046 冒険者ギルドの思惑
ちと長いです<(_ _)>
冒険者ギルド長の私は、久しぶりに学園を訪れていた。校庭を眺める。相変わらず活気に満ちている。
校庭では、生徒たちが練習用の旧型機人を操り、部活動に励んでいる。その姿に自然と笑みがこぼれる。
まだ昔を懐かしむ年齢ではない。それでも、六年ぶりの母校は郷愁めいたものを感じさせた。受付で許可をもらい、リュウゾウ先生の研究室に向かう。
ここに来たのは、先生から整備を終えた例の機人をソウガ君に渡すと連絡を受けたからだ。
廊下の途中、ナツメからラクーンの生態について報告を受けたときのことを思い出し、苦笑いを浮かべた。
彼女たちは、これまで誰も知らなかった神出鬼没な行動の謎を解明したのだ。まさか擬態しているとは想像すらできなかった。
――擬態する魔物は存在する。だが、それは対象の様相に近いものばかりだ。
岩に擬態する魔獣は、肌が灰色で無数のひびが入っているし、樹木に隠れる魔蟲は細く枝のような姿をしている。
それらに比べてラクーンは獣の姿をしており、茶色の体毛は柔らかく、尻尾は短く太い円錐型だ。
なにより顔には、目の周りから頬にかけて黒い模様があり、特徴的だ。他の擬態する魔物とは違い、かなり目立つ。
ゆえに誰も擬態するとは思わなかった。だが、捕獲して調査し、さらに驚くべきことが分かった。
――便宜上<擬態>と言っていたが、ラクーンは魔法を使って<変身>していた。その事実は、魔法の常識をひっくり返した。
イメージが重要な魔法において、導かれる結果は固定でなければならない。その結果を思い浮かべることで、魔力は形作られ、現象へと至る。
たった一つの魔法で様々な結果――姿に変身することはできない。それが世界の共通認識だった。今までは――。
しかし、すでにこの変身魔法の研究は始まり、国はラクーンの狩猟を禁止した――研究保全のための緊急布告だ。破れば、重い罰が科せられる。
ソウガ君がC級冒険者になり、初めて受けた依頼はたった一件。それだけで、国をも動かすような成果を挙げた。
――しかも二つだ。
もちろん、もう一つは、すべての機人の原型となったと言われている原初の機人――武蔵零式を発掘したことだ。
だが、ラクーンの擬態発見を前面に押し出して、武蔵零式の存在は隠すことができた。
二つとも公表されれば、彼をS級にしなければならず、冒険者ギルド本部所属になっていた。それだけは避けなければならない。
本部は謀反を企む貴族たちと繋がっている。信頼できる筋からの情報なので間違いない。そんなところに彼の管理を任せるわけにはいかない。
――間違いなく、政争の道具にされてしまう。
それに、彼をS級まで昇級させ、これ以上目立たせたら、本当にナツメに恨まれる。あれでいていろいろ世話になっているので、裏切りたくない。
ソウガ君が冒険者登録して、一ヶ月も経っていない。けれど、ギルドはかつてないほど忙しくなっている。
部屋を出るときに、山ほどの資料を抱えていたカナのことを思い出し、ため息をつく。顔を上げると、研究室の前に立っていた。
ポケットから小箱を出し、中の赤く輝くオリハルコンのギルド証を見つめる。渡すことは決まっている。だが、その前に二つだけ確認する必要がある。
私は深く息を吐き出すと、そっと扉に手をかけた。
◆
私たちが武蔵零式を受け取りに行くと、リュウゾウ先生がソウガのA級昇格を告げた。
本人も寝耳に水だったようで、驚愕の表情を浮かべている。隣のハンナは、さらに目を大きく見開き、唖然としていた。
室内に静寂が満ちる。そのとき扉が開き、梅雨の湿った空気が吹き込んできた。視線を向けると、緑色の髪をなびかせたキヨコさんが立っていた。
どうやら先生が呼んだらしい。鋭く睨む私を見て、彼女は肩をすくめる。小さく頭を下げて中に入り、ソウガのもとまで歩み寄った。
「久しぶりね、ソウガ君、ナツメさん。ラクーンの討伐はお世話になったわ。おかげで今は大忙しよ」
おどけた調子で話すキヨコさんに、ソウガはA級になった理由を尋ねた。すると彼女は真剣な表情に戻り、語り始める。
「――というわけで、ラクーンの<擬態>を調査した結果、<変身>魔法を使っていることが分かったの。今、国が全力でその解析に当たっているわ。おそらく、来年には大幅な予算がつけられるはずよ」
大規模な研究が行われるとは分かっていたが、まさか新たな魔法を発見するとは思ってもみなかった。
これだけの功績を上げれば、A級に昇格しないわけにはいかないだろう。それに武蔵零式のこともある。
この件はヤクモ君を通し、王家と相談して秘匿することが決まっている。だが、万が一、情報が漏れて公になれば、S級にしないわけにはいかない。
今は限られた人間しか知らないが、人の口には戸が立てられない。いずれはばれるだろう。父さんに相談して、早めに手を打つ必要がある。
そんなことを考えていると、キヨコさんが言葉を続けた。
「それで、ラクーンの生態を発見したあなたたちをギルドは高く評価して、二人とも昇格させることにしたの。ソウガ君はA級、ナツメさんはB級よ。擬態を見つけたのは彼だから、差がついたのは申し訳ないわ」
B級という評価に目を見開く。学園の中でも数えるほどしかいない。しかも、成績上位の三年生だけだ。
正直、手柄はほぼ彼のおかげで、私にはそこまでの実力はない。
だが、B級にすることでギルド内の私の地位を高め、冒険者の立場からソウガを守らせようとしている――キヨコさんの目的がはっきりと分かった。
勝手に彼をC級に昇格させた詫びもあるのだろう。彼女の思惑に乗るのは癪だが、渋々うなずく。
「分かった、私は問題ない。受けるよ。ソウガもそれでいいでしょ。じゃないと、それを動かしている魔石を返さないといけないよ」
機人に備えられている魔石のことを告げると、ソウガも首を縦に振った。その様子を見て、キヨコさんが安堵の表情を浮かべる。
リュウゾウ先生も同じ気持ちなのか、机に戻って椅子に深く腰をかけた。ハンナだけは複雑そうな表情をして、スカートの裾を握りしめていた。
とりあえず、昇格の話は終わった。ソウガが空間魔法で武蔵零式を回収し、部屋を出ようとしたとき、キヨコさんが呼び止めた。
「ちょっと待って、ソウガ君! まだギルド証を渡してないわ。それにお願いもあるの。その機人の性能を見せてほしいの。どうせ総体に出場して、みんなに見せるわけだから問題ないでしょ」
彼女から、わずかに焦りを感じる。間違いなく何か企んでいる。だが、機能を見せるだけなら問題はない。それに事前に私も確認したい。技術を秘匿するうえでも。
思わず、ソウガに視線を向けると、しばらく顎に手を当てて考え込む。やがて満面の笑みを浮かべた。
「いいですよ、問題ありません。ただし、ここで使う魔石は、ギルドの方で準備してくださいね」
その瞬間、思わずつぶやいてしまった。
「……ソウガ、せこいよ」
彼はその言葉を無視して窓の外を見る。わずかな夕日が差し込み、放課後のだるさを忘れさせるような清新な気配を運び、一気に室内の緊張が緩んだ。
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