053 学園総体を前に(4)
放課後、生徒会室で待っていると、ソウガ君たちがやって来た。学園総体まで残り二日。ようやく競技が決まったらしい。
全員が席に着くと、ハンナさんが告げる。
「お待たせして申し訳ありません、チサトさん。ソウガにはバックアタック・マッチとオブスタクルレース、それにトライアド・サバイバルに出場してもらいます」
その言葉に首を傾げる。一週間にわたって行われる総体には二十近い競技がある。その中でたった三つだけとは、少ないような気がする。
私の表情を見て、ナツメさんが苦笑する。どうやら事情があるらしい。昨日、訓練場で行った試験稼働で問題が見つかったのだろう。
風紀委員が人払いをして、中には入れなかったが、どうせ明後日には実際に動く姿を見られると思い、ケンゴ君に一任した。
最近、委員長の彼に警戒されている。無駄に刺激して、これ以上嫌われたら、いざというときに情報を提供してもらえない。
――それに例の黒い<回覧板>に載るのだけは勘弁したい。
正直、嫌われても構わないが、情報源が減るのは困る。互いに利用し合っている間柄だが、能力は認め合っている。
――学園のためなら協力できる。今の関係がベストだ。
つい思考が逸れてしまい、苦笑いを浮かべると、マサヒコ君がソウガ君に尋ねる。
「どうして、その三つなんだ。お前は規格外の魔法が使えるだろう。まあ、格闘技術も高いのは知っているが、せっかく魔法が得意なんだ、もう一つぐらい出場すればいいと思うんだが」
目を丸くする。まさか彼がソウガ君にそんな言葉をかけるとは思わなかった。しかし、武人として教育を受けてきた彼なら、試合の禍根を残すことはない。
彼もソウガ君の実力を認めているのだろう。だからこその忠告だと思った。ソウガ君も同じことを察したのか、肩をすくめ、彼に笑みを浮かべる。
「実は、俺の機人には魔法増幅装置がないらしく、しかも魔力消費も通常より多くて、一度の発動で半分近く消費するんです。あと、稼働中も絶えず魔力を提供しないといけなくて。――無駄遣いできないんですよ」
マサヒコ君は眉を上げるが、すぐ頷く。それなら二つの競技に関しては納得できると私も頷く。だが、トライアド・サバイバルには疑問が残る。
ほぼ魔法が使えない彼には不利な競技だ。そんなことが分からない彼女たちではない。何か考えがあるのだろうが、深くは追及しない。
――こちらの二人も、敵には回したくない。それに総体で学園の存在感を示せれば、それでよい。できれば、あの学園には負けたくないが。
口を閉ざした私を見て、ナツメさんとハンナさんが小さく頭を下げた。追及しないことへの礼だと悟る。
自然と口元がほころび、マサヒコ君とソウガ君の会話に耳を傾ける。
「なるほどな、せっかく機人に乗れるようになったのに、残念だったな。だが、武術の腕はあるんだ。他の競技で成果を上げてくれ。
――それと、少し気になったんだが、ひとつ聞いてもいいか?」
空気が少し柔らかくなる。顎に手を当て、思慮深げな表情を浮かべるマサヒコ君。ソウガ君は黙って頷き、先を促す。
「ありがとう。たしかお前の父親は、ソロでA級冒険者になったライガさんだろう。あの人は我流だが卓越した双剣の使い手で、王都でも有名だった。
お前も手ほどきを受けたはずだ。だが、体術においては無名だったはず――あの体術は誰から学んだんだ?」
たしかに柔術の名門――王道館の後継者の一人と言われるマサヒコ君に勝ち、腕を一本折っている。今思えば、こちらも見過ごせない。
規格外の魔法に卓越した武術。こんな人間が今まで何一つ噂にならなかったことが不思議だ。
おそらく、キクーチェ公爵のタケミツ様が情報操作していたのだろう。
ちらりとハンナさんに視線を向けるが、笑顔を返されるだけで、何も言うつもりはないらしい。
私たちが無言のやりとりをしていると、ソウガ君が頭を掻きながら答えた。
「実は俺には双剣の才能がなくて、扱えるのはせいぜい、短刀ぐらいの長さまでなんです。それで親父と相談し、扱う剣を長くするのではなく、短くしていったんです」
そこで言葉を止め、自らの両手に視線を落とす。よく見ると手には多くの傷跡があった。たゆまぬ努力を続けてきたことを悟る。沈黙が落ちる中、彼は続けた。
「――結果、無手による手刀に辿り着きました。あっ、あまり重くない細剣なら、双剣でも扱えますよ。けど、普段は短刀を使っています。もしくは無手ですね」
どこか申し訳なさそうに話すソウガ君を見て、全員が口を閉ざした。尊敬する父親と同じ双剣の使い手になりたかったはずだ。
武光七翼に機人、そして双剣。ことごとく壁に阻まれ続ける彼。誰も何も言えなかった。
突如、雨が窓を打ち付け始めた。雨音が沈黙を引き受け、絶え間なく静かに時を語り続けた。
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