050 学園総体を前に(1)
学園総体まで残り二日。季節は梅雨。小雨の中、登校途中に大型の魔導車が隣に止まった。
先端には王家の紋章。雨露を弾いて鈍く光る。十中八九、乗っているのはヤクモだろう。
仕方なく足を止めて視線を向けると窓が下がり、ヤクモが顔を出した。
「ソウガ、いいところで会った。少し話がしたい。乗っていけ」
強引な誘いにため息が漏れる。話が見えず警戒するが、無視もできない。諦めて頷いた。
すぐに助手席から執事の老紳士が降り、恭しく一礼して後席のドアを開ける。
雨に濡れながら頭を下げる彼を見やり、もう一度短く息を吐く。傘を閉じて乗り込もうとすると、執事がさっと手を差し出した。
傘と鞄を渡すと、執事が丁重に受け取り、中へ促した。ヤクモと向かい合うように腰を下ろすと、そっとドアが閉じた。
「悪いな。学校でも良かったが、あまり聞かれたくはなかった。偶然、会えて助かった」
ヤクモはハンカチを差し出しながら詫びる。俺は手で制し、ポケットから自分のを取り出して、顔や肩の雨を拭った。
「別に気にするな。武蔵零式の所有権や秘匿では世話になった。今日もそれ絡みだろ?」
鎌をかけると、どうやら正解らしい。ヤクモが眉をわずかに上げ、こちらを見据えた。
王家の人間のわりに腹芸が苦手だ。眼鏡を押し上げ、苦笑した俺に告げる。
「なら、話は早い。今度の学園総体では、どの競技でもいいから優勝してみせろ。父上は<原初の機人>にひどく興味を持たれている。表彰のときに声をかけていただけるよう口添えをしておいた。
……そうなれば、武光七翼への道も見えてくるかもしれん」
思わず目を見開く。たしかにコイズミ陛下の目に留まれば、武光七翼の可能性は生まれる。
――任命権は王のみ。女性限定としたのも陛下だ。二つとも王次第――壁も扉も、同じ手の中。だが、今の行き詰まりを考えれば、悪くない一手だ。
しかし、それでヤクモに何の得があるのか。訝しげに見つめると、彼は続けた。
「別にお前が好きでやるわけじゃない。入学式の決闘でお前が勝った。それなのに何も要求してこなかったから、勝手に動いただけだ」
そういえば、ナツメの提案でそんな約束をした。忙しさに紛れて忘れていた。真面目なやつだ。つい笑みが漏れ、深々と頭を下げる。
「ありがとう、助かる。こちらが忘れていたのに、律儀に覚えていてくれたとは。真面目だな」
「ふっ、別にそうじゃない。負けたほうは、ずっと覚えているものだ。それに王家の人間だからといって、貸しを作ったままで許されるはずがない」
互いに笑い合ったところで魔導車が止まり、ドアが静かに開く。外へ出ると、大勢の生徒がこちらを見て驚愕していた。
王家の魔導車から降りれば、それだけで学園総体の勝敗は政治の話題にされる。武光七翼の可能性がちらつき、わずかに気が緩んでいたと気づく。
ひそひそと騒ぐ生徒たちを前に、こめかみを押さえる。眉を下げた俺に、執事が鞄と傘をそっと差し出した。
ふと見上げると、厚い雲が裂け、わずかに陽が差し込む。校庭のざわめきは、その光の前にたじろぐように静まった。
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