045 学園総体前の不穏
ちと長いです<(_ _)>
決闘場に来た生徒会全員が、口を開けない。会長の私も同じだ。ただ、想像を超えた光景に圧倒されている。
魔法を駆使するナツメさんとハンナさん。二人の戦いを前に、常識が崩れていく。
初級の詠唱で特級以上の威力を出すナツメさん。一方で、ハンナさんは魔法自体が異質だった。相殺するのではなく、現象そのものを消し去った。
それはむしろ浄化に近かった。
噂は本当だった。キクーチェ公爵家令嬢は聖なる力を宿している――一時期、社交界で広まったことがあった。
だが、入学試験では火魔法を使い、しかも類まれな才能を見せつけた。聖なる力を持つ者は、他の属性は不得意。それは常識だ。
だから、華麗に炎を操る彼女を見て、誰もが、あの噂はただの噂だと思った。たとえ属性が聖導機人だったとしても――。
しかし、真実は違った。まさか火魔法に聖なる力を重ねるなんて、想像できないし、これまで誰も実現したことはない。
――彼女が特別なのか、詠唱の最後に発した言葉「あつか」に意味があるのか、分からない。
ただ言えることは、等級関係なくすべてを浄化する炎は、驚異であり、脅威だ。教会がこのことを知れば、新たな火種を生むことになるのでは――。
白き炎に包まれるナツメさんの姿を見て、ひゅっと息を吸い込む。
呆然としていると、ハンナさんが魔法を解除し、炎を消した。立ち合い役のケンゴ君は何も言えず、佇んでいるだけだ。
そのとき、ナツメさんが胸に手を当て、頭を下げた。
「完璧な敗北だ。私の魔法は、君の信念を貫くことができなかった。見事な力だった。この決闘は君の完全な勝利だ」
礼の姿勢をとったまま動かない彼女に、ハンナさんは首を横に振って語りかけた。
「いいえ、ナツメさんの魔法は届いていました。この腕輪が支給品のままだったならば。私の安全を守るために、特別製のものと交換するように指示したのは、貴女ですね。
……その高潔さと優しさは、しっかりと私の胸に届いていました」
ハンナさんは優しく告げて、ナツメさんの頭を上げさせる。自然と二人の口元が綻び、互いに手を差し出し握手を交わした。
ソウガ君の周りに傑物が集まりつつある。学園の勢力図が崩れかねない。ヤクモ殿下とはライバルであり、距離を置いているのが唯一の救いだ。
今度の学園総体で彼の実力を見極める重要性が跳ね上がった。笑顔で声をかけ合う彼女たちから、ソウガ君へ視線を移す。
彼は小さく息を吐き、頭を掻くと、金色の瞳を曇らせ、足早にその場を去っていった。
その背には、すべての選択肢が潰えた後の、ただ一つの運命を背負わされているような重い影が差していた。
◆
ナツメとハンナの決闘に決着がついた。まさかハンナが勝つとは予想外だった。だが、最後は二人とも笑顔で握手を交わし、わだかまりはなくなったようだ。
これなら明日から、落ち着いて昼休みを過ごせると安堵の息を吐いた。
ただ、少し考える。二人が仲良くなったら、監視体制の連携が強化され、自由がなくなるのではないだろうか。
つい眉を下げ、頭を掻く。ふと視線を移すと、チサト先輩がこちらをうかがっていた。
そういえば生徒会からも目をつけられていたことを思い出す。
いつまでもこの場にいたら、また別の問題に巻き込まれる。そう思った俺は、無言のままその場を立ち、足早に去った。
背中にいくつもの視線を感じるが、煩わしさを振り払うように歩く速度を上げた。
――――――――――――
決闘が行われた二日後の放課後、リュウゾウ先生に呼ばれ、研究室に向かった。予想はしていたが、ハンナとナツメもついてきた。
扉の前に立ち、ノックすると入室するよう告げられた。
中には漆黒の小型機人――武蔵零式が内部を開放して立っていた。備え付けられた計器類から光が漏れ、起動している。
思わず凝視する。三日前まで俺が搭乗しないと動かなかったはずだが、今は単独で稼働している。
嘆息を漏らす。さすがだ。わずかな時間でここまで整備してしまうとは。机で書類をめくる先生を見つめる。
俺の視線を受け、先生は眼鏡を外して紙束を机に放ると、眉間を揉みながら口を開いた。
「よく来たな、ソウガ。約束通り、整備は完了した。古代語に明るい外部の研究者に五琳書を解読してもらったのがよかった。すべては無理だったが、起動方法や基礎的な機能について分かった」
よく見ると目の下に隈ができていた。授業中は気づかなかった。生徒に悟られないよう化粧で隠していたらしい。
どんなに疲れていても生徒のことを一番に考える姿勢に感動する。何も言わず深く頭を下げると、ポンと頭を叩かれた。
顔を上げると、先生はいつの間にか立っていて、手には丸めた冊子を握っていた。
「これは、武蔵零式の操作マニュアルだ。あくまで基本操作だけで、すべての機能については分かっていない。それと胸の内側にある窪み、そこに魔石をはめると起動する。ただし、上位種以上の魔物の魔石じゃないと動かない。とんだ大食らいだ」
先生の説明に驚愕する。最も燃料消費が激しい王導機人でも中級の魔石で十分だ。それなのに、この小型の機体の起動には上級以上の魔石が必要だという。
たった数歩動かしただけで、俺が魔力枯渇を起こしたのも頷ける。魔石の代わりに俺が供給源になったが、それほど燃費が悪ければ当然の結果だ。
あのとき無理をしなくてよかった。止めてくれたナツメに感謝する。
思わず彼女を見ると、笑顔を向けられる。隣ではハンナが睨んでいた。肩をすくめ、操作マニュアルに視線を落とす。
――本当に基本操作しか載っていない。これだけなら読む必要はない。
念のためにすべて読み終えると、気になっていたことを先生に尋ねた。
「そういえば、よく上級の魔石なんて持っていましたね。値段もかなりしたはずですが、どうしたんですか?」
先生はニヤリと笑い、俺の肩に手を置いた。
「ああ、それはお前がA級に昇級した記念に、冒険者ギルドから贈られた魔石を使わせてもらった。学生には高級すぎるから、俺が預かっていたんだ。
ちなみに魔石は、お前とナツメが討伐したラクーンの魔石だ。その中で最も質が良いものをくれた」
息が止まった。この前、C級になったばかりだ。飛び級で評価されるような成果は上げていない。原初の機人――武蔵零号の発見も伏せられている。
――誰が、いつの間に、何の目的で?
理解できず、言葉に迷う。口をパクパクさせ、金魚のようにしていると、扉が開いた。そこには冒険者ギルド長のキヨコさんが立っていた。
その瞬間、扉の隙間から、湿り気を含んだ空気が雪崩れ込んだ。手に持ったマニュアルがたわみ、吸い込む息までぬるく感じる。
意味深な笑みを浮かべる彼女を見て、胸のうちを不安がかすめた。
――研究室の温度が、ひとつ上がった気がした。
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