049 原初の機人の性能(3)
ちと長いです<(_ _)>
リュウゾウ先生が指した標的に向かって手をかざし、魔力を集める。掌がわずかに熱を帯び、魔法を展開する。
『ちと、あつか』
次の瞬間、蒼炎の獣が――出ることはなかった。訓練場に静寂が漂う。振り返ると、ナツメが笑いを堪え、ハンナとキヨコさんは目を見開いて動けずにいた。
リュウゾウ先生だけは、顎に手を当て真剣に観察している。その眼差しは研究者そのものだ。
気を取り直して、もう一度、魔法を発動する。慎重になりすぎ、少し魔力が足りなかったのかもしれない。より多く溜め、さらに別のものを選ぶ。
『ちと、さむか』
しかし、何も起きない。ノイズが混じった機械音が響くだけだ。そのとき、背後からナツメの笑い声が届く。
「ぷっ、あんなにカッコつけて、何も起きないなんて。恥ずかしいね、ソウガ♪」
どこか嬉しそうなナツメを無視して思い返す。二回とも魔力が引っかかる感じがした。掌で止まり、その先に進めず、展開できない――そんな感覚だ。
魔法自体が発動できないわけじゃない。何かが邪魔をしている。それが何かわからない。モヤモヤする俺にハンナが声をかけた。
「ソウガ、ちょっといい。さっきの詠唱を聞いて思ったのだけど、なんというか響きが決まっていないというか。
雰囲気がないような気がしたわ。スピーカーを通してだから仕方ないけど――」
彼女の指摘に、ハッとする。俺は顎の付け根にあるスイッチを二回続けて押す。顔の下半部の装甲が左右に開き、口元が露わになった。
思わず存分に空気を吸い込む。内部もファンが外気を取り入れてはいるが、気分がまるで違った。
肺の中のものをゆっくりと吐き出し、左手を突き出す。がらりと雰囲気が変わった俺を見て、ハンナたちがさらに距離をとる。
それを横目に三度目、方言魔法を唱えた。
「ちと、あつか」
胸郭で響かせた発声が空気を直接震わせ、言霊へと変わる。詠唱に魂が重なる。
その瞬間、腕の装甲が展開して小型の魔導砲が現れる。目の前のモニターには照準が映り、点滅している。
手の角度を調整すると、標的にマークが重なり、赤色に変わった。直後、手を握り締め、魔力を開放した。
蒼炎の獣は魔導砲で束ねられて細く研ぎ澄まされ、指向性は極限まで高まる。
ヒュンと鳴り、青の熱線が迸った。
それは空気を焦がし、標的に当たるとそのまま貫通し、訓練場の壁に直撃した。特殊な合金でコーティングされた表面は溶解し、小さな窪みができた。
誰もが絶句する。威力は抑え、範囲も絞った。
だが、結果は途轍もない貫通力を生み、機人の魔導砲にも耐えられる標的に穿孔し、それよりも頑丈な壁に傷を残した。
――俺も言葉を失う。けれど、皆と違い、驚いたのは消費量だ。方言魔法の中で威力が最も低い火魔法を放ったはずが、特級並みに吸い取られた。
機体を動かすたびに魔力を消費し、魔法にはそれ以上を求められる。しかも起動には上級の魔石が必要。とんだ大食らいだ。
呆然としながら、残りの魔力を確認する。思った以上に使ったらしい。めまいを覚えると、モニターが黄色に点滅し、警告音がこめかみへ叩き込まれた。
突然、すべての装甲が開き、外へと放り出された。
まだ余裕はあったが、安全装置が働いたようだ。魔石のおかげで起動を維持する武蔵零式を見上げ、ため息をついた。
外気は体温よりわずかに低く、心地よかった。冷たい水のように頭の中を澄ませ、少しだけ頭痛を和らげてくれる。
学園総体まであと三日。ようやくスタートラインに手が届くところまできた。しかし、課題はあまりにも多く、再び頭に痛みが走った。
◆
ソウガ君の機人――武蔵零式の性能を確認した私は、すぐにギルドへ戻り、溜まっていた業務に取り掛かる。
リュウゾウ先生から渡された訓練場設備の資料を脇に押しやる。ちらりと<標的の魔法無効化付与は最大級>と目に入ったが、気のせいだと無視した。
――今はギルドの仕事が最優先だ。カナに叱られる。
机上に山積みの資料を捌きながら、訓練場での出来事を思い出し、安堵の息を吐く。懸案だった二点とも問題はない。
ひとつは、もちろん原初の機人の性能。機動力は想定以上だったが、魔法増幅装置はなく、本人の魔法がそのまま魔導砲に装填されて放たれるだけ。
しかも消費は激しい。生身で発動した方がいい――そう彼はぼやいていた。武導機人と同様に武器を主体に戦う機体なのだろう。
――とはいえ、武器も備えられていないので、それすら怪しい。つまり、現時点では脅威にならない。
もし彼が問題を起こしても、複数の機人で抑えれば拘束できる。ただし、相当数を揃える必要がある。
私なら魔導機人で遠距離から集中砲火を浴びせ、行動不能にしてから抑える。ただし、市街地のように遮蔽物が多い場所では難しい。
昔のくせで、いろいろと作戦を立案している自分に気づき、苦笑いを浮かべる。
少し接したが、ソウガ君は普通の学生で野心がない。夢は武光七翼に選ばれること。それは国に忠誠を誓うことと同義。謀反の心配はない。
もう一つの懸案――原初の機人の所有権も、他に動かせる者がいないなら、彼が持つことの正当性を主張できる。
正直、特筆すべき性能はない。欲しがるのは研究者かマニアくらいだろう。こちらも杞憂で終わりそうだ。
学園に向かう途中は緊張で胃が痛かった。だが実際は、歴史的価値しかなかった。
もしくはリュウゾウ先生なら古代の超技術を解明するかもしれない。けれど、そうなれば他の機人にも転用されるはず。やはり問題ない。
――先生は人格者だ。独占するような真似は絶対にしない。
ソウガ君は冒険者登録して瞬く間にA級まで登り詰めたが、ここまでだろう。魔法はすごいが、機人は普通。最上位の魔物たちに通じるとは思えない。
ソウガ君の父親――ライガさんがA級までしか昇格できなかったのも、適性が武導機人だったからだ。
最上位には物理が通らない。例外はアースドラゴンくらいだ。奴らは攻守ともに別格だ。機人の装甲と魔法増幅装置があって、初めて対峙できる。
――生身の人間には近づくことすらできない。
つまり武蔵零式を装着したソウガ君なら近づくことはできるが、魔法が使えない。生身なら魔法は使えるが、近づくことはできない。
――これでギルドも落ち着く。ソウガ君には悪いが、しばらくはA級のまま留まってもらう。
ゆくゆくは魔導機人に適性がある者とパーティーを組み、最上位の魔物を討伐してS級を目指してもらいたい。
そのころには国は安定し、本部の粛清も終わっているはずだ。そうなればギルドは正常に戻る――そう信じたい。無理やり結論付けて、業務に集中する。
――だが、このときの私は知らなかった。ソウガ君が学園総体で注目を浴び、大きな事件に巻き込まれることを。
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