売っているキーホルダー。シースイの町でも感じた故郷の気配が、入学してから、さらに濃くなった。
とりあえず胸の内に留める。ふと隣を見ると、ナツメが不思議そうにこちらを見ていた。
「説明ありがとう。あれが噂の済聖光学園――通称セイセイか。たしかに、あの生徒からはただならぬ雰囲気を感じるな」
ギルド証を胸にしまい、礼を述べる。俺が転生者であることは、誰にも明かすつもりはない。
この世界で唯一知っている可能性があるのは、神クムァムーン様だけだ。自然と、胸のギルド証に手が当たる。
開会を宣言するシンヤに視線を戻す。背筋の伸び方が、揺るがない自信を物語っている。
思わず口角が上がる。ふと隣を見ると、ナツメは、ただ見つめるだけで、それ以上は踏み込んでこなかった。
◆
開会式が終わると、すぐにソウガのもとへ向かった。先ほどの開会の宣誓は済聖光学園――セイセイが行った。
だが、総体開始の狼煙となるバックアタック・マッチの第一試合は、我が校とクムァモトゥ工匠学校が担う。
すでに会場裏の闘技場には、多くの観客が集まっている。この栄えある試合に抜擢されたソウガ――緊張していないか、心配だ。
控室に着くと、ノックもせずに入った。中ではナツメさんとリュウゾウ先生から、ソウガがルールの説明を受けていた。
「いいか、ソウガ。本来は相手の背に一撃を入れた方が勝ちだが、お前の機人は小さすぎて有利すぎる。だからお前に限っては、全身のどこに攻撃が当たっても負けになる。安全確保と言っているが、お前対策だ。少し不利すぎる」
先生は苦虫を噛み潰したような表情をするが、ソウガは気にした様子がない。肩を回し、膝を屈伸しながら耳を傾けている。
思ったより落ち着いていて、少し安心した。黙々とストレッチを続ける彼に、先生は言葉を継ぐ。
「おそらくハンジや王家派の教師たちが、運営側に申し出たのだろう。どこまでソウガを逆恨みすれば気がすむんだ。ヤクモはすでにソウガに対して何も思っていないというのに――」
どうやら、平民出身が多いEクラスの台頭をよく思っていないらしい。ここでソウガが優勝したら、王家派が多いAクラスの立つ瀬がなくなる。
くだらない学園内の政治力学などどうでもいい。だが、それでソウガに危険が及ぶなら、筆頭公爵家の力を使って叩き潰す。
固く覚悟を決めたところで、試合開始十分前を告げるアナウンスが流れ、かすかな歓声が混じった。
機械の音声が響き渡り、闘技場がうなって足元に振動が伝わる。我に返った私は、ソウガに目を向ける。
その瞬間、自然と視線が重なり、彼は微笑む。金色の瞳がきらめき、思わず魅入ってしまい、言葉が遅れた。
「ソ、ソウガ、決して無理はしないで。まだ競技は二つもあるんだから。学園の代表は気にせず、安全第一で頑張って!」
彼は静かに頷き、近づいて肩に手を置いた。
「ありがとう、ハンナ。あまり練習できなかったが、問題ないだろう。負けても傷つくような誇りもないんだ、気楽だよ。せいぜい、俺を第一試合に指名したチサトさんが恥をかくくらいだ」
片目を閉じ、冗談めかして告げると、彼は控室を後にした。
そして、気負わない言葉に反して、一歩踏み出すたび、静かな確信が背中から溢れ出ていた。
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